« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »

2010年10月

ユニバーサルデザインのその後

 同じような仕事をしていて、私のやっていることもよく知っ
ていてくれるある先生とある会議で一緒になり、雑談しばし。

「ユニバーサルデザインの次って何でしょうね?」という問
いかけをいただきました。
そんなこと考えていなかったのでフガフガしていると、
「それでも難しい部分を個別的に支援していくことが必要
なのでしょうねえ…」とお答え頂きました。

そうなのでした。
ユニバーサルデザインというのは支援の入り口なのでした。
基本にして極意なのでしょうけど、それですべては解決しな
い。
よく考えたら私の語り口も、世間の個へのまなざしが弱す
ぎるのでクラス作りやわかりやすい授業、活動、教室つ
くりに切り口をかえて提案しているのでした。

先週、新しい「特殊教育学研究」が届きました。
ある実践研究の中でクラスワイドな支援を先行させてから
個別的な支援を行い、積極的行動支援を行ったらうまくいっ
たというのがありました。
なるほど…
発達に課題をもっているこどもたちが困っているようなことは
みんなも困っているのだから基本丁寧な支援をしていく。
その方法論は従来のものだけでなく、発達障害の登場で我
々が知った認知特性に応じた支援というような発達科学、認
知科学のようなものも応用されていくべきものである。
そして、そこにあまる部分を個別的に支えていく。
クラスが回る支援でもなく、クラスにはまる支援でもなく、クラ
スのみなが育っていく支援。
それがユニバーサルデザイン。
そういうことか。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

青年たちへのSSTで気づいたこと

 以前書いたと思いますが、就労トレーニングのこどもた
ちにソーシャルスキルトレーニングをしています。
いろんなプログラムをやってきましたが、先月ぐらいから
「職場対人技能トレーニング」と称して問題解決学習をし
ています。「こんな時どうする?」という副題をつけました。

「あなたが会社に行く途中、自転車がパンクしてしまいま
した。どうしますか?」
→「空き地において会社に行く。」
 「そのまま乗っていってちゃう。(遅刻するので)」
こんななんともおかしな珍答が続出しています。

一方で、
「仕事が今日中に終わりそうにありません。どうしますか?」
→私は責任持って仕事を行う、残業を含めてという方向の
課題で出したつもりでしたが、出てきた答えの中に「相談し
て手伝ってもらう。」があってびっくりしました。
関係がしっかり意識されています。

もうひとつ
「ハムソーセージをつくっているあなたの会社で2種類の違
ったセットをつくって販売します。毎日100箱づつくります。
間違えないようにつくるためにはどうしたらいいでしょうか?」
なんて仕事の手順や方法論を考えてもらう出題もしてみま
した。
懸命に考えたこたえがたくさん出ました。

 このプログラムになって気づいたのは、マニュアル的な
正答をひとつ出さなくてもいいなということです。
たまたまかたいタイプはいないということもありますが。
この子たちもそんな正答はまあ、こたえられる。
その答えを導き出すより考えるプロセスだったり、出した
答えを受容されることが大事なのだろうと感じています。
対処法の蓄積がSSTではないはずです。

そして般化の難しさはここでも感じています。
名答をいつもする癖にいつももめているメンバーがいます。
けれども、般化なんぞは端から期待していないのです。
いつも揉めちゃうからこそ、言ってることができない彼だか
らこそその良いこと言えたことを褒めたいと思うのです。
般化は期待しない。
自分で答えを考えようとすることを期待する。ヒトとつながっ
て生活しようとすることを期待する。
SSTの本質とはちょっと違うのかもしれませんが、たどり着
いたことです。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

増えているタイプ

 発達障害者支援センター主催の研修会のお手伝いに。
講座終盤、事例を持ち寄り療育の方針をたてるという学び
です。
私が担当したのは学齢期の支援です。
学齢期というくくりだけで、特別支援学校、特別支援学級、
通常の学級、施設福祉現場からと全県から多様な職種が
参加しています。

