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2010年8月

発達課題を抱えた、外国籍のこどもたち

 発達課題を抱えた、外国籍のこどもたちが巡回相談等

にあがるようになってきました。

ほぼ常に、現場は混乱します。

バイリンガルや文化ギャップ、クロスカルチャーの問題な

のか、個の育ちの問題なのかという点で。

この問題への理解と支援でその現場の発達をみる力が

みえてきます。

コミュニケーションの困難、障害は様々ですが、対人的な

動機付けや初期発達のスキルが備わっていればこどもは

ヒトや集団に接近していきます。

視覚や聴覚に困難を抱えたこどもたちをみればわかります。

そのヒトへ向かう育ちをみたいのです。

我々はことばでコミュニケーションしていると思っていますが、

実はその割合は数パーセントから何割かといいます。

「言葉が通じなくても接近しようとしているか?」「陽性症状

(特異な行動)はないか?」をみてあげたいのです。

そしてまず、言語以前のヒトを好きにする支援をしていく。

ことばを介さない視覚的支援を丁寧にしていく。

スタートはそこからです。

まずはこの理解と支援から…

 もちろん、言葉の問題はついて回ります。

どの言葉で暮らしていくのか?家族と共有するためには

どの言葉で?

でも、その前にこどもの育ちをじっくり耕したい。

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不思議なこと

 保育園訪問でのこと。

年少クラスからケースが出て、担任の先生とお話ししまし

たがどうも腑に落ちていないようです。

ケースとしてもちょっと微妙で全体像を丁寧に支えていき

ましょうというタイプでもありましたが、年少さんだからクラ

スへの参加が発達段階的にターゲットではないよねえと

いう提案が納得できていないご様子。

どうも論調ができないことをどうできるようにするか、なかな

か集まれない、そろわないこどもをどう集めるかという対処

の話から離れられません。

一方で、それを支えるためには個別支援、ヒトが必要とま

ではじまってしまいました。

「担任」の思いや役割はわかりますが、クラス経営の要求

水準が適切でなく、当てはめようという思いが強い反面、

うまくいかないからヒトをという前時代的な志向をが伺えま

した。

ケンカするつもりはありませんでしたが、ちょっと一方だし

で頑固過ぎるので「個別にみて挙げた方がよければ保育

園いらないですよね。」とつぶやいてしまいました。

あとから管理職が「あの先生はちゃんとしたいの。」とか

「(クラスにあてはめるんじゃなくて)もっと伸び伸び遊んで

あげたらいいんだけどね。」とおっしゃっていて…

 帰り道。ちょっとへんなことが思い浮かびました。

幼保園でも学校でも、クラスに当てはめようとしたり対

に腐心する先生程、個別支援や学籍の移動を主張する

んだよなあ。

インクルーシブやユニバーサルデザインに向かって必要

なのはこのあたりを変えるフレームの提案なのでしょう。

・クラスの発達段階を押さえる。

・関係を紡ぎ出す視点。

・様々な認知行動特性を包含する。

・多様な手だて、要求水準。

・スタッフの増員で安易に対応しない。

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分離不安、見捨てられ不安

 「見捨てられ不安」という言葉があります。

少々いろんな語感で使われる傾向にあるので注意は必要

ですが、関係性が原因と思われる精神疾患、精神障害等

についてはどうやらキーワードのひとつのようです。

マーラーがその対人発達論である「分離個体化理論」で

この言葉を使って発達課題を説明し、精神疾患の原因等

を語っています。

 こどもは2歳過ぎになるとそれまでの母子密着によって築

かれた安全な愛着を基盤に探索をしようとします。この時期

は探索したい、世界を広げていきたいという願いのある反

面、安全な愛着から離れてチャレンジしていくには不安が

伴います。ひょっとしたらちょっと違うかも知れませんが、

このあたりの心理状態像をこどもの側から能動的に語れ

ば「分離不安」、大人との関係に強く方向付けて語れば「見

捨てられ不安」という表現になるのかもしれません。

白石正久先生が「発達とは矛盾を抱えること」という表現を

されていますが、まさにその通りです。大きな願いの反面、

そこに葛藤があり、そのことを発達「課題」というのでしょう。

 この「課題」を理解するのに大事なことだと思われるのは、

分離がうまくいかないのではなく、その前に密着がうまく

いかないということなのだと思います。

子育て、支援は自立志向で語られる傾向がありますが、「ひ

とりでできる」基盤は「やってもらう」という依存や「いっしょ

にやる」という共同共感にあります。それをくぐらずに自発

自立分離などあり得ないはずです。

依存や共同共感の中で存在が肯定され、保障され、存在

危機には守ってくれるヒトがいることが確認されてはじめ

