« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月

虐待支援の最前線②

 昨日の続きです。

あるベテラン保育士さんのコメントが確かでした。

なかなか変容の難しい被虐待のケースに焦る若い

保育士さんたちに対して、こうしたケースは1~2年

でどうにかなるものではない。本当に目に見える成果

や結果はあがってこないし、保育園に居る時間はわず

かでできることは少ないけれどもその子の将来を思った

時にじっくり向き合うことが必要だとおっしゃっていました。

同じ立場の方の語ることばは金言です。

 愛着に困難を抱えているこどもは参加が難しくなります。

気になる子に向き合う保育の大きな流れは、認知特性に

応じた支援をする中で参加を支えることです。

でも、それでは愛着に困難を抱えたこどもは支えられない。

「みんなとがんばる」以前の他者への信頼や自己の存在

の肯定感が得られていない以上、がんばれるわけがない

のです。

参加以前の問題であるこどもの困難、発達課題に視点を

向け、立ち戻れるかどうかが肝要なのだと思います。

ここは保育の都合、大人の都合うんぬんを言っていられな

い分野で、参加を外して立ち戻ることからやらねばならない。

 ・保育に乗らない焦り。

 ・就学が近づく焦り。

 ・このままではこの子の将来は?という心配。

どれも当然の保育者の思いですが、今のこどもの文脈に

立ってみると大人の勝手な思いこみです。

彼らがただ今必要としているのはそんなことではない。

勝手な大人のふるまいで困難を抱えてしまったこどもたち

には、大人の求める枠組み=参加から外れる権利をプレ

ゼントし、彼らの求める愛着に今度は大人がお付き合い

するという荷物の受け渡しが必要なのです、きっと。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

虐待支援の最前線

 虐待に懸命にとりくむ園をたまたま続けて2園訪問し

ました。

 ひとつめはDVのおかあさんにこどもの先生として、

そしてひとりの女性として確かに向き合っている保育士

さんの居る園です。園の先生ですからこどもを挟んで

こどものためにという働きをなさっていますが、同時に

同じ年頃の女性としておかあさんに「そんな男でいいの?」

と腹の据わった問いかけをされているのが印象的でした。

 もうひとつは発達障害の特性の強い子を、虐待的に育

ててしまっている家族とむきあう、園のとりくみです。

脅かして育てている家族にとっては特性に応じた支援をし

たり、心因反応でゆれているその子に添っている園のとり

くみが手ぬるくてしかたなくみえるようです。

その家族を突っぱねながらあたたかく包み込むチャレンジ

が確かでした。

・家族へのアプローチ

・こどものあらわれへのアプローチ

それぞれに難しく困惑していました。

おこさんも年中さんで集団参加に向かう支援が大人から

も多くなっていましたが、それだけでなくて大人とこどもの

愛着へ向かう保育も必要であること。家族支援には複数

の機関を入れてやっていくことが必要なのでは?と提案

しました。

 どちらの園も将来を見据えた保育者としての強い思い

があり、ヒトとして家族の養育態度への強い感情をエネル

ギーに向き合っていました。

とっても支持しますが、技術的にはおさえておさえてという

お話をしました。もうひとりのスーパーバイザーの言って

くれた「ひとりがちしない(抱え込まない)」が印象的でした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

