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2009年9月

「お父さん」というもの

 「お父さんがわかってくれない!」

よくうかがうお母さんの嘆きです。

でも、私はそんなことはないと思います。

お母さんと違う切り口や時間の流れでおこさんの抱える

困難を理解してくれるものです。

「お父さんはこどもと接する時間が少ないから…」

「お父さんは楽天的で…」

「お父さんは甘やかしてはいけないというけど…」

まずは、万人がぶつかる発達障害そのものを理解する

ことの難しさからお父さんも逃れることはできません。

おこさんが困難に直面する集団場面に接する機会は

お母さんより圧倒的に少ないのでそれは理解は遅れ

がちなのかもしれません。だから、お父さんにみえる

景色の所に連れて行く必要はありそうです。

 でも、そんな時ばかりではないようですよ。

こどもの困難に直面しぐっとのめり込みがちなお母

さんを見つめながら、バランスをとるために違う視点や

接し方をあえてしようとしているお父さんもいます。

また、お父さんの障害受容や理解はお母さんのそれ

より時間がかかるようです。うちの子はみんなと違う

ことはわかっている。でも、それを引き受けるのは

ちょっと待って欲しい。そんな気持ちはお母さんより

長く続くようです。

「こどもだけでも大変なのにわかってくれなくて…」

というようなお母さんの声が聞こえてきそうですが、

ちょっとだけ待ってください。

お父さんのこどもに向き合う姿がお母さんを助けて

くれるような場面もきっと出てきます。

そのうちに…

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みんな何かを抱えている

土曜日テレビをみていて驚きました。

今をときめく島田紳助さんが「パニック障害」を告白し

ていました。とっても強い、酸いも甘いも噛みわけたベ

テランの弱さの告白です。

発達障害も含めてやはりアクシデントやトラブルのない

発達なんてものはないのです。それは個性から困難ま

で幅は広くなっていて簡単には語れないけれど、普通

や定形、健常と異常、非定形、障害が対立して存在し

てはいない。強さと弱さも対立して存在してはいない。

みんな身の丈の「生活」の中で揺れながら懸命に生き

ている。生きていることに説明なんてないのかもしれま

せん。

みんなと今。ここが大事と思っています。

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選択

 「選ぶ」機会の大切さを思っています。

「自我」を育てるための基本は選ぶことからと感じて

いるのです。

もともとは自閉性の強い、知的にも重いこども達を

みていて感じたことにきっかけがあります。

要求などは比較的強く、行動に目的志向性がある

彼らですが、その源泉がこだわりや自閉性であるこ

とが多いのです。もし、そうしたものを外すとすると、

彼らに残る意味や育ちってなんだろう?と感じたの

がきっかけです。

直後に始めた療育では、折りに触れて「二者択一」

の機会をつくっています。具体物を2つ並べてどっち

がいいか尋ねる。それだけです。

・どっちの絵本がいいか?

・どっちを食べたいか?

・どの作業をやりたいか?

・何色の画用紙にする?などなど

やり始めてみると生活の中で選択機会はたくさんつくれ

ます。そして、案外重い子でも選択はけっこうできるの

です。さらに、この頃痛感しているのは、この選択の基

盤にある「こどもに尋ねることの大切さ」です。

よく考えてみれば、「きいてくれないヒトのいうことなんか

ヒトはきかない。」のです。そんなのわかっているのにも

関わらず我々はこどもにこっちの要求やあって欲しい姿

だけを押しつけていることが多いのです。

選択の機会を用意することは、こどもに自己決定の力

を育てることとともに大人がこどもにその意思をきく姿勢

をつくることになるのです。

関係が双方向であること、それが相手による部分も少な

くないということを知ることも大切なのかも知れません。

 高機能のこどもたちの中にも選択や自己決定ができな

い子がけっこういるのです。

まずは「どっち食べる?」あたりから尋ねたいですね。

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見ていられない!

 並行通園に通ってきているこどもたちの運動会を

見に行きました。

心配もあり、期待感もありなんだか出てくるだけで

涙が出てきそうでした。あかの他人ですらこんな思い

なのだから、おうちの方の思いはいかばかりか…

察するにあまりあります。

 行事はこどもたちのものであり、家族のものでもあり

ます。家族支援という観点でも大事につくっていく必要

がありそうです。前述の通り家族にとっては当日できた

かできないかという景色と印象が大きなものになります。

だからこそ…

・意図的な、計画的な、構造化された練習をしていく
こどもにやるべきことの中身や方法が伝わり、どこまで
がんばればよいかが伝わる練習の日々。そして、楽しい
瞬間や達成感が感じられるような日々を。
「毎年やるから、みんながやるからやるもんだ!」でなく。

・練習の方向性と姿ををレポートする
 そして家族にはこんな内容や役割をこんな計画で練習
し、今このようにやっているということを伝えていく。場合
によっては相談や見学もしてもらって。

