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2009年11月

おとなの発達障害

 今日は本の紹介です。

「そだちの科学11月号」が出ました。

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今回はおとなの発達障害がテーマにな

っています。

今回の特集の中で秀逸なのは、杉山登

志郎先生と三好輝先生が同じくして「発達凹凸」という概

念で広がる非定型発達について解説しておられます。

個性から困難まで広がってきているこの特性の基盤をど

う理解するかの大きなヒントになりそうですし、二次障害

をどうとらえるかということにも光を当ててくれます。

個人的には今のこどもと育ちの理解という点で目を見開

かれました。

おすすめです。

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ことばの教室

 ことばの教室の先生方とお話をする機会がありました。

幼児~学齢期まで発達障害のおこさんの支援のための

リソースルームとして大切な役割を果たしていることばの

教室ですが、わが県ではどうもその位置づけが混沌とし

ているようです。

・ケース、利用希望が多く、入り口と出口をどうしてい
くか?

・最近、設置されはじめて発達障害の通級指導教室
との連携、関連、棲み分け

・職員の身分保障と専門性の問題

特に問題なのは3つめで、どうやら我が県では嘱託や臨

時職員でまわしており、資格や専門性を問わない募集を

しているようです。高い専門性が必要とされていますが、

その習得は個人の努力に任されています。

そして、そんな身分では専門性は数年で入れ替わり、

消えていってしまう…

発達上の困難を抱えている場合、御家族にとって「ことば」

という切り口は大切でそこから支援の入り口は開いていく

ことが少なくありません。また、療育の資源は多くありませ

んから幼児期においては園からも通級のおすすめもあって

かなり重要な機能を実際は果たしているのです。

ちょっと前には、純粋にスピーチの問題で通級している子

とそうでない子を選別しろというようなよくわからない、不可

能なお達しもあったようで(発達障害の通級との差別化を

志向しているのでしょうが)問題山積のようです。

先生方と理由を考えてみました。

①ひととおり特別支援教育がいきわたっているという
論理で押し切っているのかも

           ↓

すると、リソース整備という方向性にはならない。

②幼児は管轄外と教委は思っている。

           ↓

となると、本腰をいれた整備にはならない。

この分野も先生方の熱情でなりたっています。

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「ごめんね」の話

 昨日、我が社でみかけたことです。

調子のよくない男子トイレがまた詰まっていました。

つかえなくなったそのトイレの扉に貼ってあった表示。

「つまっています。つかえません。ごめんね

最後のごめんねがいいと思いませんか。

 発達障害児の支援でいくつか浮かび上がってきたこと

の中に接するオトナのふるまい方があります。

ソーシャルスキルとも関連するのかもしれませんが、

・否定的な声かけをしない。

・こどもにふるまって欲しいようにふるまう。

・こども、他者に対する許容度をあげる。

この3つあたりにまとめられるでしょうか。

とはいってもなかなか難しいものです。

中でもできないのが、自分の失敗を認めてこどもに

ちゃんと謝ること、こどもに感謝することなのだと思い

ます。

このトイレの表示、大人に非があるとも思えませんが

トイレが使えなくてイラッとしそうな場面でこのごめんね

が何かを和らげてくれる気がします。

大人としてやることはあるけれど、大人風・先生風を吹か

せ過ぎないって大事ですよね。

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ちょっと甘ったれてはいないかい?

  ある幼児期のケース会議で来年をどうしようか?という

お話になりました。

市域のそれぞれの園から事例を出して検討し、それを参

考にという趣旨の会議です。

各園からのアンケートには個別のケースの解決、自分のケ

ースの解決のできるようにということしか書いていないと言

います。

よくとれば自分のケースの問題解決に懸命と言えますが、

この会議では毎月同じようなケースが出て同じような提案

をしているのです。

ケースから学ぶという姿勢がまるでないのでは?と思って

しまうのです。研修会をむきになって開催しているのには、

個別のケースからの学びの弱さを痛感しているからです。

支援がまだまだ「対処」にしか過ぎないし、専門機関の支

援があるのが当然で、私の集団の保育に乗らないこの

子は問題で、その裏側には家族の無理解がある。

そして、本来うちの園に来るべき子ではないのに私がみ

てあげている…とでもいうような園や保育者の思考はま

だまだ強いように感じるのです。

 最近思うのは、保育現場との発達課題を持った子の支

援に対する現状認識のギャップです。

ケースの増加と家族との共有が難しい発達障害への支

援が中心という状況になってきて、今までの療育との役割

分担や保育への支援サービスはもう立ちゆかなくなって

来ているのです。

・早期療育に乗りにくい。

・療育でのトレーニングをへて入園が難しい。

・並行通園の収容力も超えている。

・巡回相談の量的増加も困難

・財政的加配など無理。

このような状況にあっては、もう保育が園での支援の力を

高め、保育のユニバーサルデザイン化を進めていく他は

ないのです。

 

