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「視線があわない」の理解

 自閉症スペクトラムの指標のひとつに「視線があわない」

があります。このことが知られてきて幼児期の現場では、

意識されるようになってきました。

ただちょっとどうかと思うのは、そのことを問題視してどうに

かしようとけっこう迫ろうとすること。

視線というまさに対人的な刺激に直面することが苦手で逸

らしているのに、「顔を向けて視線を合わせて」みたいなア

プローチでけっこう迫ってしまう支援者がけっこういます。

これは「こだわりをなくす」みたいなもので、自分でもどうし

ようもできない彼ら特有の感覚特性、感じ方を違う感じ方、

文化の我々が無理矢理介入、変えようと迫ろうというひど

いお話しなのだと思うのです。

また、これは彼らの抱えている困難は視線があうか合わ

ないかという枝葉末節なのではなく、コミュニケーションそ

のものや対人的やりとりに対する動機やスキルの問題で

あるにも関わらずその本体でなく、表層をなでこするような

もの、「木をみて森を見ず」なのだと思います。

 そして不思議なもので、関係が深まると自閉症スペクトラ

ムのこどもたちも必要な場面ではこっちを向いてくれます。

それは、依存の保障、行為をはさんだ共同共感、こどもの

興味関心をはさんだ大人からの意図的な働きかけなどをし

ていくとおこるもの。

・関心があるから見る。

・やりとりそのものに動機があるから見る。

これと同じような現象に「ことば」の遅れに対する支援があり

ます。ことばはある意味結果なのにもかかわらず、「ことばを

増やす、しゃべらせるアプローチがありますか?」というお尋

ねはまだまだけっこうあります。

大部分において陽性症状(特異な行動)は指標でこそあれ

直接アプローチするターゲットではありません。

それは問題行動への対処が支援でないのと同じです。

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