て、チャレンジができる。そして、そのチャレンジの中から仲

間とつながり、さらにはもっと大きな参加に飛躍していく。

このこと、押さえておきたい気がします。

支援はここから、ここに戻って。

 「二次障害」の理解と支援においてもこの「見捨てられ不

安」を切り口にしていくことが重要なのでないかと思います。

・発達障害に起因する共同共感形成の弱さは愛着の発達や
弱さにつながるといいます。拡散しがちな愛着は思春期前後
に関係性の希求となってあらわれますが、その頃には参加
や学習の課題などと交錯してしまい、大きな混乱に直面して
しまうことが少なくないようです。

・加えてその感覚認知関係性の特性が生きづらさになり、存
在の保障が危機になってしまう彼ら。
「I'mOK.」は「You areOK.」で支えられなければ絶対に成り立
たないのです。自己肯定感はその基盤に他者からの承認や
肯定が不可欠。

「愛着障害」「発達障害」「ストレス時代」にどう生きていくか、

どう立ち向かうか?が発達支援の大きなテーマなのだと私の

この夏の大きな気づきです。

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わかってもらうための条件

 なるほどなあと思ったことです。

 よく知っているケースです。発達的な課題のあるおこさ

んで、御家族は葛藤しながらも障害性を受容しつつ、一

生懸命子育てをされています。

就学はもちろん困難性を予測しながらも、本人の願いを

入れてまずは通常の学級でスタートすることになりました。

しばらくして、つまづきの噂が聞こえてきて、たまたま学

校を先に訪問し様子をみて担任の先生ともお話ししました。

 その後、御家族とお話しする機会ができました。

なんだかお母さんとげとげしています。お母さんの困難の

原因分析が隣の子との関係だったり、担任の先生の配慮

とりくみに終始しています。

「あれ?」と感じました。でも、「なるほどな。」とも思ったの

です。

経営は決して簡単なクラスではなさそうでしたが、加えて担

任の先生の先生の許容度は広くなく、御家族は困難のみ

を告げられてちょっとした配慮や希望がまったくかなえられ

ていませんでした。

それもその子の困難性に対する配慮ではなく、ちょっとした

事情や都合に対する配慮で他のクラスの担任はやってい

るという性質のものです。

希望や願いは拒否され、困難ばかり告げられる。

そうなってくると、本人の困難よりも支援をしてもらえな

いからだという御家族の思いは深まってしまうようです。

お話しの中でゆっくり成長を確認して共有し、それでもぶつ

かっている困難を客観的に評価して課題を共有し方法論を

模索しようとすることでお母さんの表情は和らいでいきまし

た。そして、再び困難性も了解してくれました。

 ちょっとした支援や配慮はやってみる。

できないことでも努力はしようとする姿勢で語る。

担任の先生がそれなりにやってくれても難しいということが

見えたときに、本人の特性や困難なんだなあというまなざし

が生まれてくるようです。

わかってもらうことが先じゃない。支援が先。

そんなことを確認したのでした。

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支援の成熟度

 園訪問でのこと。年中年長さんのケースです。

①設定された活動参加には問題ないけれど、自由場

面でもめる。

②特別な配慮していると、○○ちゃんばかりになってし

まう。

 この①②のような同じような話題が2つの園であがりまし

た。両方とも個の問題だけでなく、クラスつくりと関連する支

援が必要ですが、ひとつの園では「あ~そうかそうか。」

という回答でもうひとつでは「う~ん。」と担任が言っていま

した。

 2つの園では支援の取り組みや風土にこれまでも明らか

な差があります。

後者は発達障害及び支援についての理解と取り組みが地

域でもかなり未熟な園です。ケースの内訳をうかがっていて

もどうも管理職は問題を家庭の育児の問題ばかりに帰結し

ていく視点で語り、担任達は個への対処の観点で語るので

す。「困った個がいて、それは家庭のせいだ。」という文脈で

す。おまけに困難を抱えた個は早く保育へというベクトルで

受け入れたり(ちょっと前までは早く集団へという視点があり

ました。)、一方ちょっと手に負えなくなると専門機関へ(障

害児は専門機関へ行くべきだという視点)という矛盾した取

り組みをしているのです。

 一方、前者は早くからケース検討などで支援の実践を深

めようというとりくみが進み、個への支援が園内で共有され

ています。視覚支援がクラス全体のとりくみとしてあり、園の

伝統である縦割り保育と同年齢保育がこどもを支えるツー

ルとして現代でも機能しています。担任がクラスの中で柔ら

かくこどもを受け止め、みようとしていますし、気になる子い

たらいたでなんとかやるさみるさというまなざしが育ってきて

います。

違いは大きいのです。

さて、①と②みなさんはどう支援しますか?

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言い回しの違いだけかもしれませんが…

 行動形成、支援の方向性として、禁止や制限ではなく、

どう振る舞ったらよいか、条件を付けたり具体的な代わ

りの行動を示すなどして肯定的な支援をしようと言います。

 「~しないように」「~にならないように」というように、して

はいけないことを示すのではなく、していいことを示す。

「外へ出て行ってはいけないよ。」でなく、「出ていっていい

よ、でも帰ってきてよ。」「~まで外へ行ってきていいよ。」

「今は出て行けないけど○時になったらいいよ。」

「今は出て行けないけど代わりにこれをしない?」

とこんな感じです。

これはわかってもらえると思うのです。

課題を抱えた個の特性や要求できる水準にあわせて、ど

こまでがんばればいいか、どうがんばればいいかを示す。

けっこう基本的な事柄です。そんな話をしながら…

 何かを読んでいて「二次障害を防ぐために…」とありま

した。これも基本的な方向性です。

でも待てよと思ったのです。

これも「~しないように」「~にならないように」という言い回

しじゃありませんかね。ちょっと違うかしら。

経験的に思うのは、「~しないように」「~にならないように」

思考は防衛的制限的で、物事はその隙間をついて必ずな

ってほしくない方法になっていってしまうものです。

だからこそ、前向きで行動形成的に行きたい。

「攻撃は最大の防御。」とも言います。

そして、二次障害は誰かが何かをしなかったから、誰かに

何かをされてしまったからだけでおこるものではありません。

特性をもった人たちが世の中にチャレンジした傷跡でもあり

ます。

そりゃ転ばないようにした方がいいに決まっている。

でも転ばない転ばないなんて思っていると、転んでしまうし

代わりにどこかにぶつけてしまったりする。

転んでからの起き方も用意しておきたいもの。

「二次障害にならないように」ではなく、「発達の凸凹があって

もよき生涯がおくれるように」とか「特性があってもその特性

を生かした人生選択ができるように」「アンバランスがある人

たちを許容し、支え、共に生きていく世の中を作るように」

という言い回しにしたいものです。

言い換えてみると、ちょっと話が大きくなりすぎてしまうようで

言葉遊び、言い回しの違いだけの気がしますが、構えは前

向きでありたいと思います。

 すいません、揚げ足取りみたいな話題で。

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「解離」

 摂食障害の研修でのことです。

過食嘔吐のタイプは「解離」してしまっていることもあるとい

うことでした。知らぬ間に食べてしまっていて、吐くという体

力を使う作業の中でハッとして気が付くのだとのことでした。

私は中では解離=人格交代、多重人格みたいなイメージ

があったので質問してみました。

精神的な困難を抱えた状況の場合、人格交代までいかな

いまでも「どこかに行ってしまう」程度の解離はよくあること

なのか?と。

お答えはまあ、そうとのことでした。

考えてみれば、自閉症スペクトラムの方がファンタジーの

中に行ってしまう。

虐待を受けたこどもが解離しがちである。

というようなことはきいたことがあり、解離というのはそうい

う質の状態像のようです。

そして、病的な解離だけでなく解離そのものは我々にもあ

ることなのだそうです。抑うつ気分とうつという病気のような

ものでしょうか。

さらに病的な解離はストレスが掛かった時に起こりやすい

といいます。

講師(ドクター)は過食嘔吐の患者に対して、ストレスが掛か

った日は食べ物のある環境、買い物できる環境を回避する

とかむしろ積極的に今日はそこそこ食べるぞ等という意図

的な心の動きを意識すると、解離→過食嘔吐が回避できる

こともあるとアドバイスするのだそうです。

 ヒトは状況に依存しがちです。

なっていくようになってしまいがちです。

意図的に関わる、意図的に自分をコントロールする。

キーワードのような気がしています。

こどもたちの対する支援にしても、そのまま放っておいてこ

とが置き、「対処」するのではなく、意図的に関わることでよ

き育ちを引き出すことができる。

 ぼけっと普通にしていると何かしでかすので「意図的に」

