« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »

2010年12月

私はこんな風に面談します。

 年明けに家族支援の研修をします。資料として自分の面接
スタイルをまとめています。

まず仮に面接のポイントやゴール設定をする。

「仮に」というのは話しながら修正することが多いから。

語りだし 家族の構えを解く、ラポート・リレーションをつくる。
・来談の
謝辞から、そしてこどもをほめる、肯定的な注目、面
白さ、強い力、得意、
好き、変容を端的に指摘することから

その後は面接の目的に寄りますが…
評価伝達を中心に組み立てていくことはしない。評価伝達と
聴取はリンクさせていく。
→家族の理解、家庭でのあらわれとこちらの評価を結びつけ
ていく。

・「発達障害」ではなく「発達の凸凹、アンバランス」という表現
周囲との差異ではなく、「こども自身が困っている、苦労して
いる」という現象、語り
具体的に凸凹、アンバランスを評価と聴取で明らかにしつつ
共有。
→具体的に共有するためには特性理解(知識)が問われ、家
族の子育てのしにくさ
に添っていく必要がある。(ここは共感性
と胆力)

評価の後には手だてを必ず添える。
次の機会、次のサービス等を明示する。
→手だてや面接のステップ、支援サービス=ゴールが用意できな
ければ面接しない。

最後にもう一度 こども、家族を褒める、ねぎらう。「一緒に心
配しましょう。」

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

発達障害の経過と多段階支援システム

 母子保健の研究会の席上、興味深い発言がありました。
「生涯学習の検討会の席上、健診で発達障害を見落としてい
ると言われることが再三ある。そうではないと思っているが?」
とのことでした。
そうそう、これってよくあることなのです。

大勢として健診で発達障害は見落とされてはいません。

発見されていない訳ではない。家族と共有されていないのです。
集団で顕在化するあらわれは家族には理解されにくいのです。

この家族との共有のしにくさやこどもたちへの支援のしにくさを
とらえてもっと早くとか手前のライフステージでと思いがちですが
それはナンセンスです。
というのも、それぞれのこどもたちの課題、困難が顕在化する
時期はまちまちで幼児期にはうまくやれたけど、学齢期、学習
でつまずくとか小学校から中学校でつまずく等と多様なのです。
単純に乳幼児期の早期発見、早期支援ですべてが解決する
ものでもない。

 さらには、特性から障害まであらわれは多様で、カットオフポ
イントをどこにするかは難しい所です。
適応しているけれど特性があるヒトが発達障害か?ということ
です。チェックし過ぎると、拾いすぎると支援できなくなる。
見守りも多すぎると放置と同じです。

 一方、ある側面からいえば「発達障害は発見できていない。」
というのはひとつの現実としてあります。
現行の3歳児健診では、高機能群は通過してしまうのです。
別の記事でも何度か書きましたが、カタログ的な知識や応答が
可能なこのヒトたちは個別の直接法では通過していまいがち
なのです。
それでも応答やあらわれの特異性をみることのできる感度や
知識の高い保健師さんは対応することができていますが、
そんなヒトによってぶれてしまうことは問題。
このあたりを改善し、編み目を丁寧にという工夫が始まっていま
す。
・従来の健診のありかたの見直し
・保健師のスキルアップ
・集団で顕在化をターゲットにした園との連携、5歳児健診等

こんな事実を重ねて考えてみると、大事なのはスポット的な早期
発見、早期支援ではなく多段階支援システム、ライフステージを
通じた支援であることがわかります。

自分のライフステージで起こっていることの現況が手前にある
なんて論議は偏狭ですね。
まあ、ヒトは自分の状況でしかものを捉えられませんから仕方
ありませんが。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「育児不安」

 ある調査研究を拝見しました。
全国の健診実施施設にアンケートをとり、ターゲットにしている
のは何か?と尋ねた所、主なものは次の5つなのだそうです。
①疾病の発見
②育児不安の発見と軽減
③発達の評価
④虐待の発見
⑤発達障害の発見

言ってみればこれらは現在のこどもの育ち、子育てにおける
課題そのものです。
ちょっと待てよと思ったのは、②「育児不安」という観点で子育
てを支える視点がちょっと我々弱いなあということです。
家族支援という語り方がありますが、その中核部分にこの不
安感があるはずです。