涙のむこうがわ

 前回の記事の研修会で、意外に反響の大きかった内容

があります。

幼児初期には過敏性やこだわり、拒否性にチャレンジする

ことも必要で、葛藤場面をはさんだやりとりや一緒に困難

につきあたっていく場面もある。そんな中では時にはこども

に泣いてもらう時も必要で、涙のむこうがわをみて意図的

に泣かせることにも意味があるということです。

 けっこうこのフレーズに対する反響は大きかったのです。

生活習慣よりも障害の影響が大きい幼児初期には自分の

世界への没入は強く、それではいけないと思って大人は踏

み込んでいこうと日々チャレンジをしています。

よかれと思ってやっていることでも、こどもの涙をみると揺れ

るもの…

葛藤の必要性、泣かせる意味の確認はだいじなのでしょう。

こどもの涙をみると、大人も涙です。

でも、その涙のむこうがわを想像できるのが支援者なのかも

しれない。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「発達」が教えてくれること

 「発達」と「保育のユニバーサルデザイン化」をテーマに

研修会をやりました。

・行事や繰り返しの羅列ではなく、こどもにとっての
意味で保育が構成されること。

・気になる子にも発達傾向があり、それが押さえられ
ていること。

・気になる子への支援とクラスの保育はそれぞれの
発達と発達に即した保育に連動するということ。

・「気になる子にとってよい保育はみんなにとっても
よい。」と年齢の発達をおさえた保育の実際

についてお話しました。

「発達」のお話はなかなか聞きにくいのでできるだけリアル

にしようと思った末の苦肉の策ですが、よく聞いてくれた

ようです。

現場ができる支援を提案するのが我々だとすると、クラス

つくりと呼応した内容でなければ意味がないのだろうなと

感じています。

 また、いろいろな地域からヒトがあつまる場になり、先進

地域の体制を知り、自分のまわりについて気づいた先生

もありましたがそれもよかったのかもしれません。

ちょっとうちのめされていましたが。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

傍目とは違います

今日の裁判でのりぴーが「今後は介護の勉強したい。」と

述べたそうです。不況対策に介護者養成の時にも思っ

たのですが、これってどうなんでしょうか?難しいのは、

「足りないから埋める」とか、「自分を見つめ直すため

に」でやれる程支援は簡単じゃないのです。確かにヒ

トは足りないし、支援が必要な人たちが我々にくれる

ことはほんとに多いんですが、彼らのニーズにほんと

に応えるためにはこちらが彼らに何かして貰おうとちょ

っとでも思ったら旨くいかないと思うのです。こんなに毎

日記事が書けるほど支援をめぐって、対象をめぐって

考えることや思い悩むことが多いのです。簡単じゃない

よっていいたい。新規参入歓迎です。

でもたいへんだよ〜

きれいごとだけじゃなく、それも本当なのです。

でも待ってます。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

戦略会議

 ある会で巡回相談の戦略会議をしました。

その中で大事だったのが、巡回相談を受ける担任の姿

です。

このケースは端的に担任の理解を切り開いて、よき支援

を構築してほしいという無理無体なご注文のようですが、

そうでなくても「ヒトをみて法を説け!」というのは重要。

 ・この子の困難は担任にどううつっているか?

 ・巡回相談をうける担任の心情は?

 ・それを受けて提案できる支援のありかたは?

 ・もちろんそれはやってくれそうな内容を、受け入
れて
くれる言い方で。

実はこどものアセスメントをして支援を提案することだけで

は巡回相談はなりたたないのだと改めて気づきました。

内容だけでなく相手に届くためのしつらえの大切さ。

なんだかこの戦略会議、犯罪捜査のプロファイリング

に似ていてちょっと不思議な感じでしたよ。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

がんばりすぎとがんばらなすぎ

 ごくごく少人数の学齢期の学習会をしました。

メニューはいろいろ。

 まずはソーシャルワークの事例検討をしました。

特別支援教育的に学校にこどもに何をしてあげるかと

家族をはさんだ環境へのアプローチを検討しました。

感想を言うと、先生方はがんばりすぎでソーシャルワー

ク場面でもっと学校以外のヒトを入れたり、外部資源

にバトンを渡したりという発想を持った方がいいように

思いました。最近、何校かで生徒指導に夜中まで~

というケースをきいているのでそこだと思いました。

 それから学齢期の支援のDVDをみました。

よくまとまっていました。感想やらその後の話し合いで

感じたのは、地域的にはまだまだ啓蒙時期であるとい

うことです。画像にあったまとまった支援、よくできてい

る地域がなんだかまぶしすぎて、関わるおとなの無理

解がいっぱいあぶりだされてきました。

学齢期の支援といってもフィールドが広く、用意しなけ

ればならないことも拡大していてなんだか青息吐息。

支援をめぐる各論も踏み込んでいけば行くほど見えて

、増えてきて…

特別支援教育がそれなりになっていくのか、そうで

なければバイパスも必要なのか…

「まだまだ啓蒙時期、がんばろう!」というまとめに

なりました。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

共同注意、共同行為にむかうテクニックのひとつ

 食べるということが大切だと思っています。

意外かもしれませんが、特に関係づくりにおいて。

共感のためには「内容をはさんで」の前に「行為をはさん

で」が必要で、その端的な行為として「食べること」がある

と思います。

あっさり言うと、食べるときに必要なのは「一緒に食べる」

と「分け合って食べる」ことなのです。

 おつきあいの長いAくん。

最近は私の「のどあめ」狙ってやってきます。「あめは?」

「おまえは、俺じゃなくて完全にあめ目当てだろ。」と言い

たくなるほどです。(先日ほんとに聞いたら「うん!」と言っ

てました。)