自分をコントロールする、調整する、高めようとしなければ

と、私は自分自身でも最近思いました。

そうは言っても1日の半分は状況に依存してなるように

なっていますが…とほほ。

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すれ違っているもの

 我が社のこどもたちを連れてちょっと外出。

というほどのお出かけではありません。

市民プールに行って、おやつを食べて本屋などを眺めて…

外へ出て付き合うとけっこう力のあることに気づきます。

興味関心もそれなりです。

こどもがいっぱいいる場にも連れて行きましたが、何が違う

のだろうと気になっていました。

公共の場のふるまいだってちゃんとできている。

エスカレーターの乗り方を年長者が注意している。

ストローを床に落としてもらいにいっている。

何が違うのだろう?

 やはり世の中の許容度の問題なのだろうということ。

頑張ってますが凸凹はある。特異、できない、わからないは

当然ある。ちょっとだけある、そんな部分を世の中は包み込

めないのだろう。

そして、我が社にいるということ。

必要で施設にいるのだけれど、難しいことがいっぱいある。

もっとチャレンジさせてやりたい。もっと任せてみたい。

その機会は減ってしまう。

でも、施設にいないと最低限の生活や関係が保障されない、

存在が保障されないこどもが増えている。

普段はこどもとどう暮らすかを考えていますが、珍しく社会や

システムについて感じてしまいました。

やることはいっぱいある。

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現場の支援の「発達段階」

 研修というものを提案する場合、おおよそ1ヶ月前には

準備をして、「これでどうでしょう?」とやることにしています。

 ある園の秋の研修の準備をそろそろと思っていたら、先

方から声が掛かりました。

まず、これが珍しいこと。

現場は日々に追われて荒い発注は早く来るのですが、中

身はこちらお任せということ少なくなく、うーんということあ

ります。

とりあえず、「○○先生、呼んでおこう!」という感じです。

これはなかなか複雑です。

伝えたいことが知りたいことでない場合もあり、だからとい

ってニーズをききすぎると「対処」ばっかりを要求されたり…

現場の困り感はこどもに沿っていない、支援風土としては

どうかと思うこともしばしばなのです。

 さらに、今回は具体的な内容の注文と提示がはっきりあ

りました。

うれしいことにまだ涼しい頃に提案した「ストラテジーシート」

を使った支援についてやってほしいとのことです。

行動を理解してという視点は支援の道具立てとしては必須

で、みなさんの道具箱には入れておきたい物です。

正露丸みたいに(笑)

まあ、ただ保育現場への浸透普及はまだまだ早いと思って

いた所をこのご注文です。やるじゃねえか。

お盆休みの間の勤務でやる気なしだったのが、ちょっとテン

ションあがりました。

・事例を挟んでみんなでストラテジーシートをつけてみる。

・それを共有しながら個別のプランをつくる。

・という個の支援へのアプローチとともにクラス作りについ
て語る。

こんな感じで進めようと思います。

この園、実は地域の中でかなり先進的なとりくみをしている所。

感度がいいのです。

構造化や個への視覚支援がクラス作りに展開しています。

療育施設と軒を連ねて交流的な実践も深めています。

研修のお手伝いいろいろしていますが、発注具合とやり

とりでその現場の「発達段階」わかります。

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確信

 もうここなのだろうなと確信したことがあります。

支援の方向性は関係性へのアプローチ一点なのだと。

すなわち、ヒト(他者)を好きにする支援とヒトとうまくやれる

アプローチと、呼応して対になる自分を好きにする支援です。

・発達障害は直接的にも間接的にも関係性の困難。
認知の特性がまわりと異なるからうまく関われない、うまくい
かないという要素、視点。

・時代を覆う「愛着障害」
不適切な養育、虐待のみならず「不登校」「摂食障害」の中
にもあるタイプの中には愛着障害や対人的な心的外傷を原
因と考えるべきでものがあるといいます。

 おとなの問題なのだろうなと思います。

とにもかくにも、こどもの存在保障をしていかねばならないと

いうことなのでしょう。

「できる」「わかる」「みんなと」の前に、大人が近づいていって

こどもをかわいがり関わっていく。

Yon are OK!とこどもがそこにいるだけで肯定していく。

「参加」の前には確かな大人のこどもの確かな関係性である

「愛着」「共感」が絶対に築かれていなければならない。

ヒトの存在目的は関わりそのものといってもいいのかもしれ

ない。

スタートも手だてもゴールも全部それ。

私はこの夏、このことを確信し覚悟が決まりました。

そして、それに向かって道具箱にいろんな切り口の手だてを

積み込んでいこうということを。

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ユニバーサルデザインの作り方

 本の紹介です。

衝動買いした本ですが、良書なんです、これが。

「通常学級での特別支援教育のスタンダード」

です。

出版社は「東京書籍」ですが、著者はなんと

「東京都日野市公立小中学校全教師・教育委員会

with小貫悟」となっています。

大きく出たねえ。でも、心意気は買います。

サブタイトルに「自己チェックとユニバーサルデザイン環境

の作り方」とあるのと、帯には「公立小中学校の教師650

名が取り組んだユニバーサルデザイン成功事例集」との

書いてあるだけあって迫力満点です。

 個人的には、「授業の中でのユニバーサルデザインの実践

方法」という章の中の「指導案の構造化」の提案が素晴らしい

と感じています。

ポイントと考えられている「情報伝達の工夫」「参加の促進」

「内容の構造化」の視点から、子どもの活動・教師の活動

全体の支援、個別の支援が実にわかりやすくまとめてあり

ます。そして、プランにあわせた実例が写真とともに概説され

ています。

おすすめです。

◎おことわり
 前回の記事として「摂食障害」についての研修を受けたこと
をレポートしました。
客観的な事実に触れて知ったことの多さをまとめました。
しかし、あとから読み返した時に、客観的な事実は厳しいなあ
と感じる部分があり、現実的に摂食障害と向き合っている皆さ
んが記事を読んだときに心配をかけてしまうかもしれないという
思いがよぎりました。
そのため、いったん記事を削除させていただき、ちょっと考える
ことにしました。

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本当に実現するんでしょうか?

 福祉新聞をちらっと見ました。それによると…

文科省の中教審は、障害者制度改革の「障害のある

とない子が共に教育を受けるインクルーシブ教育シ

ステムを構築する」という政府方針を受け、特別委員

会を設置することに決めたそうです。

6月29日閣議決定された障害者制度改革の工程表の中

で、教育に関しては今年度内に一定の結論を得ることに

なっているとのこと。

障害者権利条約の批准に向け国内法整備を検討している

政府の障がい者制度改革推進会議は、現行のしくみは障

害の有無による分離にあたり、権利条約のいうインクルー

シブ教育制度とは異なると判断。

一方、文科省はかねてから「権利条約のいうインクルーシ

ブ教育と今の特別支援教育をさらに進めていくことは反し

ない」と説明している。

閣議決定は重いものであるが、文科省と内閣府の調整不

足はあり、特別委員会の議論はどのように…

ということでした。

 この話、どうなっていくのでしょうか?

