« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

不安はヒトを強くする

 なんとなくYou tubeを見ていたら人気俳優生田斗真さん

への密着番組がアップされていました。最近公開になった

映画製作を中心にしたレポートでしたが、売れっ子にも関

わらず彼は「怖い」を連発し、必死に役作りに挑んでいまし

た。

この「怖さ」、「不安」というのはヒトの成長においては大事

なエネルギーだと思っています。

我が社の自閉症の幼児くん。

最近、初期発達が深まってきて愛着の芽生えがあります。

生活の中に恐ろしいものが出てきて、それに出会うと大人

に抱きついてくるようになりました。これはいいことです。

もうひとりの小学生。

小さい頃からとにかく不安が強く、それは彼の生まれからす

れば仕方ないのですが、こわいことばっかりです。

でも、彼もその不安がゆえに大人とは確かな愛着を確立し、

いっしょが土台になればかなり豊かなチャレンジをしてくれ

るようになりました。

そう、不安はヒトにつながりをもたらします。

不安に対して支援は励ます方向で行われることが多いと思

います。時にはそれを否定したり、乗り越えてがんばれという

働きかけをすることは多い気がします。

「弱虫毛虫はさんで捨てろ!」なんてはやし言葉もあります。

でも、そうじゃないのでしょう。

そうなんだね。とその思いに共感し、受け止めること。

そして、その思いに向き合う本人の働きを尊重することなの

だろうと思います。支援において不安は受け入れるべき感情

なのだろうと思います。

そして、それは我々一個の人間、自分自身にとっても同じな

のでしょう。

「不安は受け入れるべき感情。」不安だからこそ慎重に振る

舞い、自己と他者をみつめる。

男前、生田さんのジクジクした姿はとても素敵でした。

われわれひとりひとりは本当に弱く、怖いことばっかりです。

だからこそ、育ってくる大事なものがあります。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

認知特性をもっと精査していく

 どこかのブログで拝見したことです。

我々の認知特性、情報処理過程は巷間で言われている

よりもうちょっと複雑でそのあたりを見ていくことが必要なの

ではないか?ということでした。

「同時処理」、「経次処理」についてもひとりのヒトの認知過程

は複雑で、入力、思考、出力すべてがどちらかで行われる訳

ではないのではないかということです。

 なるほどと実感しました。

これで自分の認知情報処理特性が腑に落ちる気がするの

です。

私、情報入力はたぶん同時処理です。比較的全体像を捉

える方が得意でイメージで情報は捉えたい。

そして思考もおそらく同時処理的要素が強いです。

インスピレーションや反応で考えます。

ただ、一方、表出はけっこう言語的経次処理的です。

箇条書きでものを考える。マニュアル作り、筋道たてて考え

る、かなり得意です。パッと話すは得意ではありません。

おそらくも小さい時には同時処理的な要素は顕著で落ち着

かなさがそこそこあったのでしょうが、言語的能力がつくこと

でちょっと抑制がきいてきたのではと思います。

 もう1つ最近気にしているのは、「回路」を意識した評価や

支援のことです。

ITPA(イリノイ言語学習能力診断検査)で分析表現されて

いる視覚回路、聴覚回路の考え方、けっこう参考になるの

ではと思っています。

多動衝動性の高いこどもは視覚-運動優位な反応をして

います。パッとみてパッと動いてしまう。

そこに聴覚的、意味理解的な入力や作動をどのように入れ

ていくかがけっこう重要な気がします。

・聴覚-音声回路
・聴覚-運動回路
・視覚-音声回路
・視覚-運動回路
・触知覚-音声回路
・触知覚-運動回路

具体的には優位な視覚反応や運動反応を生かしながら、聴

覚受容を高める、音声表出、意味表出を高めるということに

なるのでしょうか?