事例のアセスメントを拝見し、お話しをうかがっていて思っ
たのは、やはり高機能で過敏なタイプが増えているという
ことでした。
特別支援学校からあがったケースもかなり認知的には高
いステップに到達し抽象理解の入り口に居るこどもたちが
多かったです。
そして、一方かたい。パターンに依存しすぎていたりするの
です。

センターのスタッフで特別支援学校からの出向の方が見解
を教えてくれました。
特別支援学校では…
・きっと従来の重度タイプ、自閉症の割合はかわっていない。
・やはり高機能タイプは増えているのだろう。
・そういえば単純性の精神発達遅滞は減っている感が。
・ダウン症のこどもも減っているかもしれない。
なるほど…

支援の方針つくりでは、かなり面白いやりとりを伺いました。
「授業にはとりくめているのだけど…」
「作業にははまっているのだけど…」
と学校生活の鋳型にははまっているけど、生きにくい個の
あらわれを見通す視点をもって話し合っていたのが特に
印象的でした。
それから、授業の鋳型をしっかりつくることでこどもたちが落
ち着いていったという実践も興味深かったです。
ワークシートは教科共通、授業の形式も共通。
すると、「かたい」こどもたちもそこにはまり、内容に入ってい
くのだそうです。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ユニバーサルな運動会

 幼児期の事例検討会でのこと。
話題は「気になる子、発達障害児にとっての行事とは?」
という話題になりました。
ちょうど運動会たけなわというシーズンなので。
いろんな話題になりましたが、ちょっと面白い実践をはじ
めた園が2園。

サーキット競技、練習の組み立てをかえたというのです。
ある目標、競技の流れに向かって緊張して練習を積み上
げて発表するというこれまでのがんばる方法を止めたとい
うのです。
サーキットなので、鉄棒や跳び箱、雲底等を流れてクリア
していくのは同じなのですが、何人かが一斉に動き出し個
人がそれまで練習してできるようになったやりかたでその
課題にとりくんでいくというのです。
結果的にできる、できないに大きく左右されませんし、届い
た所がみせる所になります。
そして、だからといって、練習もおざなりにはならないのだ
そうです。
個人がいかにステップアップするかという点で目標を先生
と決め、チャレンジしていくというのです。

 うなってしまいました。
これは保育のユニバーサルデザインの優れた実践ですよね。
育ちの多様性を支える取り組みです。
もちろん、従来の緊張を与えて成長してもらう競技もあり、勝
敗のつくリレーもあるのだそうです。

「うちの園ではがんばる力を大事にする運動会を進めている
のだけど、運動の苦手な我が子の運動会が今年からこの
評価にさらさないやりかたになって親としては安心した。
ちょっと矛盾があるのだけれど…」
とある先生がおっしゃったのが印象的でした。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

こんばんは〜

以前何回か登場した不安の強いAくん。
夕方、園内をいっしょにぶらり。ふらっと入った図書室に園
長先生が居て逃げてきました。
「こんばんはぐらい言ったらいいのにねえ…」と何にも期待
せずに声かけつつ動きだすと、さっと戻って「こんばんは〜」
と言ってきました。
園長先生に「お〜」と喜ばれて後ろの扉からもう一度「こんば
んは〜」。
それだけのお話です。
そして最近なかなか無かった嬉しいお話です。
それだけです。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

学籍をかえるということ

 あるおこさん。
一年生は通常の学級でというチャレンジで入学しました。
けれども、やはり難しく移行に向かって準備していこうと
学校と相談しているとのことです。
穏やかなおこさんでみんなの中でまあ居ることはできて
います。学習も視覚的な類推、カタログ的な理解をもとに
行うものはやれています。
そうは言っても言語的な内容理解表出は難しく、本質的な
参加もできているとは言えません。

