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支援者は自分勝手。

 先月末に実施した幼児期向け研修のアンケートまとめを

しました。なんだか考えてしまいました。

研修の趣旨が本当に深く伝わったヒトとそうでもないヒトの

差が本当に大きい気がします。

「縁なき衆生は度し難し。」と思ってしまいます。

 たとえば、、「こどもにとっていいことをよく考えて支援した

い。」というコメント多数。これのどこが問題なの?と思うかも

しれませんが、勝手に考えたらそれは支援者の願いなのです。

こどものあらわれのその中に次に進むべきステップがあり、発

達に依拠していくというのはそういうことだと思うのです。

考えちゃだめだと思います。

 それから、アンケートをみていて思うのは、それを書いて何に

なるのかということを平気で書いてくるヒトが案外多いのです。

率直に意見を書いたつもりで、こちらへの問題提起をしている

つもりなのでしょうが正直、本人の理解の未熟さが露呈してし

まい「馬鹿丸出し」に近いことがあります。

率直な意見は宝物ということありますが、こういうアンケートの

場合、読むヒトに配慮できないとか自分勝手なことを書いてあ

るのは支援者としてどうなのかなあと感じます。

 あとは、どんな研修やってほしいですか?という問いに、あん

まり正直に書いてあり、「それはおまえが本を読め。」「自分で

探求すべき問題だ。」と依存にも程がある場合も少なくありま

せん。

わたし、今日はイライラしていますね。

でも、甘ったれちゃいかんと思うのです。

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支援の手がかり」カテゴリの記事

コメント

タイトルにどきりとしながら読ませていただきました。

支援者の温度差といいましょうか、モチベーションの違いは痛感します。しかし、「ではあなたはあるべき姿と自分で評価できますか」と問われるとうぬぼれているんじゃないか?と小さく評価してしまいます。

でも、「ふつう…(こう考えるんじゃないの?こういうことしないんじゃないの?)」と思ってしまう枠みたいなのが誰にでもあって、それについて前もって議論しなくても「空気」「雰囲気」「言葉の奥行き」みたいなものから理解していけることってあって、「この人とは気が合いそう」「お互い高めていけそう」と思える人だとなんだか安心する。

一人一人感じ方や考え方が違うと言ってしまえばそれまでだけど、「えっ?…そうなっちゃいますか…」って衝撃場面に遭遇してしまうと違和感持ってしまいます。
違和感持つ私が変なのか?その感覚が間違っているのかしら?と、勝手に責めることもあったりして。

別の領域の現場のほうがあなたの良さをきっと発揮できる!
この現場でこの任務はあなたには厳しい!
と、どなたか導いてやってください…
ドラマティックな改心につながるような出来事がその人に降り注ぎますように…
と、切に願うばかり。

投稿: ナカムラ | 2010年2月22日 (月) 20時34分

 ナカムラさん、コメントありがとうございます。
「支援」というのは、ほんとに難しいというのを痛感しています。
自己の置き所をどこにするかが常に問われてしまう。
考え込んでいます。

投稿: けやき堂 | 2010年2月22日 (月) 23時12分

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