うまく表現できませんが見せながらの、「きいて」と「言って」の

重視ということかな。

聞くことによる運動停止、話すことによる運動停止、意味理解

による運動停止が期待できる気がするのです。

また、これは運動停止という状況そのものを期待するのでは

なくて、優位な視覚-運動回路の他にもっとはたらく入力-処

理-出力回路をつくってあげることになるのかもしれません。

・聞いて運動表現する
・聞いて視覚的な再生再認をする
・聞いて音声言語表現をする
・聞いてかく(書く、描く)表現をする
・見て音声言語表現をする
・さわって音声言語表現をする

「ことばの力がつくと落ち着いてくる」という支援上の感覚をどう

具体的な方法論や反復再生できる方法論として身につけていく

かを試行錯誤しています。

 さて、今日の記事はパッと浮かんだ「同時処理」的な話題なので

事実と違う、わかりにくい所があったら御指摘ください。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

支援者は3年以上やらないと

 この頃痛感していることです。

仕事は続けなきゃだめなのです。

よく仕事は3年で一人前といいますよね。

3年で基本的なウハウや方法論が身についてくるのでしょう。

1年ひとまわりが3回過ぎれば安心も予測もつくのでしょう。

こと支援者に関してはこの3年というのは最低単位なのかも

しれないなと思っています。

支援の結果、試行錯誤、格闘の結果は一年やそこらでは出

てきません。中学や高校は3年です。個別のプランは3年を

単位に立てようなんて言ったりもします。3年経つと結果はな

んとなく出てきます。

逆を言えば、自分のやったことの結果は3年経たないと確認

できないのです。

だから、1年で結果を出そうとなんかしない。

3年は耐えようとする。3年経たずに辞めてしまうと苦しいこと

だけ残るのです。自分にも3年を課せるかどうかが鍵なのだと

思います。

時代のサイクルは早い。この耐えることの厳しさがあるか

もしれません。

でも、この仕事ばっかりは時間と経験が力をくれるのです。

私も3年×@の時間を格闘してきました。

我が社(施設)は困難事例ばっかりになってきましたが、ど

んな子も3~5年居ればどうにかなるという統計が積み重

なってきました。そのことは自信と安心につながっています。

時間をかけてあげられればどうにかなるのだから、どんな

困難事例も来いと思えるようになってきました。

 それからもうひとつ。

働くということと自己のありようについて思っていることがあ

ります。

最近の若者は勘違いしていると思うのです。

「私がうまくやれないのはこの職場と合わないせいだ。」とい

う思考傾向があるように思います。

そんなことはないのです。

ちっぽけなあんたが可能性に満ちている訳がない。

うまくいかないのはあんたが力がないからなのです。

だから、そこで時間をかけて踏ん張らなければダメなのです。

ちっぽけなあんただから、自分のためではなく、他者のた

めに働くのです。

端を楽にするために尽くそうとするのです。

いつまでも自分探しをしていてもなんにもみつかりゃしない

のです。ハッピーな自分尊重主義、自己実現主義は違う。

正直言うと、福祉や支援現場に自分探しをしているヒトは

いりません。癒してもらいに来ているヒトはいりません。

求められているニーズは深く広く多様で、それに応えるため

には自分がふわふわしているヒトには勤まらない。

勘違いでいいから、ここでこの子たちとこのヒトたちとと思え

る人が来て欲しい。

自分のことは2番目以降に考えられる人に来て欲しい。

 宮本武蔵は言ったそうです。

~千日(3年)をもって鍛となす。

~万日を(30年)をもって錬となす。

私、鍛錬ができあがるまでまだ15年くらいあります。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

逆統合保育

 実践報告会で「逆統合保育」の実践を聞きました。

「逆統合保育」…障害児の中に定型発達のこどもが入って

一緒に生活するというスタイルの保育です。

以前から時折見られるスタイルですが、今の時代の実践

としてはいろいろ考えることがありました。

こどもの力と遊びにじっくり向き合う保育集団の実践なの

で統合される定型発達児に過剰な期待をすることはあり

ません。

ちらっと遊びに来たら仲間がちょっと変わっていた。

その中でこどもはいつもと変わらぬ自分の力を発揮する。

結果的に仲間と関係をつなぐふるまいをする。

そのことが集団の他の構成員にとっては支えになる。

それだけです。

 この実践には気になる子もいる保育の大きなヒントが

隠されています。

先生だけが支援者ではないということです。

先生が保育に乗せようと格闘したり、その個もできる活動

を創造しようとすることは大切です。

けれども、保育は先生と個だけ構成されているのではない。

「関係」も保育と遊びの重要な要素です。

ある方向に乗せるために仲間を使うのではイヤらしいけれど、