おうちの方とお話ししました。
学校に学籍の移動は仕方ないと思うが、学習の保障と集
団参加の保障をしてくださいと言ってきたのだとのこと。
まったくその通りなので支持しました。

というのも、学籍の移動はどうも通常の学級でやるのが難
しいから籍を代えてという文脈で語られたようなのですが、
それは違うのです。
学級を代えた方がその個の学びの保障になるから学校は
提案するのというのが本筋です。
残念ながらこの子の今の担任、日々の中でのちょっとした
配慮もなかなかできにくく、家族のお願いもできないできな
いばかりです。あげくのはての難しいから学籍移動をという
言い回しで御家族は怒り心頭でした。

そんな感じの提案ですから、この学校学籍を移した後も学
校の事情と都合で色々なことを進めていく可能性はありま
す。
だからこそ、「学習と参加の保障を」と本質論を家族の希望
で訴え続けていく必要性はありそうです。
そうしないと学校の都合がやれないから交流できませんに
してしまう。交流ができるように全体を整えるべきなのに。

「腹が立つけど、この子のための言うのなら…」
大人のケンカに問題をすり替えないこの御家族に頭が下が
りました。
きっと、この親御さんだけでなく本人も強いジレンマがあるは
ずです。がんばりたいけどがんばれない。みんなと居たいけ
どわからない。

特別支援教育がはじまっても何も解消されていないのです。
「みんなと」、「個に沿った」の両面保障はされていない。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さすがの担任にさらに発注したこと

 特別支援の巡回相談でのことです。
以前から発達障害児も巻き込んだクラスつくりに心を砕い
ているある先生とお話ししました。
許容度が高く、こどもたち相互の仲間をつなぐ支援で特性
のあるこどもも柔らかく過ごすことのできる場をつくっている
先生です。

ケースをあげてくれましたが、どんな個でもそれなりにみて
くれるはずなので「どうして?」と尋ねました。
それは確かにそうなんだけれどケースの存在を校内に伝
え、事実を共有していくためには文書にしてエントリーしてい
くことは重要だと考えているとのことでした。
自分はどんな個でも包み込んでやっていく自信はあるけれ
ど、自分以外の教員がその個と出会う時のことを考えてお
きたいとのことでした。
その通り。おっしゃる通りです。

 我々が気を付けなければならないのは「支援を名人芸で
終わらせない」ことだと思っています。
高い支援技術は伝承共有されるべきですし、コツをつかん
だヒトの役割はそれを拡大していくことだと思います。
そこで以前からこの先生に次にお会いしたらお願いしよう
と思っていたことを頼みました。

それは、授業案・指導案に発達障害・サスペクト児への配慮
を明示することです。
これってやっていそうでやっていないことですよね。
日常的にしている彼らへの配慮を当初から様式に織り込む
ことでユニバーサルデザイン、インクルーシブを進めていく。
みんながみる文書様式の中に提案を織り込んでいく。
「そうだねえ~」と快諾していただきました。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世話焼きと支援

 最近疑問に思ったことです。なぜか似たような事象2点。

 我が社のサービスを利用する中止するという手続き論の
お話しなのですが、本来それは利用者自身または御家族
の側から出てくるべきなのに学校とか園が仲介に入って変
に話がややこしくなるのです。
伝わるニーズが家族のニーズではなく、園や学校の都合と
事情をばっちり挟んでくるのです。
正直言うとそんなの知りません。
サービスの利用にあたってはまったく考慮に入れない事柄
なのです。
どうやら仲介する側は家族の代わりに我が社とやりとりし、
仲介してあげたこと調整してあげたことで自己満足している
ようなのですが、これは完全な援助妄想なのだと思います。

