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愛情不足

今日は「愛情不足」です。

家族とこどもの関わりが欠け、そのことがこどものあら

われに影響していると思われる時に使われる言い回し

です。

特に「不安」が目立つあらわれに用いられがちです。

一見こどもの側に立っているようなこのフレーズにも問

題が…

ともすればこのフレーズにはこども中心に生活しろよと

いうメッセージが込められていることが多いのです。

しかし、家族にも事情と都合があります。こどももその事

情と都合を引き受けならねばならないことがあるのです。

特に現代は共働きしないと生きてゆけない。

家族の自己実現だってある。

子育て中心に生きてゆけというのはちょっと論法が一方

的でおかしい。ともすると母親の就労が問題なんて論調

で迫ってくる保育者もまだまだ少なくありません。

母親が就労しているこどもが何か違うなんてデータはどこ

にもないときいたこともあります。

そしてやはり、こどもの困難はすべて養育に起因する訳で

はないのは前回にもかきました。

特に「不安」はさまざまな要因から成り立ちます。

不安の強いタイプがいます。

また「わかるようになって不安になる。」そんなこともあり

ます。

3歳の節目を越えてくるといろんなものがみえるようにな

ります。家族の事情や都合がわかる、我慢しなけりゃな

らないこともわかる。でも寂しい気持ちがある。その矛盾

は不安感になります。また自己対象化ができるようにな

ると、小さな自分や未熟な自分、頑張りたいけど頑張れ

ないこと等がわかるようになります。これも不安と葛藤を

引き起こします。

こんな風に家族との関係に起因すると思われる「不安」に

も発達的な理由があることもあります。

知っておきたい。

そして、何よりも気をつけたいのは「愛情不足」という言葉

の語感を家族の立場に立って考えてみた時の響きです。

支援者のこの言葉の使い方と家族の感じ方は全く違うと思

うのです。子育てのありように悩み、自己のありようにも大

きな不安を抱えて過ごしている家族にとっては「愛情」が不

足しているなんて表現は存在の否定のように聞こえるはず。

精一杯が不十分ではないかと不安に感じている家族に「愛

情不足」は死刑宣告のようなものなのだと思います。

絶対、使っちゃいけないフレーズです、きっと。

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