そんなAくんにあめをあげると必ず「先生は?」と言います。

最後の一個を彼にあげる時にも「先生は?」と言います。

そう、我々はいつもおいしいものを一緒に分け合って食べ

てきたのです。おいしいねって共感してきたのです。

この味を甘いって言う、この味を酸っぱいと言うと確認しあ

ってきたのです。「一緒に食べよ~」が大事なキーワード

なのです。

 食べるということが魅力的だからこそそこに関係を挟む。

強い欲求を実現する場面のまわりに、ちょっと別のしつらえ

を用意すると副次的にそこも定着していくものです。

これ、今ちょっとずつ焦点になりつつある共同注意、共同行

為にむかう大事な要素なのではと思っています。

初期発達を支える上で大事な場面のひとつが食べること。

これは私の現場が施設だから療育だから気づくことなの

かもしれません。

そして、生活の重要性がここにもあります。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

責任感

 先週の会議のことです。

「障害を家族と共有すること」というテーマになりました。

ある青年期の支援者がもっと前に問題提起や理解受容に

むけたとりくみをしてくれたら…と言っていました。

でも、その支援者は進路を題材にして青年期ならではの

問題提起や共感にむけた取り組みをしていました。

思ったこと。

ライフステージの折々に関わる支援者が自分の現場で、

自分のやり方で障害を家族と共有するためのとりくみを

することが大切だということ。

後回しにしたり、自分の前のせいにしない。

もちろん家族のタイミングや性質もあるかもしれないけ

れど自分の現場ではちゃんと向き合っていく。

それを専門性というのだと思います。

ちゃんと発達評価できること。

育ちや特性を語る言葉をもつこと。

ライフステージを通じた支援というのは責任感をもった

専門家のつながりあう支援のことだと思います。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「みんな、行こう!」

 ある園の実践です。

年長組、外でゲーム遊びをするようです。

集まって担任の先生が導入をする所です。

ところが発達障害サスペクトのAくんが集まってきません。

集まらなければならないのはわかっているようですが、な

かなか気乗りしないようです。

みんなで「Aく~ん!」と呼ぶように促したり、伝令を走らせ

たりと、担任の先生もあの手この手です。

それでも動かないAくんの心。

そこで担任の先生。

「よーし、みんな、Aくんの所に行ってお話をしよう!」

クラスのみんながAくんの居る所に行き、そこが集まる場所

になりました。

 うれしい瞬間でした。この実践のすばらしさはこのひとこと

に集約されています。

夏休み明け、荒れているAくんに担任に先生は困り果ててい

ました。先生にかけた声は「Aくん、困ってますよね?」という

こと。担任の先生の出した答えはこの声かけです。

飛びだしていってしまう子を追いかけるよりも、みんなが行け

ばいい。クラスつくりがテーマの年長後半です。

みんなが犠牲になっている訳でもなんでもなく、みんなにとって

もAくんは居てほしいヒトだからAくんの所に行く。

むしろ、ここで先生が出ていってAくんを集団に引き戻す作業

をすると、時間がかかり、みんなの時間と活動が犠牲になる

かもしれません。

この発想の転換ができるかどうか。

最近は「許容度」という言葉を使ったりもしているようです。

この園ではすべてのクラスで、担任の先生が折り合いをつけ、

個の特性にあわせ、許容度を高くして気になる子をクラスに

確実に巻き込んでいました。

 これも秋の風景です。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

とっても困ったけど、嬉しかったこと

療育教室でのひとこまです。

その日は散歩で、みんなに行きたい所をきいて出掛ける

ことにしました。行き先が貼ってある散歩地図を前にして、

幼児5〜6人に「どこ行きたい?」と尋ねていきました。だ

いたいいつも行きたい所は偏っていて決まっています。

そんなつもりできいていきました。

ところがその日は「金魚を見に行きたい!」

                        「電車見に行きたい!」

                        「神社行きたい!」

とひとりひとりが全員違う場所を選んだのです。とっても

困ってしまいましたが、とっても嬉しく思いました。

重度児ひとりひとりが意思をしっかり持ち始めたことは何

にも代え難いのです。時々、この子からこだわりをとった

ら何が残るだろう?と思うようなこともある中で、「どっち

にする?」「どうする?」ときき続けていくのはほんとに大

事だなと感じました。重度児からも意思や自我を引き出

すことは可能です。

そんなことを確認した秋の1日でした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

方法が「はまる」ということ

 先日うかがった「おっ!」と思ったとりくみ、紹介します。

欲求や物への執着が強く、かんしゃくやパニックの多い

おこさんです。

おうちで、暴力をふるわなかったらシールというのをはじ

めたそうです。シールがいっぱいたまると御褒美もらえる。

物欲や金銭欲が強く、それを巡ってトラブルが絶えない子

ですが、だからこそこの手立てがはまりはじめたようなの

です。

関連してお小遣いをどうしていこうか?という話になりまし

た。学校でもお金の勉強をはじめてちょっと単位がわかっ

てきた。おうちでも時々もらうお金でちょっとやりくりしはじ

めたといいます。ただ、まだまとまったお小遣い渡して

やりくりするには不安だと。さっと使ってしまってもっとよこ

せが目に見えるようです。

となったらまだ御褒美制でいいよねということになりました。

御褒美、トークンエコノミーで自分の行動を律したり、御褒

美勘定しはじめた彼はもう少しそこで練っていけば、お小

遣いマネジメントにつながっていきそうです。

 この事例の「おっ!」という所ですが…

・困難やおおきなでこぼこが方法ひとつでその個を
支える大きな切り口になるということ。

・困難のとらえなおしをすることで新しい地平が開けて
くる可能性があること。

・ほめ方としてのトークンエコノミーですが、ちょっと視
点をかえていけばライフスキルトレーニングにも発展
しそうなこと。

私ひとりの気づきかもしれませんが発見でした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高校の特別支援教育