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ぜひ知っておきたい言葉

 発達支援領域ではあんまり使いませんが、福祉領域で

は流行語のようになっている言葉があります。

「エンパワメント」

です。

私もあんまり関心をもって使ってこなかった言葉なのです

が、やはりこの視点にたどり着かないと限界がある気がし

ています。

 エンパワメント
 障害者には本来力が備わっており、それは抑圧の

で保障されて来なかったが、自己決定を支える支援をし
人生の主人公として彼らが生きていくための社会資源
を整備、構築していこうという考え方

まわりがごちゃごちゃやっても、本人たちが選び取り、決め

ていく方向で物事が準備されなければどうも限界につきあ

たるのです。それでは意味がない。

 我々はこれまで言葉と視点をかえてきました。

「指導」を「支援」という言葉に。

今、また「支援」を「エンパワメント」にかえる時期なのかも

知れません。

発達をささえる現場がエンパワメントにつながる視点は以下

のようなものだと思っています。 

・自己決定につながる自我を育てる。
尋ねる・選択場面をつくる・表出を支える。

・「いっしょに」

・「ほめる」「受容する」「承認する」

・ヒト(他者)を好きになる方向性と自分を好きになる
(自己肯定感)方向性。

・行動問題の修正よりも新しい力の獲得を視点にする。

・本人の「好き」を大切にする。

・本人の持つ強い力や特性を大切にする。

こうあげてみるとかなり考え方は整理できそうです。

方法論としてエンパワメントにつながる発達保障をまとめ

てみる価値はありそうです。

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ゴールが違う…

 あるケース会議に呼ばれています。

おこさんも御家族も支援者も私は知っています。

まだ会議はやっていませんが、どうも支援者が考えている

ゴールが違う気がするのです。

複数の支援者が関わっているのですが、どうもとにかく受

診につなげればどうにかなると思っているようなのです。

そこには専門家が居て、家族にそれなりに働きかけてくれ

てケースの難しさやこどもへの支援も踏み込んでやっても

らえる…なぜがそこにはそんな幻想が感じられます。

 一方で、自分がそのケースに深く関わっていかない理由

をもっともらしく述べています。けれども、複数の支援者が

語るその理由がまったくもっともらしくない…

 前回の記事の「端が楽に…」とはかけ離れたお話です。

支援者が自覚を持たねばならぬこと。

支援者個人が支援をしているのではなくて、それぞれの支

援機関は大切な地域の資源としてこどもと家族の前にあり

ます。

こどもの支援は、母子保健は、特別支援教育は、各市町で

各学校でそれぞれの資源を活用して地域で取り組んでいく

ことになっています。そう考えると、支援者ひとりひとりが地

域を抱えていることになるのです。

どっかに病院に行ってもらってすべて解決!なんてことがあ

ろうはずがないのです。

・毎日の暮らし

・毎日の学習

・毎日の関係

それを支えるのは、そのケースが困難ケースであろうとな

かろうと地域の支援者なのです。

最先端の支援じゃないかもしれない。

最適な支援じゃないかもしれない。

それでも支援を紡いでいく。

それが地域で支援をしていくことだと思います。

 さて、このケース会議どうしましょうか?