実現すれば教育だけでなく世の中がドラスティックに変わ

っていくことになりそうです。

そこにあるものを加工した特別支援教育とは質が違って

くる。障害者の生活、生涯そのものが変わってくる。

私は、地域の中でみんなの中で重度児の発達保障がきち

んとできるのであればインクルーシブ教育、賛成です。

みんなの中で、それぞれの発達課題にあったメニューも

必要な分離カリキュラムも用意されるのであれば賛成。

なんとなく、みんなの中に居れば…にはなってほしくは

ありません。

注目すべき動きです。

学会などでいろんなヒトに聞いてみよう。

発表された資料です。↓

「houkousei.pdf」をダウンロード

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「目の前にいるこどもを丁寧に支援したい。」の吟味②

 前回の続きです。

「目の前にいるこどもを丁寧に支援したい。」

というフレーズは我々、専門機関にとって重度児の支援

を今こそしっかりしなければという意味もあります。

 大発達障害時代にあって支援の大きな流れはそこに向

かっています。それでいいと思います。

支援の資源・サービスの展開のひとつの流れは、我々施

設、療育機関、特別支援学校等「重度児、障害児をみて

いた機関の専門性をいかして!」ということで行われてい

ます。そのコンサルテーションの基盤は「我々のノウハウ

を地域の現場でもどうぞ!」にあります。

だからこそ、丁寧に現場の実践をとも思っています。

 一方、発達障害児の発達支援は専門機関が提案できな

いことも含んでいます。クラスつくり、教科指導、SST等は

重度児のフィールドの中にはないことです。

その支援の方法は地域で創造する必要があり、最近では

実践が確かに深まっている印象があります。

そして、発達障害児の支援が深まる中で、重度児のみたて

や支援にも応用できる方法や考え方もみえるようになりまし

た。逆輸入できるものも増えています。

少し前の記事にも書いたかもしれませんが、現場は支援を

輪切りにしてしまいがちで連続した育ちや困難であっても

ちょっと状況やフィールドが違うと別のものと捉えてしまうと

いう傾向を持っています。

重度児の支援も発達障害児の支援も連続したもの。

そのとらえの中でそれぞれのフィールドで目の前にいるこ

どもを丁寧に支援し、その支援をつなげ、大きく創造して

いきたいと願っています。

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 「目の前にいるこどもを丁寧に支援したい。」の吟味①

 ワンフレーズを吟味したいと思います。

「目の前にいるこどもを丁寧に支援したい。」

よく考えてみれば、こんな基本で、名言はありません。

間違いなく、基礎基本で、なおかつ極意といえる言葉です。

 この言葉を見つめるといろいろ見えてくる気がします。

最初は気を付けなければならないこと。

「目の前にいるこどもを丁寧に支援するための方法は、

目の前にある方法だけじゃない。」

と思いませんか?

これ凄く重要だと思います。

足下を丁寧に、支援以外の支援者の業務に心を奪われな

いで、外にばっかりでていかないで、というような文脈の

なかで使われがちな「目の前にいる…」のフレーズですが、

やりつけた方法で現状に甘んじてよしという意味ではない

はずです。

気を付けなければならないのは、支援に対する保守的な姿

勢や考え方の表現にこのフレーズが使われることが少なく

ないということ。

「丁寧な支援」の源泉は常に今の支援を見直そう、よき方法

をみつけようという支援者の構えです。そういう点では受信

感度は常に高くなければならないと思います。

受信感度が高く、現場にじっと根をすえた支援者が現場の

力を高める深い実践をつくっていくのです。

そういうものです。

ただ、昨今、受信感度が高く熱心な支援者はコンサルテー

ションにかり出される傾向があります。

外部を支援するということはそれなりの人物が必要だから

です。難しい所です。

結果として非積極保守的な人物のやっかみ発言として、こ

の発言が出てきてしまうこともままあります。

 まあ、そんな訳でじっと根を据えることの必要性を実感し

ています。受信して実践で確かめることを積み上げる。

プレイングマネジャーやプレイングコンサルタントであること

を大事にしたいと思っています。

夏の仕事が終わるとちょっと外向けの仕事を細くしていく

つもりです。

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職場のメンタルヘルスと青年期の支援とのつながり

 職場の研修で職員のメンタルヘルスについて話すことに

し、資料をつくりました。

はからずも二次障害について過去につかったスライドや就

労トレーニングコースの生徒たちにつかったSSTのスライド

の中でそのままつかえるものがありました。

よく考えてみれば当たり前で、彼らと我々は同じ時代に生き、

同じ生きにくさを共有しています。

支援者は案外勘違いしているのです。

いつのまにやら支援するヒトとされるヒトという図式をつくって

彼岸から彼らを語ってしまう。

精神的な疲労が蓄積しやすいのは我々も彼らも同じ。

困難を抱えているという素因がある分、彼らの傷みやすさ

は我々よりも大きいのでしょう。

彼らにとってSSTが必要なように、よき支援や目的をともに

して仕事をするためには我々職場の関係開発は不可欠です。

もっといえば、なぜ働くかの確認は支援者こそしなければなら

ないのです。

つながっています。

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トラブルを乗り越えて

 メンタルヘルスの問題で職場復帰トレーニング中の仲間

が休みの日、「今日は調子がとても良くない」と連絡をくれ

ました。それまで短時間勤務でしたが、順調にやれていた

のでなんだか不安。本人もそう感じたに違いありません。

少しやりとりをし、次の日のことは次の日に考えようという

ことにしました。

 そして、翌日、持ち直したといって明るい顔で出勤して来

ました。そして、ふたりでとても喜んだのです。

「このエピソードは自信がつくねえ。」と。

・調子がよくない日があっても、戻す手だてがある。
・こりゃだめだと思っても戻ってくることがわかればしの
ぎようがある。

トラブルやアクシデントに意味がある。それを乗り越えた時

に光がみえる。それってこういうことなのだろうなと実感し

ました。

「それにしても○○(病気の名前)一筋縄ではいかねえなあ。」

と感じ、「おまえさんの「脳」はやるねえ。」と仲間に声を掛

けました。

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