どうしても子育て支援現場にとって家族は「こどもにとっての…」
になりがちでそこを外すことはできないものですが、これだけ
子育てが難しい時代になると育てる側を主体とした語りや支援
のまなざし、手だてが必要なのだろうなと思いました。

そこで必要となってくるのは、こどもと子育てを時には客体と捉
えるようなクールさです。
「援助妄想」なんて言葉があるように支援者は「こどものために、
大人は身を投げ打って…」みたいな構えになりがちで、そのつな
がりで「あの親は…」に向かっていってしまう。
そこをパッと切り替えて家族のまなざしで文脈でこどもと子育て
を見つめ直してみる。
そこで見えてくるものはたくさんあるはずです。
・個の育てにくさがみえてくるかもしれない。
・子育てが相互作用でなりたっていることがみえてくるかもしれ
ない。
・家族でない個人としての家族の思いや状況がわかり、今は
タイミングでないということがみえてくるかもしれない。

「育児不安」
大事にすべき支援カテゴリーだと気づきました。
かなり大きなカテゴリーで丁寧な理解と分析が必要ですが、来年
はここに光をあてていきたいものです。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新しいチャレンジでみえた課題

 私の提案を受けて保育園の中で、発達障害児・気になる子
の抽出グループ指導をはじめてくれた所があります。
けっこう先進的なとりくみで、発見も多いようです。
この取り組みに対する視点や感想をうかがって課題がいくつ
か見えました。

・劇的な参加ができたこどもにとってのこのやり方の意味
のとらえができないスタッフ

小グループでのちょっとした活動ですが、劇的に座れたり、
仲間とつながったりとクラスとはまったく違うあらわれを見せて
いるこどもたちがあるようです。
このことはみんなで喜んでいるのですが、「なんでだろう?」と
言っているスタッフの姿に私は「うーん。」
刺激の少ない場面、褒められる場面、柔らかく参加できる小集
団が用意されたこと。
個の発達段階にあった内容が用意されたこと。
ここが理由のはずですが…

・グループ指導の目的がクラスに帰ること?
前と関連するのですが、どうやらグループ指導の目的がクラス
でうまくやれることというおさえをしてあるようなのです。
それは一面的過ぎます。
発達にあった学びの場がリソースルームです。
決して緊急避難の場でもないし、過渡期の場でもありません。
クラスだけがこどもが育つ場所ではありません。
わかりました。
クラス至上主義で考えると、グループ指導で変容したこどもたち
の姿はとらえられないのです。

こどもの育ちが多様になってきている以上、育ちを支える手だて
も多様であってしかるべき。
クラスでこどもは育つけれども、それに固着すべきではない。
場にはめることが支援と勘違いしてしまうことも多いのです。
事実今度はこのグループ指導にはまらない個が出てきて、どう
したら?なんていう議論がはじまっています。
それはナンセンス。

こんな風に課題は多いのですが、はじまった新しい実践に期待
して応援したいと思います。
なんたってはじめたから見えた景色なのですから。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ふりかえり」という技法

 最近、感じるのです。
「ふりかえり」って大事な技法だと。
特に行動化が激しいヒト、イライラしてしまうヒト、二次障害の
関連像の中に居るこどもたちにとっては有効かなと思ってい
ます。

もちろん、入り口の支援としては見通しや手順、スケジュール
は重要で行動の羅針盤は示しておく必要はあります。
ただ、こういう方法で示される課業には乗れることが多く、そ
こでどう振る舞うかとかそこで展開されている関係の中でどう
振る舞うかということが課題あるこどもたちです。
「やるべきことは、まあ、やるんだけれど…」

そこで次にソーシャルスキルトレーニング的なあるべき姿は明
示教示すべきなのでしょう。
大事なのは「こうすべき」だけでなくて、その結果ハッピーという
のが共有されること。
うまくやりたい、そのために自分をなんとかしたいという根っこ
の育ちが必要なのです。
そのためには「ヒトを好きになる」素地が支えられていなければ
ならないと思うのです。
「教えたでしょ、だからちゃんとやんな!」じゃダメなのです。

一方、同時に契約-行動形成的なアプローチも用意しておきた
い。
「うまく関わりたい。」という価値的なるものの育ちが弱いタイプ
もいます。そこまでの発達段階に届かないこともあります。
そこで重要なのは応用行動分析的手法です。
「行動問題には着目せずよきあらわれを強化する。」
この一点重要かと思います。