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勤労感謝の日に

昨日テレビであるヒトが言っていました。

「働く」とは「端を楽にすること」、他者のためにはたらかな

くてはならない。自分が生きるためではなくて。

私は心理学者マズローの「自己実現」が好きです。

「なりたい自分になる」「生活を選び取る」自分も、こどもた

ちもそうありたいと願っています。

そして、それは冒頭のことばとつながっていくべきだと思っ

ています。

「なりたい自分が他者のために働く自分でありたい。」

「誰かのために働くことが喜びである。」ということです。

こどもたちへの働く理由の説明が生計や購買ではつまら

ないのです。困難を抱えていても、支援を受けていてもヒ

トは他者のためにあろうとすべきで、そうあって欲しいと思

うのです。

そして、支援者全体が今また「働くとことは利他である」こ

との確認をすべきなのではないかと思っています。

そのことによって、「どうして私の支援に乗らないの?!」

という思考が薄らぎ、こどもの文脈=発達、特性、行動理

解に沿った支援になるはずです。

今日は勤労感謝の日です。

だからこそ働く意味を確認したいのです。ヒトは自分のため

に生きてはつまらないのです。

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思いあるがゆえに…

 ある幼児のおかあさんです。

なかなか特徴的な高機能タイプのおこさんをお持ちで、

療育やいくつかの専門機関も利用しておられます。

おこさんのこと…とても悩んでおられました。

育児の方向、あって欲しい方向が正しくまともな故に苦し

んでおられました。

・何遍言っても同じ悪さしてしまう。

・なぜ叱られたか忘れてしまう。

・注意されたこと言語化させようとしても難しい。

・弟は意味づけしたり、理由を話せばわかるのに…

・検査とったらバランスは悪いが、通常域だと言われたの
に…

おかあさんの葛藤が感じられます。

気がつくとおかあさん、それを発達障害というんだよとお話

していました。

「やってはいけないこと、やってしまうものだよ。」

・今はできないことはできない…

・わかる伝え方をしなければできない…

・弟くんと理解や育ちのパターンが違うから、兄を求め
ても同じ育ちを求めてもそれは残酷。

・叱るよりもできた時にちゃんと褒めなければ…

・要求水準を適切に。今はもっとさげて。

・叱るときはあっさりと

・視覚的に伝える。

・この子に合わせることを求めるよりも、この子に合わ
せることが必要。

改めて発達障害を理解することはほんとに難しいと痛感し

ました。他の親御さんもいらっしゃったので「うちもそう。」

が支えにもなったようです。

診断や検査、専門機関につながっていればどこかに向か

っていってくれているはずと思いがちです。

けれども、生活実感をはさんだ理解や特性について語って

いかねば、親子ともども苦しくなってしまうなと感じました。

それをちゃんと語れなければ我々の存在意味はないのだ

と思いました。

そして、このお母さんには時間をプレゼントすることが必要

です。

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「宿題」を巡って

 学齢期の支援を巡って難しいのは「宿題」のこと。

日中の学校生活でけっこう配慮してくれる先生も宿題はみ

んなと同じという場合が多いのです。

・家庭で学習の補いをしてほしい。

・家族に今の学習の内容を知らせたい。

そんな意図や思いが語られることが多いのですが…

家族とこどもにとって「宿題」をこなすことはかなり厳しい作

業だと思うのです。

 まず、こどもにとっては

・学習が難しいヒトは家でも難しい。

・昼間頑張ってきて、家でも頑張ることは難しい。

・みんなと同じ量、質は難しい。

そして、家族は

・家での補いや先取りがこどものためと思うが、かなり
厚い個別支援が必要。

・家族には宿題をみる以外にまわすべき生活がある。

・なかなか積み上がってはいかない姿にイライラがつ
のり、悪影響が多い。

よく考えてみれば、宿題を出されているのは家族なのです。

学校としてみればこどもを知る場面や向き合う場面をつく

って欲しいというのは当然でしょうが、発達課題を抱えたこ

どもたちはどの場面でも困難を抱えているのであり、ほぼ

全員が学校で目一杯頑張ってくるために家ではほぼ全員

ががんばれないのです。家庭生活が学校の楽屋のような

暮らしはほんとに苦しいのです。親子にとって。

こどものためと思うから「やらない選択」はとても勇気がい

ります。

「やめれば?」「調整すれば?」「それをお願いすれば?」

という提案をするとほっとされたり、「でも~」からなかなか

できなかったりです。

苦しいことへのチャレンジは

①それを乗り越える適切な道具や環境、方法の工夫

②適切な量(というよりも少量)

③終わった後にいいことがある。

が必要です。宿題にもこれが必要で、この中身を考えるの

は家族ではないはずなのです。

なぜなら学習は先生のスペシャリティーに属することだから。

「宿題」にも特別支援を。

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子育て支援センターと早期発見

 いつも伺う、ある子育て支援センターの先生のお話です。

早期発見のお手伝いをどこまですればよいのか?

相談のありかたはどのように?という悩みです。

親子が遊びの場や仲間を求めて集まり、センターの先生

や仲間とつながりながら楽しく過ごす場所が子育て支援

センターです。地域によってその中身は違うと思いますが。

いろいろな親子が利用します。

遊びや行事、関係を通していろいろなお話や交流が展開

されます。そんな中ではもちろん気になる子も利用するこ

とは少なくありません。

 悩みはどのようにその親子にむきあうかということ。

私は基本的には、駆け引きなしに家族が求めてきたよう

にその場でくったくなくつきあい、向き合っていけばよいの

だと思います。発達評価を求めてきている訳ではなく、相

談を求めてきている訳でないのならばそれだけでよいの

だと思うのです。先生達が職業柄その個の育ちが気にな

るのなら、その場のその出会いの関わりを大事にして関

わればよいのだと。

 難しいのは、公立の子育て支援センターの場合、保健

とのつながりも出てきて、「気になる子が居たら報告を」

「相談の中身を教えて」という行政内の連携を求められる

そうです。

母子保健は親子の中、家庭の中に深く入っていくことが

必要でそのことが認められていますし、守秘義務のある

者同士の情報交換になる場合、ましてや同一所属や上

下関係にある場合拒むことも難しいのだといいます。

子育て支援センターにおける相談の位置づけは微妙で

す。ちなみにwikipediaではこんな記述がしてあります。

育児不安等についての相談指導
地域の子育て家庭の保護者や児童等(以下「子育
て家庭」という。)に対する相談指導を行うとともに、
各種子育てに係る情報の提供、援助の調整を行
い、その他に、実施可能な施設においては、看護
又は保健師等による保健に関する相談等(以下
「保健相談等」という)を実施する。