 偶然ですが、地域の何校かの高校の特別支援教育の

現状についてうかがう機会がありました。

・中学からの情報伝達は現状ではほぼない状態
から入学してきてしまう。支援の経過や家族の認知
の程度がどのようなものかがまったくわからないの
で支援の入り口から難しい。

・まだ行動問題→生徒指導が支援の入り口。
高校では発達的問題に起因する不登校、行動問題
が単位の問題となり進路変更につながってしまう。
支援の最後までやりきることなく…ということになって
何を、どこまでということの模索をしている。

・高校でも甘えてくるこどもの多いこと…
「褒めて!褒めて!」のメッセージがほんとに強い。

 個人的に特別支援教育といっても小学校のそれと

中学校のそれはまったく違うと思っていました。

実態をうかがってみると高校のそれもやはり明らかに

方法論やターゲットをかえていく必要性はありそうです。

LD学会でも、このお話をうかがった地域の会議でも

大きなトピックのひとつとして高校の特別支援教育は

話題にあがっていました。進学、就労がようやく動き

だしはじめています。(遅いけど…)

 さて、冒頭の現状報告。

3つめの内容に参加者みんなが驚いていました。

そして、同時に支援の方向を確認しました。

とにかくこどもを支える場では、愛着の形成、大人

とのつながりと自分を好きにする支援がいくつに

なっても欠かせないのだと。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「連携」ということば

 支援者同士がつながる、機関同士がつながるということ

がまったく珍しくなくなりました。不思議なものです。

こどもを巡る支援領域が拡大していったのと、職域を超

えた支援が拡大していったのは時を同じくしています。

特別支援教育や福祉が包括的な支援や地域連携を明確な

旗に掲げたのもあったのでしょう。

昔は福祉の自分が学校の手伝いをするというのはあり得

なかったのです。

 ふと思ったのは、この「つながり」は支援者相互のヒトの

つながりであったり、こどもをはさんだつながりたい思い

を基盤にした実のあるものです。

だからこの「つながり」を「連携」ということばで表現した

つかったとたん、なんだか安っぽくなってしまう気がしま

す。

以前からこのことば、嘘くさいと思っています。

なぜだかわかりませんが、「連携ができている。」と

語るヒトや機関とは実は連携できていないことが多い

のです。

あなたは私とつながって私のことをいいように使ってい

るかもしれないけど、私はあなたとつながって良かった

実感がない…みたいな感じがするのです。

地域支援をしなければならない機関が、感度が悪い

癖にやっている状況を自分の立場で語るときに使う

ことばなのかもしれません。

つながった状態を説明するだけのことばなのだろうなと

感じています。

「連携」は「連携」ということばで表現されない所で生きて

います。

わたしゃ、こどものためならどこにでも電話して押しかけ

ます。こどものために、死にものぐるいの支援者であれば

誰とでもつながります。

熱情と熱情のつながりを表現するいい言葉ないでしょうか?

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

支援者の資質と育ち

 若いスタッフを注意しました。

明らかにこどもが理解できない要求と指示をし、その

前の流れもあってパニックになりかけているのにさら

にこどもを追いつめているのです。

と書くと、彼女がこどもを悪意があっていじめているよ

うですが、懸命にそれをやっているので困ったものな

のです。

 支援者というものの大事な資質はなんだろうと考え

ています。

それは「相手にあわせる力」なのだろうなと思います。

ひとりひとりのあらわれ、発達段階、困難が違うのだ

から関わる瞬間瞬間にアセスメントをして、試行錯誤

をして想像力豊かに関わっていく。

そして、「相手にあわせる力」を自分の中に育てたい

という願いがそもそもあるかということももあるはず。

正直、支援者にも向き不向きがあります。

これを乗り越える支援者としてやっていきたい熱情が

あるかないかは重要です。

ここからはおじさんの愚痴ですが、件の彼女には

そもそもそこが足りないのかも知れません。

そして、おじさんは毎月山のように本を買って試行

錯誤しているというのに、勉強している風でもなく…

不器用なので成功した方法に固執したり、おじさん

の経験あってのスキルを表面的にまねしたり…

彼女に何をしてやったらいいのかちょっとわからん

のです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

みることを支える

 学会で感じたこと。

LDへのとりくみが豊かなのは関西でした。

どうしてだろう?と知人に尋ねたら差別を乗り越えようと

いう強い意識がある地域だから個に目がいっているの

だろうねということでした。納得…

LDへの支援は個別支援の最たる物ですねえ。

 発表の中で気になったのはオプトメトリスト(視能訓練士)

との協働で、視機能へのアプローチをしっかりしていた事

例がひとつ。視知覚というみたものの処理の問題は大きく

言われていますが、その手前のみる機能、目の使い方

の困難もある子もいます。そのあたりを丁寧にアセスメ

ントして視機能のトレーニングと視知覚へのそれをしっか

りやっていたのが印象的でした。

 それからもうひとつは「アーレン症候群」の観点からの

アプローチです。あるタイプのデイスレキシア(難読症)

は色の工夫をしていくとみることができるようになるそうで

確かどうも水色あたりがよさそうという結果だったと思い

ます。

両方とも実に優しい、丁寧な実践です。

育ちの個別性を大切にしていきたい時代にあって派手

ではありませんが、確実に芯をとらえた実践でした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (1)

早期発見の話

 何回かLD学会から話題を持ってこようと思っています。

 九州地区の実践をうかがいました。

おおまかな地域の支援体制としてはすごく珍しいもので

もないようです。保健師さんもいらっしゃったので、私の

まわりの地域の問題と同じ事を感じておられるか尋ねて

みました。それは…

・ケースが多くなりすぎて丁寧なケアができなくなって
はいないか?

・健診自体の拒否感や抵抗感も広がっており、難しさ
を感じることはないか?

ということです。

答えは「否」でした。

どうもきいてみて考えるに、うちのまわりはサスペクトを拾

いすぎのようです。M-CHATという自閉症発見のスケー

ルをつかってまずは特徴的な子のスクリーニングからスタ

ートしてしてあとは巡回相談と就学時のチェックや相談で

フォローアップしているようでした。

現代のこどもの未熟と発達的問題が錯綜する中では、健診

のやりかたや考え方の質的検討も必要なようです。

違和感自体も精査していくということでしょうか。

これは発見でした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

LD学会に行ってきました。

 LD学会に行ってきました。

本当は3日間やっているのですが、とても3日は頑張れ

ないという自信(?!)があったので物見遊山気分で1日

だけ行ってきました。支援の動向と感想をレポートします。

 感想を一言言うとすると、「混乱!」

飛び交う情報、どんどん動いている支援の流れ、自分の

地域と全国との差など考えること多くちょっと頭痛がしま

した。

・ポスター発表は、LD学会らしく読み書き、算数障
害へのとりくみについてと次はSSTについての発
表が多かったように感じました。両方とも発表できる
ほど実践できているのが凄い…と同じ地域の先生
とぼやいてきました。

・SSTのラウンドテーブルをのぞきました。
抽出ではなく、クラスに対するものユニバーサルデ
ザインとしての支援が必要という指摘もあり、我が
意を得たりです。
このあたりは巡回相談員としては今後要研究。

・一方でSSTの功罪の議論も始まっていてSSTより
ライフスキルトレーニングという話も出始めています。

・ライフステージを通じた支援のための地域つくり、体
制つくりはどこも似通ってきています。
ただ、私や我が地域の抱えている不安や思いを共感
的に感じているのかと思いきや聞いてみると意外とそ
うでもなく困惑。
早期発見は流れているし、現場の抵抗感もない?!よ

うような感じ…というよりちょっと自信満々で困惑。

・香山リカさんの特別講演
定型と非定型の境界が難しくなっているというのは、や
はり痛感されているようでそのことを踏まえたとりくみは
必要なんだな。

・書店を眺めて…
私も気にし始めているICFを支援にという書籍がいくつ
かではじめています。養育の問題を語った本にも目が

いきましたが、買ったのは前から欲しかった共同行為
共同注意の実践。

まだまだありますが、消化してきれていません。

やっぱり1日で十分だったようです、私。

ただ、勉強はしなきゃいかんと痛感。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

優しくできるために

 家族を責めずに優しくできるために押さえておきたい

ことってあるなと思います。

①「こどもは場面に応じた顔を持つ。」ということ。

②「発達的問題は養育よりも影響は大きい」ということ。

の2つです。

 ①は家での状態像がよくないのは家族がダメだからだ

という論理への答えです。ちょっと前に支援者の態度で

書いた「昼間のクスリが夜まで効くように」と関連します。

要は日中はうまくやれるしつらえとうまくやろうという本人

の構えができているからよく過ごせるのであって、家で

うまくやれないことはある意味当然で、家族には生活も

あるのだから良い場面、環境、スタッフによって実現して

いることを求める方がちょっと無理というものだと思う

のです。それに我々は関係によって対応を代えます。

それはこどもも同じ、おかあさんと先生とは当然ふるまい

方が違う。あたりまえです。

 それから②です。

障害を持っている子のいちばんの困難は障害なのです。

どう育てられたかがいちばんではない。

これは基本のきのはずですが、案外ぶれる。

家族を責めないために確認したい。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ぼよ~ん」と

 最近の2つのエピソードです。

【エピソード1】
 おもちゃを片づけに来たAくんを受け止めました。
箱にしまうのですが、なんだか難しいしまい方で、ちょ
っと私にはわかりません。
 私「どうやって入ってた?」
 A「ぼよ~んと入ってたよ。」
そう、確かにその箱、包装の様子、おもちゃの大きさ
からみると「ぼよ~ん」とそこに納まっていそうな感じ
でした。

