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鍛錬主義②

 最近続けて聞いたある幼稚園の噂話です。

その幼稚園はとにかく幼稚園に来いというのだそうです。

リソースルームの利用等はそこそこにして欲しいという

のだそうです。理由は「慣れないから…」「友達との関係

ができにくくなるから…」だそうです。

発達障害サスペクトのおこさんの入園に不安を訴える

御家族に対しても同様の説明をし、「1学期経てば慣れ

て友達が支えてくれるから大丈夫!」と述べたのだとか。

御家族は「違う!」と仰いました。

友達に支えてもらう為に園に行くわけでなく、リソースとの

並行利用も幼稚園でできないこの子の居場所つくりや個

別的小集団での個にあった支援のために行くのにという

ことでした。その通りです。

 一見するとそんなに問題がないようにみえるこの園の対

応もやっぱり鍛錬主義に基づいていて特性を理解した支

援ではないと思うのです。

根拠が大まかな統計のようなフレーズで説明しているので

すが、ちっとも個々のニーズや状態に添っていないです。

ゴールがそのうち慣れるや友達が支えてくれるというのも

意図的な支援や園側が何をするかということの説明にはなっ

ていないのです。

幼稚園は参加が基盤になります。

けれども、みんなの中に居れればなんとなくどうにかなるとい

うのは無責任なのです。

自発や自立、自己コントロールや自我といったその個の自己

の育ちを支えるために、幼児期には特に丁寧な配慮や支援

が必要なタイプのおこさんがいます。その個の力を支えたいと

思っている家族の思いを「みんなの中にいればなんとなく…」

で押し流そうというのは乱暴なお話です。

こんな園に限って参加の流れに乗らないとその個の特性や

園での支援に目が向かないで「家族の子育てが…」と始まった

り、支援機関に「大変で!」と騒ぎ立てるのです。

 前回の記事も含めて「鍛錬主義」に見えるのはこどもの特性

理解の弱さです。

わかっていないからこそ鍛えればどうにかなるという論理展開

で押し通すことが出てくるのでしょう。そして、家族の思いを押し

流してしまう。うまくいかないとなると家族に原因を求めて脅かす。

個に添えないという現場の事情や体制は個の特性理解や配慮

をしないということとはまったく別のはずです。

それを知った上でインクルーシブな集団や方法を創造する。

できないことはできなくていい。

それは役割分担の中でどこかでやってもらえばいい。

おおざっぱで脅迫的な方法論でこどもと家族をいぢめないで

欲しい。

集団に彼らをどういれるか?というベクトルだけでなく、彼ら

もできる活動の創造や場のありかたも同時に考えて欲しい。

一方、必要だと思うのは鍛錬主義と似ていますが、楽天主義。

あんまりハッピーなのは放置なのでしょうが、個を理解しながら

緩やかに時間の経過でこどもをみる、過去からの連続でこども

をおおらかに見ていく視点は大事にしたいものです。

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