・当日予想される姿やあってほしい姿を共有する
 
そんな風に意図的に配慮して練習してもうまくいかない
こともあるかもしれない。当日の対応も伝達共有したりし
ておきたい。

・アフターケアが肝腎
 行事のあとにできてもできなくてもその意味を家族と確
認し、共有していくことが大切。

そして、最も大事なことは…

なんだかんだいっても当日はつじつまがあうことが多い。

去年よりは参加状況は絶対ましである。

ということなのです。これって後からいつも気づくのですが、

先に大人(支援者と家族)の胸に落ちているとずいぶん違う

はずです、きっと。

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中央突破

  ある園でかなり特徴的な、かなり重度感のあるおこ

さんが入園してきました。御家族には問題意識は少な

く、すぐに療育へつながりそうではない。人から離すと

どこかに行ってしまうし、共感性やことばはほとんどみ

えないと言います。どんな支援を?というお尋ねです。

こういう子2歳代ではけっこういます。

 我々がまずやっていることは感覚運動的な接近です。

保育ではやりのベビーマッサージや赤ちゃん体操を

じっくりやることからはじまります。

これが大変。大人に身体を委ねて弛緩するなんてでき

ません。動きを止められるのも、触られるのもイヤな時

期です。でも、いやだからこそやっていかねばならない

のです。なぜなら、本人がとても暮らしにくいからです。

食べられるものも少ない、介助もイヤ、ヒトに向いてい

ないので跳んでいってしまう。家族も苦しい。

 幼児期は障害の影響が生活習慣の影響よりも非常に

強い時期です。この時期あるタイプのこどもたちの過敏

性はとても強い。同時に対人的な疎通性は極めて弱い。

この過敏性の強さゆえに対人的遮断が起こるのでは

ないか?よく乳児期手が掛からずおとなしかったという

こどもが多いが、ヒトというもっとも強い刺激を回避する

ために、泣いたりしてあやされることを避けるために、

おとなしいのではないか?かの小林重雄先生がおっ

しゃっていました。

「過敏性を軽減し、対人意識や動機を育てる。」これ

が早期支援の入り口だと思っています。

しかし、過敏だからゆえにこどもたちの抵抗感は強い

ものでここに知識と意志と格闘が必要なのです。

ちょっとずつちょっとずつ短い時間だけ迫る。

・終わった後には開放し、好きなものやことが待っ
ている。

そんな風にしながら積み上げていきます。

時に「泣かせてでもやる必要はあるのか?」という疑

問が出てくることがあります。見通しがもてない時に

出てくる疑問です。やってみて、泣いた先に育ってくる

ものの大切さを知るとこの疑問は消えていきます。

 幼児期の支援者だからこそやることがあります。

こんな風にこだわりや過敏性にまっすぐにアプローチ

すること。いわば「中央突破」です。

これはこの時期しかできません。似たようなタイプが

いても学齢期には同じ手立てはあまりとりません。

生きていく入り口の最初の困難をとってあげて、「ヒト

を好きにする」スタートラインについてもらう。

特性は尊重されるべきです。ただ暮らしにくい特性

は変質軽減してあげる必要があり、そこへの接近に

は時期と方法があるのだろうと思います。

ある時期、こどもは泣くのも仕事なのです。

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やったヒトだけがわかること

 あるケース会議でのこと。

「視覚支援は本当に有効なんでしょうか?」というお尋

ねがある園からありました。

「ん?何を言っているのかな?」とちょっと怒りを含ん

で聞いていると、年少クラス学年団で取り組もうとした

所、発達障害サスペクト児以外はみないというのです。

 そうなのです。

保育のユニバーサルデザイン化としてとらえ年少さん

でやってみると、年少さんの感度は極めて低いような

のです。どうもまだ抽象化や系列化が深まっていない

ステップである年少さんには、手順を追って自分でや

っていこうというのは時期尚早なようです。例えば、身

辺処理については年少さんでやっとひとつひとつが自

立できてくるので、まだまだ組み立ててやることは難し

いのです。

これはやってみたヒトだけがわかる気づきなのでちょ

っと感心しました。

 それから園でつかっている登園後の手順カードを拝

見しました。

具体的な生活場面を写真にとって示しています。そし

てそれをヒトコマヒトコマみせているようです。

実はこれもうまくいかない理由のひとつ。

どうもやって欲しい現実をそのまま撮影しても示されて

いる情報が多すぎて着目できないようです。うわぐつ履

いて欲しければうわぐつだけで十分でうわぐつを履こう

とする画像は余計な情報のようです。

さらに、園でつかう場合はどうも具体的な画像でなくて