難しいです。

 相談はお互いの関係の中で成立しその内容はお互いの

中で完結していくべきものです。やはりその軸は外しては

いけないと思うのです。相談者が求めていないことはすべ

きではないのです。基盤となるのは信頼であり、生命の

危機や安全、犯罪性に触れるものでなければその内容を

つまびらかにすべきではないはずです。

 悩みながらほどよく保健とつながり、ほどよくとぼけ、相談

によってはおかあさんに相談の場を紹介して、楽しく温かい

子育て支援センターを運営している先生が印象的でした。

子育て支援センター、保育でもなければ純粋な相談機関で

もなく、そこに従事する方は本当に苦労しています。

ただ試行錯誤によってとても重要な場になりつつあります。

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大人がついていればよいのか?

 ちょっと聞いておどろいたことです。

人口5万にもみたないある地域で、保育の中で加配を必

要とするこどもを現場からあげてもらったら40人程度に

なったそうです。

あまりの数にケースの中身をきくと、すべてが重度児では

ありません。

 となると、明らかに保育の側に問題があります。

正直ちょっとひどい。

集団の保育に乗らない子はすべて加配をつけてみればよ

いと考えているのです。

・加配はある意味緊急避難。

・緊急避難というからには、その個の発達支援のため
には集団参加が基本的な生活の場として必要である
という実態がある。

・集団参加に対する本人の動機とスキルがあり、仲
とのつながりがあり、関係の中で子育てをしていこうと
いう保育者の構えが基本的にあること。

・個の発達に即した支援のためには、居場所が保育で
いいのかについて検討すべきケースも当然ある。
保育は年齢の対人関係を基盤とした参加の下になりた
つ発達支援の場であり、
発達のギャップが大きければ
その環境、カリキュラムで生活することはいくら支援者
が密着した所で困難にしか成り得ない。

・というのも、発達支援は
①本人の対人的発達段階にあった関係の保障
②本人の知的(認知的)発達段階にあった活動、カリ
キュラムの保障
の両面がなければならないからである。

この地域の大きな問題は療育が整備されていないことが

あり、長年保育を回すために生じてきてしまったこの方法

論と思考をかえて行くにはいろんな意味の手立てが必要

だと思います。

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ソーシャルスキルトレーニングを吟味する

 久しぶりに親の会のソーシャルスキルトレーニング

をのぞきました。(以下SST)

私にとっては「SSTの成果が般化していかない。」と言わ

れているのが気になって仕方ないのでなぜかな?と考え

ながら拝見しました。

①大人の意図とこどものとらえが違うのでは?
 ゲームでやりとりしながら共同する友人のことを思い
勝敗でゆれる思いを乗り越えていくという機会でした。
特に負けてもいいよ、「ドンマイ」を覚えて欲しい。そし
て似た場面でも「ドンマイ」使ってほしい。そんな意図
が内在されています。
ちょっと待てよと思ったのは、「ドンマイ」はひょっとし
たらこどもにとってはこのゲームのルールやここでの
振る舞いにしか過ぎないのではないか?という感じが
したのです。また、大人が思っているほど、こどもは勝
敗に固着しはしない。ゲームに負ける→ドンマイという
ようには一直線にはなっていない。

②つけたい力を明確に意識づけるプロセスも必要?
 「ドンマイ」の般化には色々なゲームやプロセスをや
った後、「ドンマイ」をどう使うか?を提示し考える場面
や学校生活場面での用法を提示する機会が必要なの
ではないか。

③こどもだけが頑張ってもだめなのでは?
 これは最近、いろんな所で指摘されはじめています
が、この子たちだけがスキルをつけてもだめなのでは
ということなのです。
せっかく乗り越えるソーシャルスキルをつけても、周り
のこどもたちが葛藤し調整している本人を揶揄したり、
大人がこどもを包み込む姿勢ができてなければせっか
くの力は生きてこない。
進行役の先生がうまくなくて、すっかり機嫌を損ねてしま
ったこどもが居ました。そこで先生が「ごめんね、あたし
が悪かったわ。」と謝っていました。大人がこどもに謝る。
これは通常はそうないこと。クラスつくりや啓蒙がSST
を生かすためにはまだまだ必要。

④般化のために、ある「育ち」が必要なのでは?
 自己を対象化できる、相手に思いを致すことができ
る、視点を移すことができるという「パースペクティブ」
の育ちがある程度必要なのではないかと感じたのです。
発達障害児が安定して「心の理論」を通過するのは1
0歳以降なのだといいます。SSTがピタッとはまる時
期やできる育ちを見定めて実施していかねばならない
のかもしれません。

そして現時点でのSSTの意味
 構造化された場、こどものことを知っている大人が居
て基本的には認めてあげようと思っているという場自体
が大事だと思うのです。
存在の肯定や関係性への動機が確かに保障されてい
る場があること。そのことの意味は絶大です。
「パースペクティブ」の前には確かな愛着=対象恒常性
自分が肯定されていること、大人(他者)は信頼できる
ものであることが確かになければないはずです。
スキルを得る場としての吟味はこれからとても必要で
すが、まずはソーシャルスキルトレーニングをやる場の
ある意味の大きさを思います。

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ソフトサインを見逃さない

 園訪問でのことです。

以前から深い実践をしている園の様子です。

この園からは乳児や未満児のケースがどんどんあがってきま

す。これは子ども理解が深い証拠なのです。

・共感性の弱さ
 ゆびさしや大人と響き合う感じの有無、強さ
発語の有無、遅れ

・過敏性の高さ
 聴覚過敏、接触過敏。お昼寝できない。
ベタベタしたもの触れない。偏食。

・姿勢異常
 むき癖の強さ。始歩の遅れ。歩行状態の違和感。

乳児から幼児早期の発達障害のソフトサインは以上の

ようなものですが、これが全部揃って特徴的なケースは

そう多くありません。

以前書いたかも知れませんが、最近の気になる子の特

徴はこうした指標となるあらわれが顕著ではないという所

にあります。

この園では何か気になるレベルでソフトサインを感じ取る

保育者の感覚が共有されているのです。

そして、そういうタイプにはこう保育しようという方向性も

確立しています。ただそれがステレオタイプでなく、いつも

試行錯誤があり、困惑もしっかりしながらチームで前向き

に進んでいるのです。

よく話し合いもされているのでしょう。きっとこの園で仕事

をするのは楽しいと思います。保育を回しているだけでな

い創造性を感じます。

帰りにはじめて個別のプランの様式について相談されまし

た。

 さて、乳児から幼児早期の支援について最近名著が出

ました。一見単純な育児論のようですが、実に明確にこの

時期のアプローチのポイントが記されています。

よかったらどうぞ。

赤ちゃんの発達障害にきづいて育てる完全ガイド

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どんな場面でも関係つくりはできる

 我が社にも新型インフルエンザがやってきました。

予防策のために、中軽度棟の職員がこどもたちに「インフ

ルエンザとは?」を丁寧に説明した文書をみました。

本文はまた載せますが、その中で、みんなで協力してイン

フルエンザをやっつけよう!という趣旨の一文がありまし

た。

発達障害を抱え、虐待を受けといったこどもたちです。

関係をめぐるトラブルやアクシデントは絶えず、普通の生

活が流れていくことが容易ではありません。

インフルエンザがこわいもの、予防が必要であること説明

するだけでなく、そこに向き合う時にも「みんなで」を大事に

していこうという職員の思いが伝わってきてうれしく思いまし

た。「みんなで」インフルエンザと戦うと言うことはひとりひとり

を大切にしたいんだよというメッセージでもあります。

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勘違い

 ちょっと感じたことです。

発達障害児・気になる子を園・学校で「大勢みている」のと

「よくみている」のとはまったく違うということです。

ケースが多い現場はあります。多くなれば対応に追われて

忙しくなります。その忙しさを誤解してしまいがちなのではな

いかと思うのです。

こどもの特性をとらえて、全体の保育教育を見直している

現場にうかがうと、忙しいのかもしれませんがスタッフは落ち

着いており、前向きで明るく過ごしています。受容的です。

忙しがっている現場は、大人の都合や決まり切ったスタイル

にこどもを押し込めようとしているのでそこに乗らないこども

たちへの対処で忙しい印象があります。

 そして、「勉強している」のと「やっている」のとは別です。

よく学習会に出てくれるヒト、現場があります。そのこと自体

は前向きな証拠です。でも、受け止めた内容が実際、現場

で実践されていないことがまるであります。

いい話だけききに来ていてもそれは自己満足に過ぎない

と思うのです。また、「もっと巡回相談を」という声の答えとし

て、「それは提案されたことをやってからだよ。」と言いたくな

ることもあります。

クラスに気になる子・発達障害児が居るのは当たり前で、彼