そして、最近重要だと思っているのは「ふりかえり」です。
セルフに目がいく発達段階に到達したら「ふりかえり」は重要な
手だてだと思っています。
前述のようなアプローチや支援は外からの支えです。
それだけではうまくいかないことは多いのです。
行動修正には内発的動機付けも大切。

大事なのは「ふりかえり」のタイミング。
困難、トラブル直後の反省的なふりかえりはそこそこにしたい
ものです。
穏やかな時間に、受容的な関係のある大人と、ふりかえる。
構造化されたふりかえりで、いいも悪いもふりかえる。
大人はただ聴くことから。

行動修正へのアプローチ、まとめてみました。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

苦労が垣間見えた瞬間

 青年達への就労支援SSTでのこと。
導入と非言語コミュニケーションでのやりとり体験をして
もらうためにゲームを必ずやることにしています。
そんな中のちょっとした場面でこの子たちの苦労が垣間見
えることが少なくありません。

・伝言ゲーム
 ちょっとした記憶が難しいヒトが少なくない。
文字で渡してもそれが難しいタイプも。
短期記憶、作動記憶の困難。音韻の保持記憶の難しさ。
・しりとり
 こんなものできるに決まっていると思ってやったのですが
案外難しい。語彙の少なさ、視点の狭さ、中にはしりとりと
いう関係把握が難しいのだろうなというのもみえて。
ひょっとしたら言葉は性差もあるのかもしれない。

就労支援現場ではなかなか認知のアセスメントはしていな
いのかもしれません。
しかし、これらのエピソードは一定の生活力や作業能力が
あってもこうした認知のゆがみがあっては就労という包括的
な場面では苦労するということがうかがい知れました。
「わかるはず!」「できるはず!」にみえてしまう彼らのつま
づきをきちんとおさえて支援していくことが必要です。
まだまだ就労支援現場は鍛錬主義。
認知特性に応じた支援に方向付けたいと感じました。

メモのとりかたというプログラムを導入しました。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「早期発見」に見える景色

 診断がついたばかりという2歳のおこさんとおかあさんに出
会いました。
懸命なお母さんの意欲的な姿勢に打たれました。

特徴的なおこさんですが、他者への関心はあり、ニコッっと笑
みを浮かべたり、1歳の応答性のようなものはありました。
「いいねえ~」なんてお話ししていると、お母さんが「そんなこと、
はじめて言われた。」とおっしゃるのです。
「特性が強い。」
「手強い。」
「早めに療育を!」
「2歳代では支援現場ではすることがない。」
なんてネガティブなことばかり言われているようです。
考えてしまいました。

家族との共有は容易でないのかもしれませんが、個の様子を
伝えるのにネガティブキャンペーンしかしないというのはどうか
と思います。
チェックするのが役割の早期発見従事者は「みたて」が仕事
です。
そんな中でケースと経験が積み重ねってくると勘違いしてくる
ように思うのです。何も知らない家族に客観的な、その多くは、
遅滞や特性のような断定的な情報を伝えると仕事している気に
なると思うのです。
そして、早くしろ、こんなサービスを使え、家でこんなことをしろ
と他者をコントロールし方向付けていくと勘違いをしてしまうと
思うのです。仕事している風で、先生風で。

違う。
本当は困難を見つめると同時に、その個の持つ資源を見出さ
ねばなりません。
相手をコントロールするよりも相手の選択を引き出すような、
思いを引き出し添うようなやりとりをしなければなりません。

2歳代。
生活習慣よりも障害特性が強い時期で、特性は強く、やりとり
が難しく家族は困惑しています。
生活しにくく本当に苦しいのです。
だから支援が必要なのです。
特性が強いからこそ介入や方向付けの成果があります。
特性が強いからこそそれをはさんでどう対応するか家族とお
話しやすいのです。
特性が強いからこそこどものことばかりでなく子に向き合う家
族の心や生活にまで目を向けて、サービスの利用やとにかく
生活がまわることを一緒に考えたいのです。

2歳代。
支援現場でやれることは山ほどあります。
自分の世界で暮らしている彼らを、生活の中で他者との関係
の中へ巻き込んでいく。
ヒトを好きにする。ヒトを意識する。ヒトの文化と生活の中で導く。
家庭だけではできにくいこんなことを家族と共同でやっていく。

2歳代。
かなり特性は強いのですが、重いのとは違う傾向が最近はあ
るように思います。
以前のカナータイプはこの時期の特性の強さが障害のサイン
で、予後もそれなりに経過していきました。
ハイファンクションが多くなっている今、2歳代の特性の強さは
どんどん軽減されていくおこさんもいます。
おまけに対人的な関心も初期からそれなりにある子も少なくあ
りません。視線のあうタイプも山ほどいます。
一方、学齢期等の予後をみると知的には良好だが、過敏で本
当に暮らしにくいおこさんが増加しています。
このことはどんどん変わっていく可能性がある2歳代に寄り添っ
て踏み込んで支援していくことの必要性を示しているように思い
ます。

2歳代でよき支援をしたいのです。
ケースは多く、キャパシティの関係で支援サービスに乗りにく
くなっています。
受け入れられない・丁寧な支援ができにくいことは2歳代です
ることがないとは違います。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

働く場としての学校の抱える問題

 ある学校に行きました。
「スタッフが疲れていて…」と係の先生がポロリ。
そのうち管理職もやってきて、「メンタルヘルス問題はどうした
ら?」というお尋ねです。
ちょっとやっかいな状況でというようなニュアンスで。
別の先生にも確認すると、「疲れている場合じゃないんだけど
…」とけっこう冷たい雰囲気。
体調を崩しておられる先生の顔は思い浮かぶので、「あの先
生が体調崩しておられるのにけっこう冷たいんだ。」と思って
しまいました。

 この学校の働く場としての組織開発、人間関係開発は遅れ
ています。メンタルヘルス対策も遅れています。
これって学校全体の傾向なんだろうなと感じます。
忙し過ぎるのかもしれないけれど、スタッフ同士のつながりや
支え合いは弱い。
ひとりひとりが自営業者みたいなもので、縄張り意識は強いし
知的レベルも高くてプライドも高い。
子育てという仕事の目的ははっきりしています。
ただ気を付けないとその目的が社会的なものであるからこそ、
こどもたちがかわいいからこそブレーキはきかないし、仕事
そのものの遂行こそが大事になってしまう。

就労SSTのために、調べたのですが、「社会人」というのは、
「ひとりひとりが働くことで生活し、共存共栄していく仲間の一
員になること。そして、その結果、認められる存在になること」
なんだといいます。
この「共存共栄」って大事だとは思いませんか?
こどもたちが幸せになってもその背後に教員の闘争があったり
屍が累々と積み重なっているようでは意味がない。
それではこどもたちに教えていることがみんな嘘になる。

あるブログで「同僚性」ということばを知りました。
こどもたちの関係性の問題へ一生懸命立ち向かう支援現場そ
のものの関係開発やソーシャルスキルを高めていくこと、必要
なのだと思います。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

世間はそうなんだ…

 療育教室の公開をしました。
感想を概観。参観にみえた保育者の多くのアンケートに
「折りに触れて視覚的に伝えられていて…」とありました。
正直、ちょっと残念な感想です。
我々はそのことにそうとらわれてはいないのです。

時間が構造化され、楽しい活動がテンポよく配置されているこ
とが大切。
やることが決まっている。
時間がきちんと流れている。
まずそのことが重要なのです。

そして、言語的な力が弱いヒトたちとやりとりを楽しみ、内容の
交換を楽しみ、認知を深めるためには視覚的な提示と操作と
再生、再認が不可欠なのです。
「手遊びの内容を視覚的に伝達して…」ではなく、視覚的な提
示と操作と再生、再認そのものが活動なのです。

うまく伝わらないものです。
むしろ視覚的な伝達は活動が劇的にかわる園ですべきもの。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

関係が参加を支える-あの子がいるから

 ある年長のアスペルガータイプの女の子です。
積極奇異型とでもいうのでしょうか、とっても興味は偏っていて
マイペースで暮らしています。
友人としては大好きですが、担任の先生としては考えてしまう
タイプの方(笑)です。
なかなか教室にやってこないし、やってきても興味のあることし
かやらない。

