構造化のその先に

 ある地域へ視察研修に行ってきました。
児童発達支援センターと生活介護事業所です。
発達障害者支援センターとよく連携しており、最近開設された
資源であるので特性を押さえた支援が徹底されていました。
絶対いいことたくさんある。
そんな中でみえたこと
・児発では「こどもたちをこんな小さな仕切りの中に入れて…」
という見学者の感想もあるそうです。
①まだまだ啓蒙啓発は必要
②そんな批判を乗り越えるのは、最近行われはじめている
情動共有や共感性を支える早期プログラムなのかもしれませ
ん。
③地域全体を底上げしていかないと保育園や学校がついて
これなくてライフステージを通じた支援がうまくいかないはず。
「ベテラン保育者を職員として雇用するとうまくいかない。」と
いう報告もあり、示唆的でした。
・生活介護施設でも詳細な構造化実践でした。
なんとなく散歩なんかよりとってもいい。
でも「自立活動」って名前の訓練的プログラム。
やめてくれ。一生訓練になってしまう。
どこかではたらくことにつながるカリキュラムと考え方を入れて
おいてほしい。
外野の無責任なコメントです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

第1回公認心理師試験を受けてきました。

 この週末、第1回公認心理師試験を受けてきました。
帰ってきたらくたびれ果ててしまったので、そういうものだった
のでしょう。
・冬から自分の特性にあわせて準備してきましたが、あいまい
な知識な部分は突かれてしまいました。
・お金もバイタリティも7だいぶ使いました。
・広くて新しいフィールドに触れました。知識も増えました。
・事例問題多数 インテークやケースフォーミュレーションの
みたてを問う問題多く、今までの支援者としてのキャリアや
今後の構えを問われた気がします。
合否は2カ月後
まあ、ひと段落。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

EBDとナラティブ

 エビデンスベーストプラクティス=検証可能な根拠に基づく
実践とナラティブ アプローチ=本人の対話やストーリーを
重視する支援は対立概念で一方、対になっている支援の
方法論です。
まあ、どっちも大事。
 EBDは名人芸やなんとか先生の支援法じゃなくてみんなが
理解し納得し誰でもできる支援方法で支援をするということ。
それがひととおり科学的であるということ。
精神論や鍛錬主義やカンコツはやめようということ。
まあ、なかなか現場でいつもそれは容易でないけれど、研修
してくる、会議話し合いで議論して支援を進めるなんてのは
EBDにつながる階段かと。
 ナラティブは障害でこどもをひとくくりにしない、支援する側
の支援体制でケースやこども語らないというのが大事かなと
思います。
ひとりひとりに物語りがあり、一回性がありということを理解
しておくと、うまくいかない支援やケースへのいら立ちは減る
かもしれない。わかってくれない「家族」にしないで、そこで
生きているひとりひとりの家族のストーリーになるかもしれ
ない。
昨日は、本邦のナラティブの大家やまだようこ先生のお話
をきいてきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メンタライゼーション

 最近はメンタライゼーションに着目しています。
これは、自分や他人の感情に注意を向けたり、行動がそ
人の心の状態から起こるということを理解したりする
一連の心の動きのことだそうです。
心の理論の関連領域ですね。

メンタライジングは、強い情動下においては弱体化し、

混乱した愛着スタイルを持つ個人は、メンタライズする

能力を育むのが困難となるそうです。

境界性人格障害等は自分の心理も他者の心理ももわかり

にくいことがあり、そこに焦点をあてる治療が取り入れ

られているそうです。

 

ž 心で心を思うこと

 

ž 自己や他者の精神状態について注意を向けること

 

ž 誤解を理解しようとすること

 

ž 自分自身をその外側から眺めること、他者をその内

側からみつめること

(何か/誰かに)精神的性質を付与すること、あるい

は精神的に洗練させること

なるほどじゃありませんか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

思春期に期待する

 小学生で施設に入所したこどもたちが変容してきました。
中高生になりました。
愛着の課題を抱えて発達障害の診断があります。
中軽度のこどもたちです。
・自己理解がはじまっています。
・家族状況の客観的理解がはじまっています。
・愛着を求めています。関係を求めています。
・ことばの力がついて気持ちを語ることや考えることが
できるようになってきています。
・よく生きたいと思うようになってきました。
・集団の一員としてよく過ごしたい、参加したいと思ってい
ます。
・リーダーシップがとれるようになってきました。
弱者や年少者を包み込めるようになってきました。
今までしてきたのは…
・彼らが自らの強い要求の実現しながら生活するためには
規範のある暮らしがあることを示してきました。
・要求の実現に協力してきました。
・意思を確認してきました。自己決定を支援してきました。
・振り返りをしてきました。
 トラブルの場面で、そうでない寝る前のひとときに対話
してきました。言葉の力をつけてほしいと願ってきました。
・性教育や安全教育もしてきました。
・空間や彼らの世界の保障をしてきました。
そうしたら…
・中学生になるころから明らかに変容がみえてきました。
大人を求めてきました。
思春期は揺れるという危惧をみな持っていますが、
そうでもないことがわかってきました。
揺れてもOKとどうも職員集団も思っています。
そんなわけで思春期に期待できる様になってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひさしぶりに

 しばらくぶりです。
書ける環境が復活していたのでまた書きます。
相変わらずの支援をしています。
ちょっと立場はかわっていますが、まだ支援者です。
 
 こどもの思いをきくことの大切さを思っています。
どうしたいかをききます。
そして、どうするかを決めるお手伝いをします。
自分で決めることは大切です。
主体性、選べる自分、自我が生まれてきます。
自分で決めると、揺らいだ時に
「自分で決めたよねえ。」という支える言葉を言って
あげられます。
 また、自分で決めるためには自分の理解が
必要です。課題も強みも理解が必要です。
強みを確認しますが、対比的に課題もみえてきます。
こどもにはなりたい自分があります。
いい感じになりたいと思っています。
よく生きたいと思っています。
困難事例も少なくありませんが、最近はそんなことを
時間と共に知ってちょっと落ち着いています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すべての命に価値がある

 相模原の事件のこと。
まだ、1日しかたっていないので立ち尽くしています。
語ろうなんて気はおきません。
安全管理について議論がはじまっていますが…

今日になって犯人のあまりにひどいもの言いに様々なメッセ
―ジが発せられています。
私も何かをと思います。

うちの施設でもこのニュースはテレビから流れています。
けれども、こどもたちは何も語りません。何も尋ねては来ません。
障害という言葉が彼らの前にどのようにあるのか。
施設にいるということが彼らの前にどのようにあるのか。
何も言わないということに思いを感じます。
昨日今日、犯人像を知ろうとしていました。
どうやって安全をと考えていました。
絶望やら怒りやら困惑やらを感じていました。

彼らを守れなかったことはかの施設の職員さん以上に我々に
とって我々のよってたつ価値を崩壊させるような出来事なの
です。
 でも、違っていました。
我々がすべきことはそんな自分たちのことを考えること
ではなく、ニュースをみて何も言わないこどもたちに言葉を
かけることでした。
・世の中にいなくていいヒトなどいないこと。
・あなたたちは宝物であること。
・命は誰かによって議論も操作もされるものではないこと。
・世の中は多様さによってなりたっており、その多様さを構成
するすべてが尊いこと。

このことは何かどうひっくり返ってもかわらないのだと。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

名言

ある保育園のお散歩でのことです。ちょっと珍しい白花のタンポボをみつけたある子が言いました。
「センセイ、一風変わったお花があるよ。」

この「一風変わった」をとても先生たちが喜んでいました。
というのもこれはとある特性のある子が言った言葉だったからです。

いいじゃん!一風変わった!!
ひょっとしたらあなたをあらわす素敵ないいまわし。

別にいいよねえ、ちょっと変わってるぐらいがねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

愕然。

最近来た相談に立ち尽くしてしまいました。
「服が着れなくなった」小学生のケースです。

高機能のおこさんだそうですが、もう1年ぐらい服を着ていない、外に出ていないんだそうです。
ブランケットにくるまっているんだそうな。

ヒトに会いたい気はあるようで、様々な支援者が訪問しているとのことです。
ただ、そろそろ思春期、女性ばかりの訪問じゃいけない、手伝ってほしいとのことでした。

色々、考えました。
サービスに乗りません。
進路も迫っているそうです。
学校との関係、ちょっとこじらせているそうな。

やってみます。
おじさんの所に話しにおいで。
ほんとは、着たいんだけど着れないんだそうです。
それなら応援させてくれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ユニバーサルデザインと個への支援と

最近、園内研修のお手伝いが続いていて、そこでお話したことです。

ユニバーサルデザインに向かう道のりは難しいなあということです。
「みんなにとってわかりやすい、暮らしやすい」の語りかたを間違えると、個への支援をしなくていいになってしまうおそれがある。

また、園の中でヒトがかわると積み重ねた個への支援のノウハウは希薄になってしまい、それも支援がぶれる原因になりがちだと。

なるほど。なるほど。
昨日、10年続けている事例検討会の年度最終回でした。
まだまだ、やること、あるね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«「ゴールを見据えて」と「発達を支える」のバランスと葛藤