【エピソード2】
 運動会で竹馬をやったというBくんに尋ねてみました。
私「竹馬どうだった?」
B「とっとこ、とっとこやったよ。」

 この2つのエピソードできづいたこと。

「ぼよ~ん」も「とっとこ、とっとこ」もそうですが、

擬音語や擬態語も重要な語彙であるということです。

ことばの出始めにはこどもの口から出やすい言葉でこ

ちらから働きかけることが大事なのだろうなと感じてい

ます。その時に擬音語や擬態語も大事な要素のようです。

幼児語も要素としては似ています。

そんな訳で、振り返ると日々の支援の中で、擬音語・擬

態語で生活や活動を語り、表現するようになっています。

ダンスの動きもはさみの使い方も。

 実はAくんもBくんも最近ことばがぐーんと増えてきた

のです。そして、自分で擬音語や擬態語でことばを作り

だしはじめた…そこには生活や伝えられた表現の積み

重ねがあります。それによく考えてみると、擬音語や擬

態語は名詞や動詞のような事実ではありませんから、あ

る程度の象徴化が深まって来ているのです。

ちょっとした発見だと思いました。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

支援の2つの方向性

 自分の仕事のありようと方向性ってどんなもんだろうと

振り返ってみました。

・より個別的にしていく分野

 おこさんと御家族への支援は個々にあわせてより

個別的にしていくべきものかなと思います。

「発達障害って」よりは「おたくの○○ちゃんは」を豊か

に語ってお手伝いしていかねばならないのでしょう。

・よりシステマティックにしていく分野

 一方、支援者への支援は個々の支援者と地域が

自立的に動いてくれるようにしたいと思っています。

わたしひとりが忙しくならないように。

今、2つの地域に提案をしようとしています。

支援者自身が動き出して地域の力を高めるための

提案です。

こどもを支える場を地域の現場をつくる。

現場の中で確実に支援できるしくみをつくる。

そんな所です。

個別化と一般化。

具体的に語れること、お手伝いできること。

システムや地域が動くしくみを提案できること。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最重要課題

 ふと気が付いたのです。

我々毎日いろんな模索をしていますが、最も重要な課

題を忘れていました。

それは「ほめ方の研究」だと思うのです。

ほめ方のレパートリーを整理して持っておく必要があり

ます。成功体験を用意するという意図と連動して、その

結果をちゃんとこどもに伝えなければならない。

というよりも、行為は褒められなければ成功体験には

なりえません。

例えば

・言語的に賞賛する。

・感心する。

・感謝する。

・励ます。

・トークンエコノミーで視覚的にほめる。

・喜ぶ。

・抱きしめる。

・第3者にも伝えてわかちあう。

・ごほうびを与える。

等々もっともっと具体的にはありそうです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

強めの介入のポイント

 ちょっと強めの介入をしました。

最近療育を利用し始めたおこさんです。

だいぶ大きくなってきましたが、食べられるものが数

えられます。

みんなとやりたい、がんばりたい、褒められたい育ち

もあります。

小さな頃はもっともっと過敏だったのでしょうが、かなり

柔軟になってきて乗り越えられることは増えています。

 何回か書いたかも知れませんが、

「偏食の克服は関係の構築」だと思っています。

せっかく豊かになってきた彼だから、大人がご機嫌を

みながら遠巻きに、そーっと「食べて!」というのは止

めたいのです。

ほんのちょっと、新しい物食べてもらうことにしました。

ごはんつぶほどです。

食べません。

お口にいれます。

大騒ぎです。

身体的プロンプトが必要です。

すぐに好きなものでフォローします。

落ち着いた後、もちろん褒めます。

そして、この子にはシールによるトークンを用意し、

今日チャレンジしたものを書きました。

おうちでも褒めてもらえるように。

 こんな風に強めの介入が必要な時もあります。

要点は短時間で、少量のチャレンジ。

終わった後には好きなものでのフォローがあり、

確実にほめる。

こどもの困難はたいていは時間と関係で解決していく

ものですが、内容によってひとつの行為によって関係

を意識づけたりする場合があった時のみこんなチャレ

ンジをすることがあります。

かなり大人にとっても覚悟が必要ですが、うまくいくと

こどもの世界が劇的に変わることがあります。

気を付けないとその困難の質や大人の勝手な視点の

ために肝腎な所を支援してもらえないこどもも時々い

るのです。そこを開けていく支援です。

ただ、ある種の技術と度胸が必要です。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そして…新しいみかたがあった。

 不思議なものです。

前の記事のようなことを感じた日、時間つぶしに書店

に入ると、興味深い本があり衝動的に購入しました。

斉藤万比古「発達障害が引き起こす二次障害へのケ
アとサポート」学研¥1900

この中で興味深い記事がありました。筆者は「二次障害

の必然性」についてということを書いています。

-(前略)二次障害はきわめて深刻な水準のものを除け
ば、その大半は発達障害のこどもが与えられた環境と渡
り合いながら、精一杯生きてきた過程で負った向こう傷の
傷跡を意味している。そして、子育ての難しい子どもを育
むために精一杯かかわった親や学校の奮闘の後である
という側面ももっているのである。このことを支援者は決
して忘れてはならないのであろう。

そして、この後、必然性を認識することの意義は、

-専門家が二次障害を「生じてはならないもの」と規定し
てしまえば、親や教師に二次障害をいたづらに恐れさせ
たり、犯人さがしに駆り立てたり、あるいは罪悪感を刺激
して養育に必要以上に縛りつけたりといった困った状況
を作り出す可能性がある。

といい、

-「二次障害は発達障害のかなり一般的な側面の一つ
である」という見解は、そのような窮屈な状況から自由で
なければ、親も教師も有効な発達障害児・者の支援者と
して機能しない(後略)

とまとめています。このような前提のもとで総合的ケアシ

ステムの必要性を説いているのです。

 慧眼です。

私は前回の記事のように二次障害は容易に語るべから

ずと感じています。それは子育てに向き合うものの矜持

であると思います。まだまだ理解と支援が未熟な現状で

は、まずは起こらないようにする模索が絶対必要でそれ

には大人の強い意識は欠かせないと思うのです。

「大人は自分の文脈で子育てをしたがる」という強い傾向

を踏まえると…

 けれども、この本のこの件はすでに二次障害的なあらわ

れに陥ってしまったこどもたちと向き合う時に力をくれます。

あきらめではなく、可能性を届けます。

8月の記事で病院附設の特別支援学校の先生に教えて

いただいた、どんな子にも支援する手立てがあるという

ことを改めて思い出しました。

我々は支援者です。

支援技術の模索が常に必要です。

二次障害についても支援技術はあり、それも我々が持っ

ているべきものだろうと感じた一冊です。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「あんたがそれを言っちゃダメ!」

 とっても違和感を感じたのです。

ある学齢期対象の会議でのことです。

多くのケースが出てきて、担当者が状態像をレポート

するのですが…

「自己評価が下がっていて…」

「自己肯定感が○○で…」

とみんなが言うのです。

みんな他意はなく、ほんとに純粋に状態像のレポート

なのでしょうが、聞いている私にはどうしようもない不

愉快さがあるのです。

 発達障害への理解と支援の広がりの中で、適切な

理解と支援が行われなければ自己肯定感が低下し、

二次障害というさらなる大きな困難につながっていく

ことがあるということが知られるようになりました。

でも、この言葉と事実、専門用語(テクニカルターン)と

して平気で多くの頻度で使って良い言い回しでは絶対

ないと思うのです。そして、もし自分の近くにそんな子

がいた場合には、自分の園に、学校に居た場合は

そのヒトにだって相当の責任があるのです。

他人行儀に「あの子は…」なんて言っちゃいけない。

現場としては生み出していけない。

もし出してしまった場合は恥じなければならない。

二次障害に「しちゃってる」癖に「なっちゃっている」

言い回しは絶対にありえないと思うのです。

言い方ひとつに何をこだわってと思うかも知れませんが

言葉は姿勢をあらわすものです。思いをあらわすもの

です。吟味しなければ…

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (1)