というのも、家族自身が必要な声をあげる、必要な手続き
をするという機会を支援者は奪ってはならないのです。
エンパワメントという言葉はあります。
これは本人が自分で選択していくことの大切さを表現した
表現です。
仲介業者の自己満足を積み重ねていくと、そこに利用者の
側の依存が必ず生じます。それがこわいのです。
それは援助が必要な本人や家族も居ます。
けれども、そこで支援者がやってはいけないこともある。
声をあげるんだよ、手続きはこうだよ、担当者はあのヒトだよ
というイントロダクションはしてあげる。
でも、それをするのは、本人家族である。

支援者は近所の世話焼きさんとは違うのです。
世話を焼いてあげることで満足してはいけない。
好意の無関心や、自分が動かない支援も時にはあります。

私、ひとつのケースには思わず一喝してしまいました。
「あなたと利用契約交わす訳じゃないんです。」

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教材教具論④

 高機能のこどもたちの教材教具について考えてみます。

 大事なことは学びが、学びのための学びにならないこと
だと思うのです。
「あなた、そんなこと知らなくてもいいからもっとヒトの仲良
くできませんか?」
ということにならないためにも知識や理解が関係とつなが
っていることが重要だと思うのです。
カタログ的な知識をどう関係とつないでいくか。
ゆたかなカタログをいかに関わりの道具としていくか。
これは大事な視点なのかなと思っています。

そして、もうひとつ。
視点の変換ができるということにも導きたい。
うまくやれるということは他者の立場に立てるとか自分の
思考を変換できる、洞察できるということです。
同じ物を違う位置から眺める。
相対的な関係を理解する。
そんなこと大事だと思いませんか。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教材教具論③

 自閉症・発達障害児の教材教具のあり方は発達段階に
合わせて「具体から抽象へ」とあるべきです。

よく考えてみればしごく当たり前のことなのですが、発達と
いう思考が飛んでしまうと「見せればわかるヒトたち」だけ
が独り歩きしてしまうようなことが起こります。
「見せたけどうまくいかなかった。」と支援ツールの使用を
断念する支援者がいますが、それはその支援ツールがそ
の個の認知特性にあっていないか、支援ツールという絵、
写真、文字などを理解できる発達段階にないかどちらか
だと思います。
絵、写真は具体物、半具体物ではありません。
もう抽象的な媒介物になっているのです。
かなり知的に重度なおこさんでも写真ならわかってくれる
場合がありますが、それは彼らの認知特性ゆえの産物で
いつもうまくいくとは限りません。

ということを考えると
①具体的世界の理解から抽象的な操作認知へ
②視覚から言語(意味)へ
が教材教具と支援の展開になるはずです。
まあ、けれども②が難しいこと。
視覚的な提示発問→視覚、具体的な再生、再認はそれな
りにしてくれますが、言葉(意味)での発問や応答への変換
にはかなり苦労しますね。

そこで重要なのは視覚的抽象媒介を使って、関係や状況
が理解できるようにしながら、言葉(意味)とつないでいく教
材だ思います。
表のようなもの、マトリックスの構成とそれを使った操作応
答再生再認です。
・時系列に沿って並べる
・だんだん大きく、小さく
・赤い犬、みどりの犬というようなカテゴリー分類
・~の上下左右隣は?~の次は?
というような使い方ができると思います。
物に名前がついていることの次は動作や状況、関係、構造
の理解が必要になります。
そこを支えていくのが必要なステップと感じています。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

難しい…

ちょっと考えてしまうことです。
前回ともつながっています。

ある成人男性のお話です。この方とは中学生から15、6
年のお付き合いですからそろそろ30代。
発達段階は1歳代です。いまは珍しくなりつつある単純性
の精神遅滞で、言ってみれば「永遠の1歳児」です。人懐
っこく折りに触れて共感と共有を求めてきます。
ただ正直、状況に関係なく一方出しでしつこいのです。

難しいと思いませんか?
大事な育ちですが、年齢で期待されている育ちとのギャッ
プが大きくなるとそれは行動問題にもなりうる。
象徴的話題で、適応はまわりとの関係によってなりたち本
人の育ちとの関連はなかなか難しい…

求められるものは毎年変わる難しさ。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教材教具論②

前回の続きです。
先日、ちょっと調べものしていて出てきた知見にはっとしま
した。我々の実践の裏付けになる事柄だったからです。

それは「共同注意と定位行動は同期的に発達する」という
ことです。指差しに着目でき、自ら用いて共感を求めようと
するのは8カ月から1歳ぐらいのあらわれです。
これはとても大きなあらわれで、発達障害の早期発見には
重要な指標にもなります。そしてこれは支援目標でもありま
す。
定位行動とは「物をくっつける、のせる、入れる」という一方
向の、運動の終点のある、手の運動のことです。
この操作がはじまり高まる頃、共同注意共感への同期も高
まるのですが、物を結びつける行為と関係への意志はどう
やら連動性があるというのです。

重度児や初期発達の子ども達の操作課題はこの定位行動
です。
口の受容や常同行動的な操作段階から物を目的的に操作
することは次の発達課題ですが、ここから認知操作や弁別
課題がはじまるといってもいいのです。 一方向で、ゴールの
ある操作は目的志向的であり、課題の意図としても最も初
期的で簡単なものです。
それを行うことが関係を紡ぐという知見は支援実践を支えて
くれそうです。
そんな観点では健診で積み木を積んでもらうことにも意味が
あります。積んでもらう操作と緊張を共有しながら積めた喜
びを共感できることは大切な初期関係です。
ことばがなくとも簡単な操作を挟んでやりとりをする。目的を
共有することを喜ぶ、この喜びの共有自体を目的にして過ごす。
そこなんですねえ。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

教材教具論①

 発達障害児と接するのに教材教具はとても重要です。
最近、ちょっとまとめて考える機会があったので備忘録
も兼ねて記事を書きます。

彼らとの暮らし、支援の中で教材教具の重要さがあるのは
彼らの特性や主障害を想起すればわかります。
コミュニケーションの内容や質、動機に困難があり、意味で
ある言語を介したやりとりに課題を抱える彼らとやりとりす
るためには、視覚的なものや行為、操作が絶対に必要なの
です。
「みればわかる、みてみてやってみたい」が不可欠です。

そして、何よりの根幹はその具体的でわかりやすい、認知
操作的な教材教具を通して、他者の意図に乗るというトレー
ニングをすることが支援の根幹なのだと考えています。
好きでわかりやすいものを題材に自分の感じ方ではなく、
自分のペースでなく課題活動に内包された意図に乗ること
が関係性の支援になるということです。

このことに気を付けておかないと認知だけが拡大していっ
てしまうことがあります。
これは支援者の責任だと思います。
認知教材だけを用いすぎない、知的な力の伸張だけに心
を砕かないというのはポイントのひとつだと考えています。
「あなた、そんな難しいこと知らなくてもいいからもっとヒトと
仲良くしてくれません?」という高機能タイプのおこさんの
存在を思うとき、目を惹く教材教具を用いてヒトに向かうトレ
ーニングの重要さを感じています。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

かわいくてねえ

 療育教室利用児のAちゃん。発達障害サスペクト児です。
マイペースですが、ヒトは嫌いじゃあありません。
でも、マイペース、一方だし。

朝の会でのこと。
いろんな方法で出欠をとっています。
(この色々がポイントで理解が確認できます。)
「お名前はなんですか?」で名前を述べてもらう方法もや
っています。

このAちゃん、尋ねられると明らかにふざけて
「ゴモラです。(ウルトラマンの怪獣)」とこたえます。
まあ3回に1回ぐらいでしょうか。
一喝され100%やり直しを食らうのですが、私は(たぶんA
ちゃんも)このくだりが好きで面白くてたまらないのです。
だってゴモラですよ。
意図が通じない、こたえられないのならまだしも、問われて
いることがわかっていて平気でふざけて「ゴモラです。」
ゴモラの語感も面白いのですが、おふざけを共有できる、
明らかに試されている感じもたまらないのです。
まあ、難しいこといえばユーモアを解する、おふざけで共感
できるこのAちゃんの育ちはたいした力でこの個のもつ資源
なのですが、大事なお名前尋ねられて「ゴモラです」はなかろ
う…