仲間との関係ががんばりたいけどがんばれないを支えたり、

関わる動機やスキルを高めたりすることがあることを思えば、

数人との関係や小集団での活動を紡ぐことによって参加を

支えていくこともあると感じました。

ここで大事なのは、大人の意図性の程度。

かなり微妙なさじ加減とおおらかさが必要だなと思います。

クラスつくりや気になる子もいる保育の中のちょっと深い所

なのかもしれません。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Next Generation

 次世代育成ということ。

子育てというのは我々の愛するこのヒト、世の中を次につ

ないでいくことです。

今、我々が尊く嬉しく思うモノ、コト、ヒトを次の世代にも享

受して欲しいと思い、それについて語り、一緒に味わい、体

験していきます。

その思いや行為が共有され共感された時、内容や形式が

伝わり、なおかつ新しい創造が始まるのです。

この我々の大切なものを受け取って一緒に噛みしめていく

存在の中にはもちろん発達障害のこどもたちも入っています。

 気付いたのは、彼らがこの次の伝承者の端っこではなく、け

っこう中心や真ん中あたりで先頭を走っているのだということで

す。それは彼らの多くが今まで世の中を変える創造的なはたら

きをしてきたことと今彼らの存在のおかげで教育や支援、世の

中のありようの見なおしが劇的に進んでいることによります。

 こう考えるとまた愛おしくなります。

 また好きになります。

 また大切になります。

 そう思いませんか?

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

その通りかもしれない

 前回の続きです。

大家の先生、幼児期については「障害の受容と理解が大

きなポイントになる」と仰いました。

そこで気を付けなければならないのは「専門職と言われる

人は障害の受容と理解を急ぎすぎるのではないか?」と

いうことでした。

むきあうケースが多くなる程、ひとつひとつのケースへの対

応が軽くなってしまうのではないか?ひとりひとりにとっては

非常に重いものだから、そこは丁寧にしたい。

障害が重い子の家族は早めに覚悟はできるが、知的に重く

ない場合は地域でみんなとということを願い続けるもの。

時にはその願いは不適切になるかもしれないが、そこにも

添っていきたい。

ほんとその通りですね。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大家の学齢期批判

 頼まれてある実践報告会の学齢期の司会をしました。

特別支援教育だけに留まらず、親の会の実践、私塾の取

り組みなどなかなかのコーディネイトで司会をしていて楽し

い会でした。

 幼児期、学齢期、青年成人期と発表があり、最後に大家

の先生の総評がありました。

学齢期の発表というか学齢期の支援に対する先生のコメ

ントは辛辣でした。

もっとやることがあるだろう。こどもの発達や特性や二次的

な症状にそってやっていく必要はあるだろうし、12年余りの

長い時間の中で専門性が高いスタッフができることはある

だろうというお話でした。

 でも、ほんとにそうですね。

学齢期の支援=学校での支援でなくなってきたことはいいこ

となのだと思います。選択肢は増えてきた。公的な支援に限

らずいろんな枠組みで彼らの添っていこうという取り組みは

無数。

けれども、特別支援教育はなんだか不安です。

特別支援学校の方向性はどこへ向かうのだろう?

特別支援学校の地域支援はどこへ向かうのだろう?

通常学級の特別支援はまだまだまだまだ。

特別支援学級の実践は一部の力のある先生に依存していて。

この研修会もそこに切り込むと批判色が強くなってしまって

回避したのかもしれませんが、やはりこの先生の危惧はきっと

あたってますよね。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (3) | トラックバック (0)

極意のかいてある本

 名著を見つけました。

こどもを褒めよう。ほめて強化しよう。なんて言っている割

にほめ方のレパートリーやらほめ言葉の語彙がとっても

少ないものです、我々は。ほめ方研究が大きな課題だと思

っていますが、この本はそんな我々に朗報。

 それは

 中井俊己著
  「子どもの「いいところ」をのばすほめ言葉ブック」
 PHP

 51manatexyl__sl160_pisitbstickera_3

 この本は文字通りのほめ言葉集です。

圧巻は巻末の「きっと役立つほめ言葉リスト700」です。

これを眺めるとほめるための視点がなんとなく入ってきます。

・甘え方がうまい。

・いたづらもうまいね。

なんて通常はほめ言葉には使いそうもない言葉があります。

存在を肯定するというのはこういうことなんだなあと思います。

ほめ言葉というよりほめてやろうという基本的な姿勢や関係

をつむぎだそうという構えがわかる気がします。

いずれにせよ、名著なのでは?