も絵で十分なようです。むしろ、その方がいいのかもし

れない。

それから大事なポイントは視覚的支援は見通しのため

に流れを示していくことです。言葉が理解しにくいこども

に見せるという側面は園では少ない。ですから、ヒトコマ

ヒトコマみせてもあまり意味はなく、わかっていることをわ

ざわざ示してもユニバーサルデザインいうとらえではなか

なかみんなは見てくれません。

冒頭の「有効なの?」はここからも来ているようです。

まあ、これもやったヒトだけがわかることなので素敵です。

 そうなのです。

視覚支援は広がってきましたが、「見せればいい。」という

ほど都合はよくない。大人がやってほしいことだけを大人

が自分の思いだけでつくった道具で見せても見てはくれ

ない。

発達障害児やサスペクト児では直接的に有効であっても

ユニバーサルデザインとして使う場合にはもうひと工夫必

要なのです。

本当に効き目が出てくるのはすじみちが楽しめるこれから、

来年のクラス作りに向かって是非続けてくださいとお伝え

しました。

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名言

 産業カウンセリング誌のエッセーに名言が載ってい

ました。

「人を変えるのは助言(説得)よりもむしろ『関係
(性』である」

エッセー中にも名言として紹介されています。エッセー

自体は説諭ではなく、関係をつくることによって問題

社員が変わったという体験を紹介しているものです

がこの言葉にはいろんな所に応用できる含蓄があり

ます。

 発達障害のこどもたちと日々をどう過ごすか?という

ことのヒントにもなりそうです。

なかなか言葉のやりとりの難しいこどもたちです。

内容の交換や会話が難しいのはもちろん、指示も

なかなか聞いてはもらえないことが多い。おまけに

暴言なども吐いてしまうこともあり…

接していて思うのは、ことばの交換だけでこの子たち

と接っしようとするのは彼らに即していないということ。

思ってもみないことを言ってしまう子たちです。

その言葉だけをとらえてあの子は~と言ってしまうの

は一面的です。

先週、アスペルガータイプのおこさんの子守をちょっと

しました。

幼児さんですが、なかなかやりとりはへたくそな子です。

そして、マイペースです。ですから、言葉で導くよりもこ

ちらが楽しく遊びはじめる姿を起点に、遊びに誘い

ある種こちらもマイペースで遊ぶ中で彼と交錯してやり

とりをしていきました。あんまりお話はしませんでしたが、

なんだか仲良くなって帰ってきました。

ヒトのコミュニケーションの7割は言語以外のものだと

いいます。行為を通した共同共感の大切さです。

・発達障害児のことばを表面的に受け取らない。

・ことばでのやりとりですべてをはかろうとしない。

集団生活はその集団性から「ことば」の依存度は高く

なります。ことばを使わないでやりとりをする、これは

「先生」の腕のみせどころなのだと思います。

 最後にこの名言で立ち止まってしまったことがまだ

あります。

「ことば」を媒介にしている巡回相談でどうわかって

もらうかということ。なかなか関係を築いている時間

はありません。長く続ける、繰り返し通う中で深まって

いくのでしょうか?

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こどもをみつめる切り口いろいろ

 外でプランつくりの研修のお手伝いをしたり、自分

のケースの後半のプランつくりのためのまとめをし

たりしています。

「アセスメントがうまくいったと思うのはどんな時?」

という実に難しい質問を先日されて、適当なことを

言ってしのぎましたが、まとめをしていて思ったの

は…

 ・こどもの全体像がみえた時
 ・最先端の力や育ちのイメージがみえた時

アセスメントがうまくいったと感じる気がします。

難しいのは、これらはやはり一緒に生活する中

で明らかになるイメージ的な要素が強いもの

です。かならずしも検査や行動問題や「~がで

きる」という形で記述できない性質のもののよう

な気がします。そんな訳で私は観察や共同、エ

ピソード記述の大切さを思います。アセスメント

=検査をとることと誤解しているヒトも少なくない

ようですが…

 そして、いつも思うこと。

認知・コミュニケーション・生活などとこどもの姿

を分野毎に記述しても全体像はみえてこない。

切り口があるのだろうなと思っています。

仮にあげるとするならば…

 ・主訴
  やっぱり今いちばん困っていること。
 ・好きや得意
 ・対人的発達レベル
 ・発達段階

案外このくらいの所でみつめると○○ちゃんは

みえてくる。

そして、あえて一個言えと言われれば断然

 ・対人的発達レベル

です。子育ての大きな方向性は①ヒト(他者)を

好きになること②自分を好きになることだとする

とこれにつきます。

どうでしょうか?