 久しぶりに園に伺うとそんな彼女が変わったというのです。
クラスに参加しています。
担任の先生が教えてくれたエピソードが素敵です。

ある男の子にこっぴどく叱られたのだそうです。
昼食で嫌いなものをその男の子の食器の中に入れていた所、
男の子は大爆発!「おまえはいつも勝手で!」とはじまったの
だそうです。
そして、午後に控えていた楽しみな行事に
「おまえなんか来なくて良い!」と大憤激。
担任の先生も試みに呼応して「どうする?」とやってみたんだ
そうです。
その場はそれなりに納まったようなのですが、その後からこの
子が変わったといいます。
「○○くんに叱られちゃうから…」ときちんと参加し、彼の側に
いるんだそうです。いつもいつも。

恋は女をかえます。(笑)
この男の子がクラスのリーダーで面倒見がよくて、ハンサムな
のは事実。
本当のことはわかりません。
好意のある人物に、動機の高い行為を前に介入されて条件
だされて修正されたというのがほんとうかしら。
でも、確かなのはこども同士の関係が彼女の参加を支えたので
す。

マイペースで暮らしているようにみえる発達障害のこどもたちに
も関わりに対する動機はあります。
大人が用意した集団(人数)にいかに参加させるかということが
支援になりがちですが、それだけではうまくいかないことが多い
のです。
動機のあるヒト、仲間とうまくやれる規模で…というのも大事な
要素なのだと思います。

うまくやれる規模の集団を用意する。関係を支えにするもユニバ
ーサルデザインの大事な切り口なのだそうです。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そんなチーム支援あり?

 ある研修会後のお尋ね?です。
支援現場での中で起こっているで疑問があるのだけれど…
とのことでした。
誰かがこどもを叱る場面があったら、みんなで叱ることを求め
られるというのです。役割が偏るのはおかしい、誰かが叱られ
るようなことをしたらスタッフ全員で叱るように求められるという
のです。

 即答です。「そりゃ違いますよね。」
どうして同じ事でなんども叱られなきゃいけないのでしょうか?
直接、場面を共有しない大人にまで叱られなきゃいけないので
しょうか?
こどもがどんどん頑なになっていくといいます。
当たり前です。
叱られた時こそ役割分担をしてフォローするヒト、気分転換さ
せるヒト、好意の無関心でいるヒトが必要ですよね。
父さんに叱られたら母さんはまあまあってやるものでしょう。

 こうやって書くとそりゃそうだと思っていただけるのですが、実
はこれってよくあることなのです。
褒めよう、許容度高くいこうというチーム体制の共有はなかなか
つくりにくいのですが、みんなで厳しくしようキャンペーンってすぐ
張られてしまうのです。
子育ての中にある叱ればいい怒ればいい厳しくすればいいとい
う妄信はほんとに行き渡ってしまっています。

龍馬伝終わってしまいましたが、幕末、来日した外国人が日本
人がこどもをあたたかく子育てしているのに驚いたといいます。
こどもを神様と考えたこの国です。
子育てするのに「怒ればいい」がけっこう入り口の技法になって
いるのは本当に嘆かわしい。

私だって怒ったり叱ったりしない訳ではありません。
強い口調で迫ることもあります。
男ですから大声出せばとりあえずはなんとかなることは知って
います。
でも、その注意叱責は潜り込む。
二次的な問題や関係性の困難になることを知りました。

よく考えてみます。
事後に何したって関係ないのです。
あとから怒った所で何もつみあがっていかないのです。
事前のしつらえ、許容度高い関係性。
褒めるというプラスの強化でヒトは育てられるべき。
怒られるようなヒトは支援が必要なヒトです。
怒られるというような支援以外で…
怒るというのは手だての薄さを示している。
理解の浅薄さを示している。

百歩ゆずって大事な時には怒ろう。
それはヒトを傷つけた時であり、強い口調で迫って効果を得る
ためにはそれが連発されない必要がある。

そして…
共通理解や全体のスキルアップ゚にも誤解があってはいけませ
ん。
役割分担や得意を生かす必要はあります。
スタッフ全員がまん丸く同じ力を持つというのは実は非現実的。
よく考えるとそれってちっとも面白くないし、とても危険なのです。
間違ったらみんなで間違います。
それは虐待になっていく。
大人が多様性を認められなくてはこどもの多様性も認められる
わけがない。

長くなりました。
みんなで叱ろうキャンペーンなんてよくない。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年11月 | トップページ | 2011年1月 »