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

本質を欠いているのはどっちだ?

 移行支援にむけて御家族と打ち合わせです。

願いや要望をどう伝えるか?というお話をしました。

おかあさんは色々書いたらうるさい親だと思われるから

と仰りました。

うるさい親でいいじゃないかと思います。

言わなきゃ伝わらないし、家族の思いや願いをちゃんと仕

分けたり発達評価していくのは支援者にとって必要な専門

性だと思うのです。

家族の願いや思いは勝手で間尺に合わなくていいのです。

それを格好付けていくのは支援者の役割。

 ある特別支援学校に通われているお子さんの親御さんです。

その特別支援学校では願いを伝えると「まだその段階じゃな

い!」と突っぱねられて終わってしまうそうです。

ちとおかしくないかい?個別のプランは家族と対話しながら

作ることになってますよね?

「その段階じゃない」育ちを丁寧に説き、最近接領域につい

て見つめ、家族の願いをかなえるためのステップと今すべき

ことを明示し、現場での取り組みをしっかり説明できるのが

支援者。

きっとその学校の先生は、家族の願いが今は実現不可能

であることは直感的にわかるのでしょうが、そこに至るまで

の評価と次のステップがわからないのでしょう。

家族を批判したり家族の願いを押さえつける支援者の態度

は自分が無力であると表現しているのに等しいと感じます。

ほんとはちゃんと願いを言ってくれる方が対応しやすいと思

うのですが。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

そこの学びはどのように?

 巡回相談の記事にちょっと書いた現場の声を深めます。

 ある先生がクラスつくりと絡めて、仰ったことを載せました。
「特別支援教育の先生は個への対応はヒントをくれるけ
ど関連するクラスのこどもたちの反応へのヒントはくれな
い。」

まあ、これはほんとにそうで、支援の方向が個への支援か

やっぱりその個を含んでみんなにとっていいという所の授

のわかりやすさとクラス作りに発展、回帰していく現状に

あって我々の助言もそういうものになっていかねばなりません。

ただ、私は違いますが、巡回相談員の大部分は自分の現

場を持っていないことが多く、相談のリアリティや有用性を

どう作り出していくかは深いまなびが必要です。

 そして、一方、思うのは…

「クラス作りと授業作りの助言はもそも巡回相談員に
受けられるものなのか?」

ということなのです。

巡回相談は専門家による専門家の支援(コンサルテーション)

ですが、クラスと授業作りの支援の専門性は我々の側に

ないものですから、手続き論としては我々に聞くのは筋

違いなのかもしれません。

まあでも、ある校長先生が「クラス作りの伝承は遅れてい

る。」と仰っていたようにかなり基本で専門的な内容にも関

わら語りにくく学びもしにくい「クラス作り」と「授業作り」に

対する渇望には答えていかねばならないのかもしれません。

というよりも、ユニバーサルデザインがみんなにとって新しい

ものであるから、クラス、授業を知っている先生方と発達障

等々について知っている我々が共働して創造すべきもの

なのでしょう。

また同時に思うのは、やれそうな提案をしなければならない

けれど、やってもやらなくてもいいような提案なんかしていな

いんだけどなあという自問自答です。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

格闘中!