LDと就学指導

 タイトルをみて「あれ?」と思った方いると思います。

基本的にはLD(学習障害)は知的な遅れがなく…という

ことになるので就学指導の対象にはならないと考えるの

かもしれません。

全国的にはどうかわかりませんが、特別支援教育の深

度や資源配置によっては、あるタイプのLDの子の学習、

生活の保障が学籍の移動で行われることがたくさんあり

ます。

もうちょっとはっきり言うと、遅れた地域では「みんな」と

「個別の」の両面保障がまだまだできていません。

「参加」や行動問題への手当が特別支援教育の中心で

学習支援やソーシャルスキルトレーニングには到底届い

ていないのです。支援の不十分さが能力低下を招き、

学籍の移動という残念な自体になってしまうことが少なく

ありません。

残念ながら私の周りの地域も同様です。

結果的に個別をやるなら特別支援学級へ=就学指導の

手続きの中にというケースがまだまだ多いのです。

LD、発達障害と就学指導で思い浮かぶトピックです。

・能力内差の大きな子は大きな学力低下があらわれ
になってきます。そういう子への支援が不十分で結果
的に全体の能力低下を招き、特別支援学級へとなっ
てしまうケース

・最も多いのは、アンバランスとともに境界知能であ
るこどもへのてだての弱さ。

・学籍移動をしようにも全IQをみると、知的障害では
ないから難しい。

・一方、学校はまだまだなんでもかんでも学籍移動で
対応しようとするので、知的・情緒の判断が曖昧だった
り、判断のデータである知能検査や診断がいい加減
なことも少なくない。学校の困り感だけで押してくる。
どうもこどものためなら多少のことはという雰囲気では
ない。

・とはいうものの、微妙なケースへの手立ては少なく
こどものために現場の裁量でちょっとチャレンジしよう
にも、制度は厳密に運用されてはねられる。

・HFPDDのおこさん。特別支援学級から通常へという
今までにない判断を求められるケースも出てきて。
改善するケースもある一方、進学のためにという「大丈
夫?」といいたくなるようなこともあり…

悩ましい、難しい事態です。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

支えるべきもの

 事例検討、プランつくり研修のお手伝いをしました。

いろんなタイプのPDDのこどもたちがケースとしてあ

がっていました。学齢期の検討です。

2つの事例で共通したこと。

強い特性があるけど、学校生活にはなんとなく乗れて

いるのです。そのことはよいのです、そりゃとても。

でも、表出が少ないのだといいます。

受動的なタイプというのはいます。

まあ、やってくれればいいやと大人は思いがち。

でも、自分の意思や困難を伝えることや選択ができる

という表出が育っていかないとやがては苦しい場面が

やってくるのです。

自我が育ってきた時、表出のない子・表出の機会を与

えられない子は他害や自傷などの行動問題につながる

ことが案外あります。

発達段階やタイミングによっては音声言語に限らず、

サインでも絵カードでもいい、「表出を支えるということ」

を大事な支援にしたいものです。

そして、表出を支えるというのは「言わせる」とは違いま

す。それは絶対、「きく」からはじまるはず。

「きいてくれる子だからきく。」

「やってくれる子だからきく。」

「手が掛からないからきく。」

そういうことじゃないかしら?

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

プロの仕事

 この頃受けたご相談です。

「園の先生が自信満々で困る。」というのです。

昼間がんばってくる、がんばらされてくる反動が家で

でて、大暴れだったりきょうだいに八つ当たりしたり

登園しぶりもひどいのだとか。頑張る力のある子です。

先生の物言いは、障害は重篤ではないのだから、家

でうまくいかないのはお母さんのやりようが悪いという

ような雰囲気なのだそうです。

 ちょっと待てよ~と言いたくなりますね。

件の先生、自信満々なのかもしれませんがプロの仕事

としては甘いのかもしれません。

確かに昼間の現場の中でこどものよき姿を引き出す

のが我々の役割です。

だからといって、家でうまくいかないのは家庭の問題

だというのは想像力が貧困でこども理解が表層的だ

と思うのです。

 そもそもヒトは「場面毎に違う顔を持つ」ものです。

加えて発達課題を抱えたこどもたちはその対比が大

きくなりがちです。へたくそなりに日中頑張ってくるの

で家でたいへんというのは実はよくあること。

「養育偏重」で頭が一杯だとそのあたり見えなくなるか

もしれません。

 それから障害の軽い重いの意味がみえていないと

いうこと。

よく聞くのは「この子の自閉症は軽いから…」というフ

レーズです。ちょっと前まであった「軽度発達障害」と

いう言葉が生んでいた矛盾を思い出します。障害の

重い軽いなんか問題でなく、本人や家族の困難感が

重要なのだと思うのです。

・「昼間の薬が夜まで効くように」
 プロが見ている時間にこどもがちゃんとしているの
は当たり前。むしろ、家庭でのありようも想像して支
援したり、昼間のよき支援の成果が家庭でも持続し
ていくようにしたいもの。

・「昼間だけが回っていても仕方ない。」
 私は自分の現場では「昼間何してくれてもいいから
おうちでおりこうにしてて!」と思います。誰かの犠牲
のもとに誰かの安寧があってはいけないと思うのです。
昼間のチャレンジで家庭の安寧が崩れてしまうのなら、
それはきっと適切なチャレンジではないのです。
こどもの育ちが熟していない時ももちろんあります。
「ゆらぎ」ももちろんあります。けれども、その時には
家庭の苦境に目を向け、昼間のチャレンジの意味を
しっかり説明したり、その質や手立てを家族と話し合っ
て決めたり、こどもへのアプローチを調整したりすべき
です。少なくとも家庭の苦境には共感すべきです。

プロの仕事ってこういうもんだと思います。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »