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揺れました、地震!で考えたこと②-100本目の記事として-

 前回の記事の後、ふと思い出したことです。

「こどもは大人のできそこないではない。」ということ

です。こどもはこどもとして人生を全うしていて、一瞬

一瞬にその存在のきらめきがあります。

自己中心性や楽天性などがこどもの特性としてあげ

られます。このこと、大人基準で考えれば関係把握

や社会性の未熟さ等で語られてしまうかもしれない。

でも、それは違うと思うのです。

 生涯発達という言葉があります。

ずっとヒトが変わっていくはずだとすると、大人でさえ

ゴールではないのです。きっと。

変わりゆくその段階段階に意味があり、それぞれに

文化があります。その文化の尊重をしたいもの。

最近は、成熟とか老練を尊ぶ文化が衰えていると

きいたことがあります。個人主義や効率、経済性

が優先されすぎた結果なのでしょうか。若者文化

のきらめきばかりが報道されていますが、そのこ

とは偏っていて美しいものではない気もします。

 さて、こどもという自己中心的で楽天的な存在が

創り出す文化があります。

きっと彼らは大地震のような場面でも、遊び出すでし

ょうし、豊かな語りをするでしょう。つらい表現で応え

るかもしれませんが、そこにも何かしらの意味がある。

 「苦しい場面ではこどもが支えてくれる。」というのは、

こどもがこどもであるがゆえに起こる出来事です。

大災害の時こそこどもを大切にすべきなのかもしれ

ません。復興の支えとして。

 そして、同じ事が障害のあるこどもたちにも言えます。

我々は、「できない」「わからない」で彼らを語り過ぎ

なのかもしれません。

こどもが大人になるために生きているのではないのと

同様に、定型になるためにこどもたちも居るのでは

ないのです。

※気が付くとこの記事で100本目です。

書くことは自分の気付きを支えてくれます。

その裏側に共感が少しついてきてくれれば

うれしいと思って毎日綴っています。

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