 前回の続きです。

 この学校ではベテランの先生たちが格闘している姿が見

えています。

今までの経験やご本人の個性で作り上げてきた授業スタ

イルを発達障害のこどもたちにあわせて変えようとなさって

いるのがありありと見えるのです。

もちろん、まだまだ管理色は強く、指示的ですし、静粛に、

よくお話をきいて、学習姿勢をちゃんととってという方向性

からはなかなか脱却しにくいようですし、「学級王国」とい

う他を寄せ付けない雰囲気やはみだす個に対する許容度

の低さは気になります。

 けれども、お話をうかがうと、その先生なりにかける言葉

の質を変えたり、注意喚起をしたり、こどもを置いていかない

ような努力をされているのです。褒めようと言う努力や個別

の関係の保障で豊かなものをつむぎだそうとされています。

 思うのです。

発達障害のこどもたちのおかげで大人と教育は変わり

つつあると。

彼らの多様さに向き合うためには、圧倒的にこちらが合わ

せ、理解する必要があり、今までのように大人があるべき

姿を勝手に考えて押しつけることは無理がある。

すべては子ども自身のあらわれに答えや願いや方向性が

あり、そこに合わせていくことから始まるのだと。

この子たちのおかげで子育ての基本が動き出しつつあり、

大人がその方向に導かれつつあります。

このことの一事をもって発達障害を持つことの尊さ、彼ら

の存在の深さを思います。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

年度末の巡回相談

 巡回相談に伺いました。

 何か気になるという感じのこどもたちばかり。

集団には担任の配慮やクラス作りがあれば乗れない訳で

はありませんが、学力の問題があったり、友人関係ではト

ラブルが少なくなかったり…

 コーディネーターや担任の先生と話したのは…

・特徴的なこどもへの対応は何となくおさまり、今日の
ようなケースに目が行くようになったのはクラス作りや
担任の格闘の成果といえるのではないか。
また、特別支援教育のガバナンスができているこの
学校の今だからケースとして出てくるこどもたち。

・境界知能で、低学力といったタイプのこどもたちを支
えるのは果たして特別支援教育の枠組みなのだろうか?
抽出も容易ではない中ではやはりわかりやすい授業と
クラス作りで支える他はないのであろう。

・就学指導にむけた方がいいこどもも居る。
手続き的には微妙な時期だけど、家族のタイミングが今
なら支えは続けていこう。

・クラスつくりと絡めて
「特別支援教育の先生は個への対応はヒントをくれるけ
ど関連するクラスのこどもたちの反応へのヒントはくれない。」
これは我々への注文。

・ベテランの気づき
「特別支援教育が始まってから個に焦点が当たったけど、や
っぱりクラスと授業が大事なんだよねえ。」

けっこう示唆の多い年度末の相談でした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

昔の理論が育ちを明らかにする

 こどもを理解する重要な手がかりとして田中昌人先生の

理論を大事にしています。今でいうと白石正久先生のこど

も理解です。

 発達障害のこどもたちのつまづきはこの理論のいう所の

「系列化」のつまづきなんだろうなと思っています。

3項の以上の関係理解やプロセス処理の問題や、自己を

対象化する力のつまづき、すじみちを作る力のつまずき、

ルールや役割交代の難しさもこの「系列化」のつまづきで

理解するとひとまとまりになります。

重度のおこさんはその前の「対」をつくる部分でうまくいか

なくて苦しんでいる。

私の年代でこの理論に着目しているヒトっていないみたい

なのですが、上司が教えてくれたこの理論は本当にこども

の育ちをクリアにしてくれます。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

支援者は自分勝手。

 先月末に実施した幼児期向け研修のアンケートまとめを

しました。なんだか考えてしまいました。

研修の趣旨が本当に深く伝わったヒトとそうでもないヒトの

差が本当に大きい気がします。

「縁なき衆生は度し難し。」と思ってしまいます。

 たとえば、、「こどもにとっていいことをよく考えて支援した

い。」というコメント多数。これのどこが問題なの?と思うかも

しれませんが、勝手に考えたらそれは支援者の願いなのです。

こどものあらわれのその中に次に進むべきステップがあり、発

達に依拠していくというのはそういうことだと思うのです。

考えちゃだめだと思います。

 それから、アンケートをみていて思うのは、それを書いて何に

なるのかということを平気で書いてくるヒトが案外多いのです。

率直に意見を書いたつもりで、こちらへの問題提起をしている

つもりなのでしょうが正直、本人の理解の未熟さが露呈してし

まい「馬鹿丸出し」に近いことがあります。

率直な意見は宝物ということありますが、こういうアンケートの

場合、読むヒトに配慮できないとか自分勝手なことを書いてあ

るのは支援者としてどうなのかなあと感じます。

 あとは、どんな研修やってほしいですか?という問いに、あん

まり正直に書いてあり、「それはおまえが本を読め。」「自分で

探求すべき問題だ。」と依存にも程がある場合も少なくありま

せん。

わたし、今日はイライラしていますね。

でも、甘ったれちゃいかんと思うのです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「依存」の保障

 前の記事とつながるかもしれません。

この頃、思うのです。

こどもたちにちゃんと依存する時間をプレゼントする

必要があるのではないかと。

ヒトはその初期発達において絶対的な依存が必要でそれを

許され生存を保障され受容されることで、他者に対する信頼

と動機と「あなたはそれでいい」という肯定的な自己を掴んで

いきます。

発達支援の方向が単なる自立や内容理解に進みすぎている

ことが「見捨てられ不安」などにつながっているのでは?

やってあげる。

待ってあげる。

見守ってあげる。

話をする。

行為を共有する。

きっと依存を保障することがこどもの存在の保障につながるのです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ここは病院か?

前回の続きです。

ある保健の先生のコメントです。

保健室にこどもが殺到して他の先生に「ここは野戦病院か?」

と言われたことがあるそうです。

お察しの通り、あふれるこどもたちは病人、怪我人では

ありません。保健の先生に話をきいてほしいヒト、構って

欲しいヒトたちなのです。

我々大人のすることは内容の伝達だけではだめなのです。

こどもたちに安全な愛着とそれと呼応した確かな自己を

プレゼントすること。時代を覆う「見捨てられ不安」とみんな

が「構って音頭」を踊っている現実をみつめていかねばなら

ないと痛感したのでした。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

わかりあえた気がします

 保健の先生(養護教諭)の研修会でお話しました。

企画段階から先生方の熱意が感じられたもので、こども

たちの発達臨床の最先端や校内のこどもの困難の全体

像を知っておられる養護教諭の先生方とは深い話ができ

るはずと思い、たくさんの情報量を詰め込みました。

発達障害のことばかりでなく、虐待との関連性・二次障害

のとらえ・インクルーシブ教育・彼らとの関係のつくりかた・

面接の仕方等々。

いただいた事例をもとにケース検討も行いました。

そこでもほんとに豊かで建設的なアイデアが出ました。

こどもの様々な困難の基盤に発達障害、発達の凸凹があ

ることに気づいてくれたこと、困難事例にまっすぐに立ち向

かおうとしてくれていること、うれしく思いました。

特別支援教育ができて、とにかく何でも保健室という状況

は軽減されつつあるようで、ケース会議を開いて役割分担

や作戦会議、校内政治の調整という文化も醸成されている

ようではありました。

ただ、一方でケースあげてもらってわかったのは、発達障害

児は新しい参加困難の形として学校にとっては決して小さく

ないことのようです。

授業作り、クラス作りに帰結するということでまとめましたが、

そのことを授業・クラスと関係なくこどもたちを受け止める役割

の保健の先生達がうんうんと聞いてくれたこと、複雑でもあり

ました。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

カラダが変わるとココロが変わる

身体の感覚が変わると精神状態が変わること、よくあります。心と身体は繋がっていて相互に影響しあっています。心身相関といいます。パニックが多かったり感情のコントロールが難しい子は身体の緊張が高いことが少なくありません。そこに働きかけて気持ちも緩めてあげる。そこそこの運動をした後、集中力が高まる。どちらかというと、支援は認知的アプローチに偏りがちですが、心身相関や「こどもは身体で答えをだす」ということ頭におきたいものです。先週末、くたびれ過ぎて燃え尽き、なーんにもしたくなくなった私を助けてくれたのは入浴でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

けっこうひどい話

 ちょっと聞いたけっこう???というお話です。

ある専門職の助言で就学前のお母さんの心がとてもとても

乱れました。

その子のことばが少ないことやちょっと即応できないこ

とが気になるというのです。そのこと自体は別に悪くない

のですが、医療機関を勧めるような勧めないような言い方

や普通学級で行けると思うというような言い方をしていて

家族はとても不安になっているといいます。

 この専門職の問題は2つです。

 ひとつは発達がちゃんと多角的にみれていないことです。

異常の検出の視点でケースに臨んでいるのですが、こども

の育ちの揺らぎや個人差を捉えられていないのです。

ことばの土台となる対人発達や参加を見つめる視点が弱い

のです。だから、ことばという観点での平均じゃなさに気づい

ていてもちゃんと評価できず曖昧模糊としたことをなんとなく

言ってしまったのです。

 もうひとつは伝え方や相手の感じ方を捉える想像力の欠如

です。就学が視野に入って不安な時期になんとなく、異常や

困難を感じ取らせるニュアンスの言葉をはっきりしないままに

使ってしまう不注意。そして、問題提起をしておいてその対応

についても助言がされていないばかりか、そのことがどう捉え

られているかを想像できないということ。

これは本当に気を付けなければなりません。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

一目でわかる!

 最近、巡回相談に行って感じること。

その園、学校の支援がどこまで進んでいるかは教室の環

境や掲示を一目見ればわかってしまうのです。

ひとことで言ってしまえば視覚的な支援ツールを使って
いるかどうかの痕跡です。

・話をみせようとしているかどうか?

・手順やプロセスを丁寧に伝えようとしているかどうか?

・どこで話をきく、どこに物をおさめるかを明示している
かどうか?

・私物の管理や準備片づけが苦手なこどもに対して配慮
しているかどうか?

調子良いこと言ってもわかってしまうのです。

もはや子育てにとって必須事項であるこうした支援のありかた。

まずはお部屋をみせていただいてその日の巡回の戦略を立

てます。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

癒しながら育てる

 ふと思ったのです。

今の時代の発達支援は育てる作業と癒しの作業が同時並

行的に行われなければならないのではないかと。

こどもっていつも頑張らされています。園でも学校でも本当

に「がんばれ、がんばれ!」と言われ続けています。

そもそもこどもの属性の中には頑張る力があるのかもしれ

ません。

でも、よく考えてみればこどもだってがんばれない時もあるし、

がんばれない状況のことも多い。

困難を抱えているということは何ができない、わからないという

よりも「がんばれない。」ということなのだと思います。

我々は生きにくい時代を生きています。

それはこどもも同じ。

こどもの多くが抑鬱状態を抱えているといいます。

行きつ戻りつしながら…

たいへんだから休むか止めるかと平気でいいながら…

こどもたちと暮らしていく支援者でありたいものだと思って

います。

何せおじさん、毎日大変で1週間やっとやっているもので

すからこどもにも頑張ろうぜとずっーとは言えないのです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ABAを生かして個別のプランをつくる

 個別のプランつくり、苦慮してませんか?

どんなフレームがいいか。アセスメントや切り口はどのよ

うに?難しい所です。

ちょっとひらめいてABA(応用行動分析)を生かしたアセ

スメントをし、そこからプランにつなげる様式をつくってみま

した。ちょっと試行錯誤してみようと思います。

思い立ったきっかけは、プランを立てるという作業は具体的

でなければならない、行動目標を立てねばならないというこ

とからです。「できる」目標で、評価できる方法にむかうもの。

例えば、「かけ算九九ができる」じゃなくて、「2の段の暗唱が

できる」でなければならないのです。実に行動分析的。

だったらアセスメントからABAのエッセンスをつかい、やって

みてはどうかと思ったのです。

2種類考えました。

ストラテジーシートをそのままアセスメントにして、行動問題

解決プランをたてる様式。

行動をよい行動・増やしたい行動、減らしたい行動、無くしたい

行動にわけて、それを分野毎にアセスメントして、発達的領域的

なプランを立てる様式。

なんてこと書いてもイメージ湧かないのでホントは様式乗せるべき

ですが、ちょっと試してみて効果があったら載せます。

どうでしょうか。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

システムの違いは子育ての違いになっているか?

 幼稚園・保育園の実践を伝え合うシンポジウムを開催

した後、参加してくれた幼稚園から保育園と幼稚園は違う

よねえという声があがりました。

もともと違う役割を担っている部分があるのだから、違うの

は当然なんですがそこで行われている気になる子、発達障

害児に対する子育てが違うものになっているかはちょっと

議論になりました。

 ・保育園の方が難しいケースは多いかもしれない。
 
虐待関連ケース等のことを考えると、ちょっと保育園
の方が困難度は増しているのかもしれない。
ただ、最近は幼保の違いはあんまりなくて園の規模に
よるのかもしれない。かなりの困難ケースを幼稚園で
受け止めている場合も少なくありません。

・保育園-0~6歳を子育てする中でみえてくるもの
 
0歳からの子育てをしている保育園では早期発見が
可能ですし、参加以前の初期発達を支える手立てや
方法論、体制は試行錯誤されています。
その中で、クラス参加が課題になる3歳以降でも個別
的な支援と参加を支える支援を比較的柔軟に組み合
わせることが体制的にも支援者の思考としてもしやす
くなっているように感じます。

・幼稚園-「参加」を支えるために必要なこと
 
3歳以降の徐々に集団参加が発達段階になる時期
は保育園も幼稚園もクラスでの発達支援になります。
その点は保育園も幼稚園もまったく同じ。試行錯誤の
ポイントも同じなのだと思います。
ただ、幼稚園のスタッフが知っておく必要があるのは、
参加以前のこどもたちの初期発達の段階と支援の方
法なのかもしれません。
大人との関係性から数人との関係、集団参加へとこど
もたちの関係性、参加の質は変わっていきます。
気になる子の多くは集団参加のステップに到達してい
ない場合も少なくないのです。幼稚園はみんなで暮らす
ことになっていますが、そもそもそれがミスマッチという
こともあります。
「ここは集団で暮らす場だからそうさせたい。」
「集団の保育にどう乗せるか?」
だけではやっていけないのです。個にとって必要な育ち
や意味を見る目は今の時代必要かもしれない。

・集団での子育て研究の必要性はまったく一緒
 
そして、集団参加が発達段階になった時期の支援の
方法論と方向性はまったく同じだと思うのです。
すなわち、ユニバーサルデザインとインクルージョンで
す。
①みんな一緒に暮らすのが基本
②ここの特性や独自性を尊重する
③参加の形も柔軟に
④今までの保育の見直しをする
⑤気になる子にとってよい方法はみんなにとってもよい
方法ということを土台にし、そのための模索をする。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

昔の理論にヒントがあった。

 発達障害児の初期発達をどのように支えるか?ということ

に大きな関心を持っています。国内外で様々な実践と研究

が行われています。共同注意や共同行為の発達を見つめ、

支えていくことです。私の主なフィールドである幼児期はまさに

そのことが課題になる場面であり、保育現場でも0・1・2歳児

の保育をどのように組んでいくか、愛着形成に問題があるこど

も達の発達支援をどう進めていくかが大きなトピックになって

います。

 ちょっと調べ物ををしていて見つけたのです。

言語発達の理論であるインリアルにヒントがある。

INREAL(インリアル)とは・・・
inter reactive learning and communication の頭文字です。
ヒトは「相互作用」を通じてコミュニケーションの方法やルー
ルについて学び、それが言語獲得に繋がっていきます。
INREALでは「やりとり」を大切にし、子どもの自発的な反応
を引き出すための、大人の接し方を検討します。

Mirroring(ミラリング)・・・子どもの動作を、まねる。

.Monitoring(モニタリング)・・・子どもの声や言葉を、そのま
ままねて返す。

Parallel talk(パラレルトーク)・・・子どもの行動や気持ちを、
大人が言語化する。

Modeling(モデリング)・・・子どもに会話のモデルを示す。


Expansion(エクスパンション)・・・言葉の意味や文法を広
げて返す。

Reflecting(リフレクティング)・・・子どもの間違いを、言い
直す。

Self talk(セルフトーク)・・・大人が自分の気持ちや行動
を言葉にする。

 どれも意識しないでやっているこどもたちへの接し方で

すが意識するときっと違うはずです。

また言葉に焦点化しなくても接し方としては意味があり

ますよね。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログへにほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »