« 目と手の協応にむかうプロセス | トップページ | エラーレス ラーニング-心ひかれる考え方①- »

家での姿を思い浮かべながら昼間を支える-園で-

 今週きいた入園しはじめの発達障害児の2つのケースのことです。

①一次療育から診断などをへて、4月より幼稚園に入園している。

 やはり園に行くのはチャレンジらしく夜泣きがはじまり、行きたがらないことも増えてきた。担任の先生はベテラン。なんとかバスに乗せてくれれば受け止めるよと言ってくれる。そして、そんな風に行けばそれないり過ごして帰ってくる。でも、その行きたがらない状況、家で荒れる状況はひどく不安。家の状況、伝えているが、園ではまあ回っているのでその困り感に着目してもらえない。保健等から情報もいっているが先生は「いろいろきいているが、まあ私なりにいろいろやってみるね。」と言ってくれる。でも、家での状況に着目してくれないことで「私なりに」が不安になってきた…

②療育のよる入園準備をへて今年度から保育園に並行通園を開始したケース

 担任との密着関係もでき、聴覚過敏への対処のために音源を取り外す等よき支援がはじまった園でのこと。園ではおっかなびっくりだがみんなの中でなんとかなんとかやっているようです。母によるとどうもやはり昼間がんばっているようで家では思いが通らないとパニックになることが増えたり、不安や怖いことが増えたという。母はそのことはチャレンジのあかしとして受け止めているようだが、そのことをこちらが担任に話すとピンと来ない感じ…

 どうお感じになりますか?

覚えておきたいのは、①こどもたちはその生活の場所によって表情が異なり、ひとつひとつのあらわれに意味があるということ、②昼間のみんなの場では頑張っており、一方家庭では情緒を解放したりしているということなのだと思います。

「園では園の支援を」「園でよく過ごせることが大事」とは思います。気をつけないと「園でうまくいかないのは家庭の養育がうまくないからだ。」という論理展開がまだまだ起こりがちだからです。でも、一方で昼間の世界がまわることがすべてではないということも覚えておきたいものです。保育のまわることと、個の育ちとは必ずしもかみ合わないことが少なくありません。

思うのです。

誰かにどこかにしわ寄せが来たり、犠牲がいくような支援はよくない。家庭を荒れさせて、昼間の世界がまわっているのは支援者の独善ではないかと…ちょっときついでしょうか?

一時の混乱はある。その混乱を共有する姿勢は持ちたい。家庭でのよき時間のために、昼間の支援をゆるめることもしたい。

そんなこと大事にしたいなと思います。こどもとこどもの大事な場所としての家庭を支えるのが支援者。そして、できれば家庭とのつながりについては、昼間の薬が夜まで効くような深い支援をしたいものだと思います。

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へ

|

« 目と手の協応にむかうプロセス | トップページ | エラーレス ラーニング-心ひかれる考え方①- »

支援現場の状況を巡って」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1218808/29701882

この記事へのトラックバック一覧です: 家での姿を思い浮かべながら昼間を支える-園で-:

« 目と手の協応にむかうプロセス | トップページ | エラーレス ラーニング-心ひかれる考え方①- »