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反構造化論に対してどう語るか?

 保育現場には視覚支援、構造化についてまだまだ根強

い反発があります。

ひとつには、「そんなことまでしなければならないのか?」と

いうサボタージュタイプ。そこまでしなければならないのは

保育の役割ではない。療育に行けみたいな論理です。

もうひとつは、「大人がこどもをコントロールするための方

法論なのでは?」という批判です。

前者は気になる子、発達障害児のケース数、支援の実態

をご存じなく自己完結した保育をされている方に多いよう

です。

後者はけっこう痛い所をついてきています。

実際、簡単に絵や写真を見せてそつなく流れに乗せること

のみに腐心している、表層的な理解の現場も残念ながら

少なくありません。

これは本当にダメ。

視覚支援や構造化は自立のための環境整備、情報伝達

であり、本人にその実施の主体があります。だから、本人

にそった改善や試行錯誤が必要でステップアップも必要

なものです。

環境の意味を捉えられない、手順や手続きを保持できない

こどもたちの特性を支援するためにこうしたものの利用は

行われるもので、行われるべきです。

こういう事実を理解した時には簡単に批判はできないはず

です。

関連して「こういうものを見せるから覚えられない。」という

批判もあります。

これも同様の認知特性に対する無理解です。

じゃあ鍛錬すれば覚えられるのか?一体いつまでどのように

鍛錬すれば覚えられるのか?注意叱責なしにそれをやれる

というのか?できない、わからないために不全感や自信を喪

失していく彼らは放置されていいのか?

そういう点でいえばそつなく集団に乗せる支援であっても乗れ

ない苦しみを与える位ならばすべきではないかと私は思って

います。

そして、こどもの育ちの多様化、保育に投げ込まれるニーズ

役割の多さの中で、個に寄り添う支援が難しかったり、ヒトと

いう資源によって支援することが難しくなったりしています。

でも支援を途切れされないためにはこうした手だては補完的

で不可欠なのだと思います。

さらにはユニバーサルデザイン、インクルーシブの目的で、

視覚支援、構造化を用いることが重要です。

こうなるとこの技法はクラスつくりの方法論であり、伝達の

ための保育者の技術になります。「お話しをみせる」といっ

た意味合いや気になる子や発達障害児を巻き込む保育の

展開です。

もうひとつ重要なこと。

そつなく集団に乗せるようにみえる設定度の高い保育場面

の一方で、余裕や間合いをもって個に接する、仲間をつな

いでいく保育場面もちゃんと持ちたい。

昔よくあった自由保育か?設定保育か?の議論と似ている

と思うのです。正直、無意味。

両方必要なんだから両方すべきで、どっちかしかとれないの

であれば好きな方とればいいのです。

へんな二者択一や路線闘争しても意味はないのです。

二元論で現実を語る無意味さは時代が証明しています。

保育の幅を広げる意味で、選択肢を多く持つことは重要。

道具をどう使うかは持ち主次第。

ただ、すべてはこどものため。

大人のこだわりの、形式的な「保育とは!」ってけっこう邪

魔なことがあります。

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コメント

おはようございます。
おっしゃること、良く分かります。
絵カードが、子どもに“言う事をきかせる”ためのてだてになってしまっているとしか思えないケースがありますよね。批判的な人たちの中には、これを敏感に感じて生理的に嫌っている方もいると思います。こうしたケースでは、子どもがちっとも楽しそうじゃないからです。自分の思い通り子どもを動かしたい気持ちが強い支援者が、中途半端に聞きかじった知識でこうした手法を用いるのが一番厄介だと思います。“分からせた”つもりになっていても、子どもは“分かって”動いていないからです。
“言う事をきかせたい”タイプの方は、実は大人に対しても同じようなかかわり方をしたりします。それが、反感を生み、実践への不信感や批判となり・・・。困ったものです。

投稿: hige | 2010年9月 5日 (日) 06時41分

 higeさん、ありがとうございます。
お返事遅れて申し訳ありません。
最近思うのです。
たいていの場合は大人の問題なのだと。
追加の記事も書いてみました。
目を通してみていただけますか。

投稿: けやき堂 | 2010年9月 9日 (木) 04時59分

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