らに大人が合わせるのが当たり前なのです。

ちょっと厳しいものいいかもしれませんが、現状認識やとらえ

方の基盤をかえていきたい。

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「動線」の大切さ

 こどもの動線の大切さを実感しました。

遠足でのことです。

斜面のすべり台を楽しんでから昼食ということになりました。

昼食場所をロケーションから斜面の頂上にしました。

すると、すべり台遊びから昼食への移行にひっかかってしま

うこども数名。

ごはんだよ。の絵カード持って行くこと必要だったのかもしれ

ませんが、すべり台の下でごはんにして食べ始めていれば

ごはんの景色がみえて滑らかに移行できたはずです。

 動線の大切さは、動いていった先にそんなに考えたり、バイ

タリティを使わなくてもすべき事やクリアしなければならないこ

とがあり、それが達成できることだと思っています。

見ればわかる、行けばできる景色を作り出しておくこと。

ちょっと失敗しました。

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療育モデル

 近所で療育を立ち上げるという計画があり、必要なモデ

ルを整理しています。

・並行通園モデル
①重度児も発達障害児も保育と療育を共に利用する。
「個に添った」と「地域で、集団で」を共に保障する。
②発達障害児のトレーニングモデルとしての並行通園。

・定期通園モデル
一日療育の保障も必要。現代にあってはあずかり保
育的な時間の長さも。

・発達障害児モデル
保育との並行利用の発達障害児にあってはSST的な
プログラムが必要。重度児とはプログラムも空間もか
えて。

・親子通園モデル
①定期通園前の慣らしや入園準備としての親子通園。
②発達障害児にとってはペアレントトレーニングが必要。

・地域支援モデル
①一次療育、巡回相談等への職員派遣、保育との連携
が不可欠。
②心理職、言語職の配置も必要。

・もしできたら…療育の延長として
①学齢期のアフターケアとしてのSST、学習支援、小集
団指導。
②学童保育の設置

この時代にたちあげるからこそ夢が広がります。

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「ファイル」「カルテ」の話

 ライフステージを通じた支援やしなやかな連携が各地で

大きな話題になっています。

個別の(教育)支援計画の作成がちょこっとだけ動きだし

てきて、そこからの展開として情報や支援の経過を集積

した「ファイル」「カルテ」つくりの志向も見えます。

どうやらIEPが出た時にあっちの様子が伝わってきた時

のあついファイルのイメージがあるようです。

いくつか議論になっていたり、感じること。

・要は縦割り行政の問題だったりする
 けっこう行政の中からファイル、カルテつくりが提案
されることがあります。それって我々には関係なく役所
の中で解決されればよいことなのだと思うのです。
子ども関係の保健、児童、福祉、教育の連携ができて
いないのが問題で、庁内RANやメールで情報管理でき
ているのだから、どこかで様式をつくってファイル、カル
テとして行けば実はどの段階よりもうまくいくはず。

・情報は来るものでなく、自分で集め、届けるもの。
 私は「問題解決志向」や行動の意味や原因に着目し
て支援をしていくので正直言うとそんなに情報を集める
ことにムキになりません。
よく「聞いてなかった。」「知らなかった。」という発言き
きますが、「じゃあホントに聞いてたらちゃんと支援でき
た?」とききたくなります。
アセスメントと行動観察という現下の最大の情報収集
がちゃんとできるかが最も大事なポイントで、それ以外
の情報は集めにいくものだと思います。
そして、ケースの明日のために御家族と共同共有して
情報を移行支援として届けることが大事。

・「ファイル」「カルテ」は家族にとって重要で、家族が
もつべきものなのでは?
 「ライフステージに応じた支援」が「ライフステージを
通じた支援」の前にあります。それぞれの時期に応じた
支援の方法があり、支援文化があり、求める情報は
違います。こどもの全体像を見通したプランが前の
ステージから来るかはわかりませんし、本来的にはそれ
ぞれどのステップにもあらゆるすべてのライフステージ
の専門家が関わって個別のプランをつくればいいので
すが現実的には容易ではありません。
だから、御家族と共有共同しながらライフステージのそ
れそれの支援がなされ、その経過と記憶を御家族が積
み上げて持っていきやすいお手伝いをするのが大切な
のだと思うのです。
同じことをきかれないようにしたり、前任者からきいてい
ないということが御家族を傷つけてしまうもの。
引き継ぎが機関同士だけでなく、御家族という確実な資
源をはさんで行われることは大事だと思います。
機関同士でつくった引き継ぎ文書は担当者の手元に届
かないことも少なくありません。
だから、おうちの方の希望で作成され、おうちの方から
支援機関に渡す引き継ぎのフェイルセイフも必要だと
感じています。