面白いです。
かわいいねえ。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

父親の特性理解、障害受容

 ある父兄のつぶやきです。
父親がおこさんの特性をなかなかわからず高い要求水準
で関わるのでうまくいかない。
へたくそ同士でやりあうので家人は大変だと…

なるほど。
これってけっこうよくあることのような気がします。
発達障害を理解するのは本当に難しいことです。
大勢なおかつ長年こどもばっかりみている専門職でさえ、
まだまだ解りきらないのに御家族が困惑するのは当然だ
と思います。
家庭は集団でもないので、集団不適応が主訴のこのこど
もたちもそこそこ暮らしているのです。
それでも不思議なもので、母親は女親は女性陣はいつの
間にやらおこさんの困難や特性を引き受けて子育てを始
めて行きます。

 一方、父親の理解や受容は母親のそれとはちょっと違う
気がします。
父親の理解や受容の発達段階は母親とは違うとでもいえ
るのでしょうか。
やはりちょっと時間が必要で、試行錯誤が必要なようです。
私は「父親ってわかってくれないもの」とは言いたくありま
せん。
経験でしかありませんが、父親もわかっていない訳ではな
くどうやら引き受けるのに女性陣より時間がかかるようです。
ただ、この時間差が子育てについては家庭内でのうまくい
かなさになりやすく、母親は「怒り」になること多いのです。

 けれども見ていると、いまひとつ胸に落ちないながらも父
親は今の父親の観点でこどもに関わろうとしてくれている
ものです。
私はそのことを大切にしてほしいと思います。
かあちゃんとはかわいがり方は違うけれど、下手くそでか
えって争乱の種だけれど、時間が掛かってこどもより世話
が焼けるけれど、ちょっと待ってくれれば頼もしい役割を果
たしてくれるものです。
お父さんが役割が必要な場面はけっこう出てきます。
それが機能するのは先かもしれませんが、ちょっと待ちた
いものです。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

すてきな担任の話

 あるケース会議でのこと。
年少さんの担任の先生からケースが持ち込まれました。
まだまだお若いこの先生のクラスは20人弱だそうです
が発達害またはサスペクト児が5~6名在籍中とのこと。
きくと、それぞれのおこさんがかなり特徴的ではっきりし
た特性を備え、診断もついています。
それではさぞご苦労で困惑されているだろうなと思いき
や、「今日はこの会をとても楽しみにしてきました。」とな
んだか明朗闊達なコメントをちょうだいしました。

果たしてあがったケースは特徴的ながら特性を押さえた
支援で確かに変容を遂げています。
話題は家族の理解のことになりました。
相談、チェックをたくさん受けているものの肝腎な所はな
んだか回避しがちなお母さんです。
どんなやりとりをしているか、この子の状態像をどんな風
に伝えているか教えていただきました。
「みんなの育ちがどれぐらいで、この子の今の育ちが
どれぐらいかを伝え、今ひとつひとつの場面で支援が
必要なこと、支援の内容を伝えています。
そして、その個別の支援を私が一年間しますよとお伝
えしました。」

とのことでした。

 「個別の支援を私が一年間します」といえるこの先生、と
ても素敵です。
この言葉、この断定、なかなか言えないものです。
確かなアセスメントがあり、個の育ちを引き受けていこうと
いう姿勢があり、なおかつ家族と共感しながら引き受けて
いこうというあたたかい構えがあります。
特性のある個への支援から逃げていない姿勢。
そんなこどもたちへの温かく包容的なまなざし。
このヒトは人物だなと思いました。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年9月 | トップページ | 2010年11月 »