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家族の思いと理解を見つめるポイントいくつか

 性教育の講義を聞いて実感したことがあります。

「家族は第二次性徴をいやがることが多い。」という

ことです。なるほど、そういえばお母さんってそういう

もののようです。こどもがこどもじゃなくなる思いがす

るのかもしれませんし、また新しい心配の種が増える

のかもしれません。

でも、この時期は親離れ子離れや障害理解、受容に

とってチャンスで家族にとっても乗り越えなければなら

ないステップなのでしょう。

こどもの成長を否応なしに感じるこの時期に、共依存

から離れてお互いに自己実現に向かう生活に向かっ

ていく。

 それから最近、気づいたのはこども理解の初期にあ

る「繰り返せば教えれば鍛錬すればどうにかなる信仰

」と「私がまっとうにしてあげる思い」からの卒業するこ

との必要性です。

この時期に寄り添い、きちんと障害特性を伝え、こども

の得意や強い力を豊かに語れるかは支援者にとって重

要。目指す方向がバランスのとれた成長ではないという

ことを、おこさんを挟んでいかに御家族と共感できるかな

のだと思います。

 そして、大切なのは…思春期のこともこの2つの思いの

ことも御家族が自分の思いをグッと曲げなければならない

部分があるということを承知しておきたいのです。それは

本当に苦しいはず…

そこに添うためにその時点の家族の思いや揺れを尊重

したり、論破しすぎないようにしたりすることが必要です。

「わかるよ~。」を必ずつけておきたい。

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障害者自立支援法廃止

 新政権になって長妻大臣が自立支援法の廃止を

述べました。どうなっていくのか?

「応益負担」は確かに厳しいものです。泣いている利用

者・御家族は本当に多い。現場も請求事務の渦に巻き

込まれ、実績の提出や契約、家族からの認めをもらう

ことなど業務が本当に苦しくなりました。なんとかなるな

らなんとかしてほしい。そして、同じ施設の中に措置と

契約のこどもが居るので、いろんな手続き処理が2種類

になってしまっています。どう入所したかで受けられるサ

ービスが違うということも起こりうるのです。

まあ、一方でサービス→支払いという行為が意識がされ

てあるタイプの家族の依存や受け身が減少しつつある

のも応益負担で動いたことです。

また、措置の要件が厳しくなったのですがなんとも不可

解で、こどもの困難よりも応益負担に耐えられるか否か

を中心にした家族の困難の程度が選別され入所の在り

方が変わってくるというよくわからない状況が起こってい

ます。こういうのどうにかしてほしい。

 一方、気になるのは新政権は負担についてのコメント

しかまだしていません。法律をかえるということは障害

のある人たちの生活のありようについてどのような方向

性と価値を提案するかを基盤とします。

今の法律は困難を増大した部分もありますが、「地域

へ」というグランドデザインと強い方向性で今まで動か

なかった地域移行が動き出し始めた側面もあります。

このあたりの価値をどう提案してくれるのか?

様子をみたいと思います。

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性教育

 性教育の講義を聴きました。

思ったのは、「性」そのもの以前の「関係性」の大切さ。

「自分を大切にする。」「相手を大切にする。」ということ

がまさに問われるのですから、思春期以前にその点に

ついてどう過ごしてきたかがけっこう反映されるのでは

ないかということ。そして、性教育そのものにあっても

セックス周辺の教示ではなく、結局はそのあたりを

どう支えていくかが肝なのだろうということ。

 あとは常についてまわる「性」を「教えること」の抵抗

感をどう乗り越えていくかということ。

「性」は教えられるだけでなく、サブカルチャーや友人

との関係性、自分の身体と対話する中で深めていく

ものでもあります。そのウエイトがけっこう大きいので

「教える」というオフィシャルな行為をとらねばならない

時に違和感や抵抗感を感じるのだと思います。

例えば、男の子のマスターベーション、オナニー。

精通以降、男の子にとっては理屈は関係なしに

「いかにおちんちんを触るか?」がテーマになってき

ます。男性の性衝動は直線的な上に、性機能はこの

時期劇的に発達し、しかも極大からスタートするもの。

友人と対話したり、いろんなものから情報を得ながら

おちんちんを知り、触って出して何かが深まっていき

ます。男子にとっては、性は価値や方法であると同時

に時に処理する物でもあり、楽しみでもあります。

それを簡単にオフィシャルな一面的な「教える」という

行為だけで学び取ることは容易ではありません。

難しいです。

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相談員のメンタルヘルスに思うこと

 前回の続きです。

自分が夏バテでヘロヘロになっているので今は依存

的な相談は耐えられません。

「どうしたらいいですか?」という丸投げの質問が特に

腹立たしく、「自分で考えて、やってから聞け!」という

思いに駆られてしまいます。

そして、こどもと大人の「秋の混迷」が基本的には大人

がこどもの文脈を理解しないことに起因することもあり、

怒り心頭な所もイライラの原因です。

 ただそれでも冷静に考えてみると、普段のやりとりの

方法にそもそも吟味が必要だなと思いました。

こっちの受け皿の問題だけでも相手の姿勢だけの問

題でもなさそうです。

・「どうしたらいいですか?」には「どう思いますか
?」や「どうして支援していますか?」の応答を
積み上げていく。

・現場をもっているのだから相談だけでなく、現場
での支援をみてもらい参照にしてもらう。

・回答でなく、情報提供程度の応答も意識

・ひとりの相談員に依存しないように複数の相談先
をつくるように情報提供やリファーしていく。

受け入れ過ぎて依存をつくってもいけないし、だからと

いって距離を置きすぎたら相手に迫り、支える相談に

はなりえない。見捨てられ不安が喚起されてしまうかも

しれない。

なんだか通常の相談の方法とはいいつつも、ボーダー

ライン(境界性人格障害)への対応にも似た所があり

ます。カウンセリング、相談関係はほんとに難しいし、

どうやら病理と日常はつながっています。

 まあ、あとは体を休めないといけません。とほほ。

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混迷深まる秋

 今週もいろんな現場に行きました。

気が付いたこと…大人もこどもも苦しくなり始めてい

る景色。

・お休みが明けたら、なんだか年度当初のようになっ
ているこども。
・運動会の練習が深まってがんばれないこどもたち。
・就学が視野に入ってなんだか焦っている年長さんの
担任の先生。

①ちょっと前まで水の中で伸びやかに過ごしていたの

だから、急に設定度があがっても無理。

②ちょっと前まで夏休みで自由に過ごしていたのだか

ら、やっとのことで昼間の暮らしに戻っているのに急に

設定度があがっても無理。

③夏の疲れも出てくるのだからがんばれない。

④むりやりのトップダウンで就学準備しても気になる

子には気になる子の発達があるのだから土台無理。

 そして、自分の困り感をなんでもかんでも巡回相

談員にぶつけてぶら下がって来ても、こっちも夏バテ

気味だし無理。

ちょっと歩みを止める必要がありそうです。

ススキが穂を出しています。

彼岸花が咲き始めています。

夏の名残を楽しみながら、初秋を感じながら…

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発達をおさえて運動会をつくる

 今は運動会に向かった季節です。

夏休みから通常の生活へ戻ることの難しさと設定度

があがる生活の中で、気になる子たちも担任の先生

たちも苦しいシーズンです。

 ある園の年中さんの競技です。

「追いかけ玉入れ対抗戦」をやるそうです。いい競技

でした。

逃げるふたりの担任の先生が背負ったかごにこども

たちが玉を入れます。なかなか玉は入りません。

入っても数える程…この「数える程」がみそなのです。

先生たちは数と量をこどもたちが発見し、勝ち負け

を確認することをしてほしいと考えています。

そこで支援ツールが登場します。

模造紙で作った玉置場。玉数えスケールです。

「数える程」の玉を2つのクラスが並べていきます。

入った玉の数(量)が視覚的に捉えられていくのです。

そして、勝ち負けがこどもたちの胸に落ちていく。

「バンザイ!」につながっていく。

 大小、多寡、数がわかりはじめたこどもたち。

それを実感としてとらえて欲しいのだそうです。

数の入り口を支えたいのだそうです。

「すじみちをつくる、楽しむ。」ことが深まっていく5歳

にむかう育ちをよく見つめた競技です。

視覚的な支援ツールのおかげでもちろん気になる子

も楽しく参加できていました。

発達をおさえることと視覚的な配慮で保育のユニバ

ーサルデザインが実現しています。

よき保育でした。

 ひとつだけお願いしました。

ちっとも玉が入らなくてよそに投げている気になる子

のために、先生が立ち止まる時間を作ってほしいと。

5秒でいいのです。

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食事の場のありかたとコミュニケーション支援

 こどもたちとの食事で思ったことです。

楽しい食事と「とっとと物を食え」の両立は難しい。

食事の場でヒトは感情交流、自己開示しやすくなりま

すし、欲求に直面しているためにコミュニケーション

も引き出しやすいものです。

昔、卒業研究で拒食を調べた友人が「食事の定義」を

複数で食物を摂ることと教えてくれて目を見張る思い

がしました。(今はどうかわかりませんが)

実際、我々もヒトと仲良くなりたかったら食事か宴会

は大切ですよね。

そんなこともあってか、食事の場のコミュニケーション

機能は非常に高くなります。

特にことばが少ない段階で、関わりたい一心でこども

たちはその少ない言い回しでたくさん、状況やタイミン

グ相手の状況や反応関係なしに話してくれます。

大人もそのことがうれしくてそれなりに応答してしまい

ますが、気をつけないとただただ賑やか。

食べることが本当におろそかになったりします。

応答には吟味が必要だということを感じました。

コミュニケーションの発達支援には大人の応答スキル

が実は問われています。

こどもが適切に反応できないのは当たり前な訳で、

適切な反応や適切な場面を示すモデルと、行動

形成のための相手としての大人の反応は大切。

全部反応してしまえば全部強化されてしまいますし、

この場合は食事という行為の遂行とコミュニケーシ

ョンを両立させるという時点でかなり難しい課題を背

負っています。

そのことを思うと、発達の初期には大人が反応に留

意して食事に集中、黙って食べようという働きかけが

重要なのかもしれません。

まあ、昔から「食事は黙って」と「食事は楽しく」は議

論が分かれる所ですが、案外楽しい食事は難しい

ものです。

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「ずれ」

 園から相談がありました。

ある子が運動会の練習に乗ってくれないと。

発達障害児サスペクト児です。年度前半は設定度が

低い生活でなんとか乗れていましたが、秋になったら

大変かも知れないねとみんなでお話していたおこさん

です。昨年もそうでしたから…

言ってみれば予想通りなのですが、先生が相当狼狽

している所をみると担任の先生の予想をはるかに超え

た乗らなさなのでしょう。

 感じたことをお話しました。

大人にとってはさあ運動会なのかもしれないけれど、

こどもはついこの間まで夏休みでゆったりした暮らし

をしていたということを思い出してほしい。そこから

戻ってくるだけでも大変なのに、強い設定度の中で

他者の意図に乗る苦しさ(苦手なだけに)、自分の

ペースで生活する時間が減っていく苦しさを想像して

ほしい。

やってほしいことは山ほどある。ただそれはこどもが

決めたことだろうか?何をどれだけ、どのようにやる

かと明確に伝えることと同時に、こども自身にどれだ

けがんばるかを決める機会が必要なのではないか?

そして、その約束をちゃんと守れるしつらえを大人が

ちゃんとつくってできたらわかる方法でちゃんと褒める。

そんなことできてますか?と

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「不安」からの脱却

 「ひとりでビデオみたいからあっち行って!」

スタッフみんなが喜んだある子の言葉です。

とても不安の強い子です。

家庭的な困難があり、安全な愛着がなかなか形成

されにくかったことが原因だったと思います。

泣いて泣いての日々で、「こわい!」「いっしょに!」

がホントに多い。

我々はこの子に沿うことにしました。

大人の病気のひとつに「ひとりでやりな」志向があり

ます。思うのです。「ひとりでやりな」は「ひとりでやり

たい」と呼応しなければi意味ありません。

それから最近のこどもたちの姿をみると、「ひとりで」

よりも「いっしょに」の方が大切な気がします。

そんな訳で私は寄れば触ればこの子にくっついてい

くようにしています。

そんな日々の中で、好きな大人ができ、はっきりと関

係を求め、欲しい物・したいことを訴える思いと言葉

が育ってきました。

冒頭の言葉の前にもこわくて逃げ出したエピソードが

あった一日でしたが、大好きな大人と久しぶりに

べったり過ごすことができた後で出てきた言葉です。

子育てとは「いっしょに」の蓄積です。

大人がいかに「いっしょにやるか」と言えるかが生命

線です。

たぶんもうじきこの子は私を置いて行きます。

寂しいですが、とても期待しています。

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特別支援をやめる時…

 個人的に何回か経験したことですが、支援の手立

てを特別支援教育から切り替えなければならないケ

ースがあります。

具体的には虐待対応をしなければならない時です。

判断のしどころは容易ではありませんが、いくつか

ポイントはありそうです。

・行動問題の起こる領域が校外、地域にまで広
がり頻度があがってきた時。

・そして、その内容が「虞犯」とでもいえるものに
なりつつある時。

・あわせて家族の理解度やこどもへの対応が
「こどもの問題を了解しているけど引き受けられ
ない。」からネグレクト(養育放棄)やこどもを害

する行為になりつつある時。

・もう少し足すと、学校に来るまでのヒトの存在
の基盤となる衣食住や安全な生活、安定した愛
着が明らかに損なわれ始めた時。

・こども自身が自分の危機について訴えはじめた
りした時。

・特別支援教育というクラス、校内でのよき場づく
りという配慮では立ちゆかないとスタッフの多くが

感じはじめた時。

そして、大事なことは学校ではその個を安定的に受

容的に支援していこうというとりくみが持続的になされ

ていて、こどもと校内スタッフとの間に安全な愛着や

信頼関係が確かに確立されていることなのだと思う

のです。

学校の特別支援がうまくいかないから家族の問題や

学校外の環境調整に移行するのではないという視点

の大切さです。やることはやっても困難が容易ならざ

る方向に向かっていってしまう時、視点を切り替えて

通告やスクールソーシャルワーカーに支援を依頼とい

う支援の方向性にすぐに移行してほしいのです。

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9.11と発達支援

 今日はいろんな意味で世界が変わった9.11です。

以前書いたかも知れませんが、世界の学問の潮流も

8年前のこの日以降変わってきたのだといいます。

「相手とどう関係をつくっていくか。」の探求は深まって

いるのだと…

 ある学校への巡回相談で気づいたことです。その学

校のグランドデザインを拝見するとメインは授業作りで

した。

しかし、その基盤に関係作りが明確に意識されていて

「群れて遊ぶ」とか「ちょっかいを出し合う(助け合う

というニュアンス)」の発言が先生達の中からたくさん

出てきます。各学級に明確にクラス作りが意識されて

います。特別支援の前に土台作りと参加重視が明確

に形作られていました。発達障害児もまわりとの関係

とそれぞれの成長、教師のそれぞれへの支援で豊か

に伸びていっています。

おまけに凄いのは学校の全体のキャンペーンとして

「否定的な声かけをしない」というのが徹底されていて、

注意叱責がないばかりかずっとほめ続けていて、こど

もに大人がしっかりお礼を言ったりして明るく穏やか

な場ができているのです。

 発達支援においても自閉症研究やICFの流れ、特別

支援の進展としての集団の見直しの中で、「関係」「参

加」がターゲットとして明確に位置づけられて来ました。

前述の学校の姿が教えてくれること。

今日9.11で意識されるもの。

我々が探求すべきものはけっして別ではないと思い

ます。

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最近は…

 1年たって自閉症状が劇的に改善しているケースに

出会いました。本当に劇的に…

年齢の小さいケースではこれはかなりよくあることに

なってきました。

早期支援現場に関わって10年あまり。2,3歳代での

特徴的なあらわれが半年、一年でかなり消退し、コミュ

ニケーションの質が変わってくるこどもは多いです。

自閉という切り口でいえばカナータイプが減ってアスペ

ルガータイプが減ってきたとでもいえるのか…

今回のケースも特に関わり方の質が何か特別という

訳ではなさそうなので、これはどうやらこどもの側に

内在しているようです。

特性の幅も広く、経過もさまざま…

このあたりもこの子たちの理解が難しい一面になって

いるように感じます。

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SSW

 来月スクールソーシャルワークの研修会を開きます。

昨年度から文科省はスクールソーシャルワーカー活用

事業というものを開始し、各地域でワーカーが配置され

はじめています。

学校でのこどもへの直接的な教育活動だけでは対処

できないこどもの困難へのアプローチとして、学校にも

ソーシャルワーク、ワーカーを導入して家庭などこども

のまわりの環境に働きかけていこうということです。

端的には虐待対応が問題意識になっているようです。

先日打ち合わせに行くと、担当の先生が「学校はこども

中心の視点でものを考えるできない傾向があって困る。」

と仰っていました。現場からの自己批判に驚きました。

またまた新しい事業!という批判があるかもしれませ

んが、今までやってきたことを新しい切り口・概念で整理

し深い取り組みに変えていくことには意味がありそうです。

 こどものために家族にアプローチしていくのは必須の

時代ですね。

文科省のHPに「スクールソーシャルワーカー実践活動

事例集」が掲載されていて参考になります。

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ひとこと

 家族の話題で思ったのです。

結局は「ひとこと」ではないかと…

「家族がわかってくれないというけれど、

あなたは一体何をわかっているのか。」

結局は

・こどもの育ちを明確に語れること

・支援のない評価をしないこと

・方向がこどもと家族に向いていること

・家族の思いを理解し、沿っていること

がそろっていないとうまくいかないのです。

やりとりを巡って家族との間に問題増幅システムが

構築されやすいといいますが、それもそのはずです。

家族のことを言う前に支援者にはやるべきことが

確かにあります。

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ボーダーライン

 前回の続きです。

もうひとつ気になるのは現場のまわりのボーダーライン

(境界性人格障害)の人たちです。

こども自身よりも御家族、時にはスタッフにそういうタイプ

のヒトがいることがあります。

こどもへの思いをはさんでやりとりしていく時に難しさが

生じる場面があります。

「接し方」あるようですが、個人的に思うのは…

・「子育て」を常に間にはさんでやりとりする。
 
仕事や子育てが向き合う時の枠組みになりますし、
「こども」という第三項をはさむことで客観性も生じや
すくなります。いろいろあっても「こどもにとって必要な
ヒト」ということを思うと支えになります。

・適切な距離感や接する枠組みは大事

・よく生きたい、ヒトとつながりたいという基本的な思
いの方向性はわかりたい。

・難しいが「きくこと」は大事。
 
そこから本人の振り返りやセルフモニタリングが生
まれてくることがあります。

・相手の今の状態像をみて。

・こちらの冷静さを維持するためにチームで支援

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支援者の精神疾患を防ぐ

 この頃、気になること。支援者の病理です。

一生懸命なヒトがバーンアウトしてしまう。

その背景のひとつとしてチームによる支援が必須の

中で、苦しくなってしまうヒトの多さを思います。仕事

も増えて、こどもが難しくなっている土台の上に、チー

ムに呼応した仕事をしなければならないことは苦しい

ものです。

みんなが余裕がなかったり、若いスタッフの関わるス

キルの不足でいつの間にやら追いつめ合ったり、ヘル

プがなかったりという現象もおこりがちです。

私もついつい自分を追い込んでしまうのでこんな風

にどうしようもない方向のベクトルで思考することを

しています。

・けっこう自分勝手に仕事はしていい。

・すぐに降参していい。

・できないものはできない。

・その日のことはその日考える。

・早めにスタートする。

・がんばりたいけどがんばれないのは仕方ない。

・できることがやりたいこと。

・全部に全力投球なんてできない。

あとは苦しくなったらこどもたちの所に行って遊んで

もらう。こどもの所へ帰っていく。

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入り口

 この夏、学校が導いて学童利用を開始したケース

がありました。手続きまで同行してくれたようです。

どうも見方によってはネグレクトと言われかねな

い家庭状況で、夏休みにはそれが悪化するおそれ

があったようでした。

根っこには、御家族の障害のうけとめが十分では

ないことがありそうでした。

地域や周囲に隠して生活しているということが基盤

にあり、家族の中でいろんなことを回していこうとし

ても現実的には無理なことが生じはじめていました。

行政や福祉の利用にも拒否感、抵抗感があるとい

います。

 こういうケースで思うのは

 「小さいときの出会いの大切さ」

です。

すべてがそこには帰結できませんし、御家族の性

質にもよりますが、くったくなくおこさんと過ごし

その存在を認め、一緒にかわいがる。御家族の

苦衷も一緒に感じながら時を過ごしていく。

小さな時のそんな支援者との出会いが、御家族が

個の存在を認め、みんなとつながりながらなんとか

やっていこう、という入り口になっていくと思うのです。

「生活」と「家族」を大切に肯定していく。前回の記事

の結びに書いたことです。

 さて、このケースです。

まだまだかなりこちらからのお手伝いが必要なようで

正直学童としては難しい面もあります。ただ、こんな

深い支援まで受け止める資源として育ってきたことを

喜んでいきたいと思います。

遅れて入った入り口にもヒトは居る。

そう思っていただけるようにしたいのです。

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みっともない支援者

 ある支援者のお話です。

私も知っているかなりよくできた保護者と向き合って

います。

先日その保護者についてお話をしましたが酷かった。

・保護者の弱さを見つけて喜んでいる。

・家庭の生活の意味が了解されてない。

・価値を押しつけようとしている。

・これまでの経過をちっとも尊重していない。

ただの気の強いおばさんでしかなく、とても不愉快な

思いがしました。

思うに「家族」と「生活」を尊重できない支援者にろくな

奴はいないのです。おこさんのことが心配になってき

ました。

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新しい提案をしてみました。

 保育向け応用行動分析の研修会を開きました。

支援には必須の切り口ですが、幼児期にはまだまだ

早いと思っていました。

けれども、同じ地域で仕事をしているある先生が熱心

に啓蒙されていて普及に苦しんでいるのでお手伝い

をすることにしました。抵抗や難しいという反応を承知

で…

 中身は「ストラテジーシートを使おう!」の一点です。

そして、知って欲しいのは

・行動には意味(機能)がある。

・行動には原因がある。

の2点です。

家庭養育偏重、集団参加偏重の保育現場の視点を

かえるために、発達を知ってもらう、障害や特性を知

ってもらうことに加えて行動を見つめる視点を提案し

たかったのです。

 結果は…件の先生の熱心な啓蒙が土台にあるため

具体的な方法を学ぶ会になり、こちらの手応えとは反

対に好評でした。

感じたのは

・ケース会議の手立てや切り口としてストラテジーシー
トは有効なのでは?

・望ましい行動は視点によってかわる。
こどもにとってと、支援者にとって(集団適応)

・前提条件へのアプローチ=意図的に関わることがほぼ
すべて

意外な手応えだったのでちょっと後半のツールにしてみよ

うと思っています。

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地域の敗北

 全国的に報道されてしまったのでご存じと思います。

夏の終わりに近くの中学生2人が自ら命を絶ってしま

いました。

おやすみが終わって学校へ戻っていくということは苦し

いことだったのでしょうか?

ふたりはどんな思いで地域の新しいアミューズメントの

拠点のビルに登っていったのでしょうか?

 確かに言えることは、我々地域の大人はあの子たち

に良い記憶をプレゼントできなかったのです。成功体験

の足場作りをしてあげられなかったのです。少なくとも

困難を共有できる「関係」を提供できなかったのです。

このこと覚えていかねばなりません。

 今日は偶然ですが、この地域で研修会を開きます。

この子たちのことをおもうことから始めようと思います。

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