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普通のことを普通にやっている話

 我が社の中でみかけたできごとです。

軽作業をしている青年へのアプローチ。

なかなかお仕事が好きではない彼です。

なおかつ聴力も弱くてなかなか働きかけの伝わり

具合がわかりません。

・1日目見かけた職員のアプローチ
 午前と午後の予定をさっと絵でかいて伝えていました。
特に午後のお散歩を示す棒人間がなかなかよかったで
す。

・2日目に見かけた職員のアプローチ
 我が社の犬のえさをつくるという変な作業をしていたの
ですが、犬の絵がかいてあっておいしそうな御飯の絵が
かいてありました。

2つとも別々の職員の働きかけですが、生活の現場でも

青年期の施設のアプローチにも視覚的支援が直感的に

日常的に行われ始めたことうれしく思いました。基本の

「き」かもしれませんがそれがなかなかはじまらないのです

よね。

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やったりやらなかったり

 発達障害児、気になる子のあらわれでよくある表現が

あります。

「やったりやらなかったりするんです。」

「いつもできない訳ではないんです。」

「できるときもあるんです。」

だから、この子のあらわれはなんでしょうか?

となるんですが、この瞬間たいていの場合、大人は思考

停止に陥るのです。

こんな時、大人は「できている」姿に期待をし、そこを基

準にこどもの姿を考えたくなります。でも、それではうまく

いかないことが多いのです。もうちょっと言うと、うまくいか

ないだけでなく、こどもの困難は見逃され放置されます。

・振れ幅が大きい時にはそのこと自体が困難であると
考えて支援をすべき。

・振れ幅が大きい時にはできない時にあわせて、まず
は支援をいれる。

・困惑、中止、思考停止している間があったら支援を
入れることからはじめ、やりながらその量や質を調整し
ていく。

・支援はやらなすぎよりやりすぎがよく、やりすぎたら外
していけばいい。やりすぎよりもやらないことによる放置
の方がこどもの困難を増幅する。

・迷ったら支援をする。

これってけっこう大事な原則じゃないでしょうか?

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あえて提案してみました。

 巡回相談でのこと。

ある子が流れに乗れないといいます。

園の生活の流れをきいてみると、自由中心だといいます。

視覚的支援や構造化をしている風でもなし。

ということは、乗って欲しい生活がわかりにくく、大人の都

合で展開しているようなもの。

自由を保育の旨としていた園の伝統はわかるが、こどもが

変容してきている時代です。

こどものとってわかりやすい「今は○○する時間」を挿入

していったり、時間の流れを構造化していったり、明日や

1日を期待をもたせるためにしっかり伝えていくこと必要

なのでは?と提案してみました。

気になる子にとっていちばん苦しいのは、自由であったり

何をすべきかわからないこと。そこに手を入れないのは

ちょっと残酷な話でもあります。

すると、先生方の顔には抵抗感がありありと…

正直、特徴的な子は少なく、診断名がついていても適応

している園なので、気になる子への「対処」のために私は

呼ばれたのです。でも、そんなに都合はよくはない。

こどもが生活しやすいための基盤はみんな同じです。

大人の勝手な都合やこどもの状況に即していないこだわ

りがいかにこどもを苦しめていることか。

大人が拠って立つ基盤でさえもこどものためには見直し

てみる。それが発達支援のスタートだと思うのです。

大事なことを譲ってしまう気がするかもしれません。

「譲らないことの大切さ」を思うかも知れません。

でも、大人の勝手な鍛錬主義であったり、こどもの今と

特性を受け止めない伝統の追及は無理なのです。

伝統を大事にするために、伝統的な方法を繰り返すの

ではなく、もっと丁寧な手立てを用意する。

そのことが必要なのだと思っています。

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放課後支援のスペシャリテイー

 学童の研修をしました。

こどもの見方の再確認。我が社は障害児の学童なので

こども理解と支援について常に確認が必要でスタッフに

もそれなりの構えができはじめています。

一方、ホントにまだまだだと思うのが通常の学童の現場で

す。

・夕方はいろんなものを抱えてくるので余所のせいにしがち
 学校のせい
 家族のせい
 今までの対応のせい
 支援体制をくんでいる担当課のせい

・こどもは情緒を解放したり、日中の学校の生活の反動を
うけてそれなりの姿。

・そこで情報が欲しいというが、そう簡単に個人の情報や
あらわれが出せる訳でなく、よくよく考えてみれば情報が
あった所で今の学童のとりくみとして受容的に、肯定的に
こどもをみれそうでもない。

・学童といっても集団、社会なので発達障害のこどもたち
には困難も多い。

・そもそも発達障害への知識と理解がまだまだ希薄。

・宿題というもっとも困難なことをさせねばならない。

・支援体制も脆弱で、職員配置もこどもの過ごす環境も
ちょっとひどい。

・学びや研修の場も少ない。

 思うのです。学童に必要な支援の視点は

1.問題解決志向
 原因の探求に着目しすぎないで、ある資源でよく過ご
す手立
てを考える。

2.応用行動分析の視点
 問題行動への対処というよりも
①行動には原因がある
②行動には意味がある
③行動問題への直接的な解消に腐心するよりも代償
行動や他の力をつけることが意味がある
などを知りたい。

3.チームによる支援
 同じ荷物と価値をかかえてやっていく。
 それも子ども中心で受容的に、肯定的な見方で

4.もちろんまだまだ啓蒙期
①発達障害
②不適切な養育
への啓蒙は必要です。

5.学童の重要性や専門性を確認する

 とっても難しい現場なのですが、実はとっても意味があり

よき育ちを紡ぎ出せる現場なのです。

よくお話しするのは「たかが学童、されど学童」ということ。

発達支援の中心ではないからこその意味を確認しながら

こどもが居たい場所にする、こどもが期待場所にすること

が必要だと思うのです。

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発達とは矛盾を乗り越えること

 成長していくと困難に突き当たる。

一見、行動問題にみえることが実は成長の証左である

ということがよくあります。

また、年齢があがり、求められるスキルが変わっていく

とその個にとっては成長でも困難になってしまうこともあ

ります。

 このブログをはじめた頃にかいたAちゃん。

かなりその育ちは深まってきました。

腹這いが巧みになり、表情も豊かになっています。

過敏性も柔らかくなって、大人の介入や働きかけを受け

止められたり、終点のある操作もできるようになってきま

した。

ただ、おかあさんはおっしゃいます。

この頃、つきあいにくくなってきたと。

・ずっと構っていないと悲鳴りだしてしまう。

・いろんなものに手が出てしまうので配膳などできない。

・夜中に起きて騒ぎ眠ってくれないので困る。

きっとみんな一時のもので、最初の2つのあらわれ等

は確かな育ちなのですが、家族にとっては行動問題

に感じてしまうようです。

いくつかお話ししたのは

・あらわれの意味

・次の育ち
 こんなあらわれが育ってくれば今の様子は変わっ

ていくのではないかという予測

・それから育ちを巡って双方が抱える矛盾
 こどもは大人が育てやすいようには育っていかない
し、今のあらわれはちょっと前にはこうあって欲しいと
大人が思っていたあらわれの要素も含んでいる。
大人が自分の都合や思いとは違う育ちを受け入れて
葛藤しながら子育てしていく必要性。
そしてAちゃんにとっても「動きたいのに動けない。」
「おかあさんにずっと構って欲しいけどそれは無理。」
というような「がんばりたいけどがんばれない。」という
要素に直面しており、その矛盾にぶつかりながら育ち
いく途中であるということ。

育ちゆくというのは、こどもにとってそして大人にとって矛

盾をのりこえることであり、思うに任せぬことばかりという

葛藤を受け止めながら相手を受け止め、受け入れ、響き

あって双方が変容していくことが大切なのだろうと感じて

います。そして、そんな矛盾と葛藤を受け止めながら、

挑戦していくことが発達支援なのだと思います。

 発達とは矛盾は乗り越えること

 挑まぬものに発達はなし

私の好きないいまわしふたつです。

ひとつめは白石正久先生のことばで

同名の本も出ています。

 発達とは矛盾をのりこえること

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ライフスキルトレーニング

 待望の書籍が出たので早速購入しました。

小貫悟他著

  LD・ADHD・高機能自閉症へのライフスキルトレーニング

日本文化科学社です。

ライフスキルはWHOから定義が出ていますが、ソーシャ

ルスキルも含めた、個人が困難や欲求と折り合いをつけ

ながらうまくやっていく力なのだそうです。

 今、発達障害児のかかわりの困難に対してソーシャル

スキルトレーニングというかかわりと自己コントロールの

支援が行われるようになってきました。(以下SST)

その中で言われ始めているのは…

①SSTをやっても般化が難しいということ。

②SSTを行う個別抽出小集団作りが現場では容易
でないということ。

③SSTの方法内容そのものが視覚支援、構造化よ
りも多岐にわたっていてなかなか導入に試行錯誤が
必要だということ。

そこで①あたりに対してのアプローチと進路就労が課題

になった時により具体的に直接つかえる実践としての

ライフスキルトレーニングが始められているようです。

これは宇都宮大学の梅永雄二先生も提唱されています。

 本を眺めてみたイメージはライフスキルトレーニング

はどうもSSTと生活単元、作業学習をあわせたような

内容のようです。ロールプレイやワークで扱う内容が

より生活に即したテーマになっています。

そう考えてみると、これなら今まで障害児への支援に

我々が行ってきた実践を応用していける可能性があり

そうな気がしました。

満足にSSTもやっていないのに、次への関心なんて

軽薄かもしれませんが、ちょっと研究してみたいもの

です。

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