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2011年3月

夢が叶うまでやれる力

 付け足しです。

 夢は叶うかどうかわかりません。
だから、次善へ、現実に即してということがひとつ。
そしてもうひとつは、その夢(欲求)が叶うまで努力や調整を粘
り強くするという生き方があると思うのです。

ふたつめはかなり深い自己理解と忍耐が必要です。
セルフの育ちの確かさが。
自分の中である力を理解していて待てる。具体的な環境への
アプローチやスキルの獲得への努力ができる。
これは本当に強いセルフです。
すべてのヒトに求めることはできないと思います。
だから、適応や調整の形として「次善へ」「現実に即して」は決し
て間違いではない。

「夢はあきらめなければ叶う」に内在している危険は、この個人
があらゆる状況を理解して、チャレンジするという努力すること
という理解やスキルがないと一方だしの不適応にしかならない
可能性があるということだと思うのです。
ひとり勝手に生きる。
自分の欲求のためにまわりを合わさせる。
うまくいかなくて他罰的になる。
うまくいかなくて外在化または内在化した精神状態、行動に陥る。

自己中心性や万能感を乗り越えたヒトの夢、欲求に向かって努
力する姿は素晴らしい。

世の中は幼児化しているといいます。
幼児的自己中心性と万能感に推移したまま、挫折に直面した時
におこるトラブルは小さなものではない。

自分を信じる力は折り合いをつける力とセットで育てていきたい。
負ける練習、たくさんしたい。
一方、自己を信じる肯定感をプレゼントしておきたい。

世の中思うに任せぬことばかり。それでも絶望ばかりではない。
ひとりひとりの存在が宝物で、宝物同士のつながりがまた素晴
らしいものでもある。

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夢は叶わないことがある。

 前の記事を書きながら…です。

「夢はあきらめなければなければ叶う!」とよく言います。
それだけじゃ発達支援的にはよくありません。

「万能感」と「自己中心性」は幼児の特性です。
そこから現実の壁にぶつかりながら、「人生思うにまかせぬ事
ばかり」というのを知っていく。
そのことを知ることは耐えられないかもしれない。
気持ちは乱れる。
だから、その気持ちの調律は大人といっしょに行うことによって
昇華されていく。

充足されない欲求以外の次の欲求、別の欲求を目指すことを
知る。
欲求を感じる主体として、欲求を実現する主体として「自己」を
知る。

「自己」を知るためには「他者」が必要で、
よき「自己」を得るためには「他者」が必要で、
いつのまにやら「自己」の追求は「他者」とのつながりとクロス
オーバーしていく。

孤独な個人の「夢」に生きないでほしい。
夢はいつも叶うとは限らない。
人生あきらめが肝腎ってことばがある。
それは、「生きる」ということそのものが目的だから、その方向を
「夢」というひとつの欲求の充足や生き方で追いつめすぎないで
ほしい。

「夢はいつも叶うとは限らない。」
いいじゃん、他にもあなたが生きる道はある。
あなたそのものがこの世の中にあることが意味です。
そんな子育てをしたいと思っています。

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ヒトの役に立つ人間になれ

 サッカーみましたか?
ただただ感激しました。
サッカーってこんな社会的な競技だっけ。
私が就職した前後にJリーグが発足して十数年、地域とつなが
り、ヒトとつながり、競技レベルがあがり、そしてこのチャリティ
ーでの姿です。
世の中を支え、かえる力になっている。

 物にあふれ、希望のない世の中だといいます。
一方で、安っぽい「夢はあきらめなければなければ叶う!」なん
て拙いいいまわしで、こどもを鼓舞したりしています。
就労支援現場で、就職への動機付けが「お金をために自分の
好きなものを買い、自分のしたいことをするために」という表現
で語っていたりします。

入り口はどうでもいいのかもしれません。
目的ではなく、ゴールなのかもしれません。
途中で気づくのかもしれません。
とにかくヒトとして生まれたからにはヒトの役にたつ人間になら
ねばならないと思うのです。

次世代にむかってそのことを直接的に語ったり、方向づけたり
することばかりが手だてではないのかもしれません。
「自分のために生きよ。」と示した先に利他があるのかもしれま
せん。
でも、常にそこに思いを寄せていくことは必要なのだと思います。

そして、ヒトのために生きたいと思わせる、関わりの居心地のよ
さをこどもたちに具体的にプレゼントすべきなのでしょう。

 ベストセラー「脳からストレスを消す技術」を読んでいます。
後段に共感の重要性が書かれています。
そして、「ヒトは誰かを癒そうとする時に最も癒される。」というこ
とが脳機能的にも示されています。

つながっていきるのはヒトの属性であり、またそのことはヒトの人
生の目的たり得る。
だから、子育ては「ヒトを好きにする」「自分を好きにする」方向で
ありたい。

マズローが「自己実現」の先に「自己超越」をおいたということを
思い出しました。

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会議を上手に

 日本人は会議が下手といいます。
以前からそのことを意識しています。

問題はただなんとなく集まって話をしてしまうということなのだ
と思っています。
いろんな場合分けの会議会合があるのに、一通りの方法論
で迫ってしまおうとする。それが失敗のもと。

私が思っていること、実践していることです。

「話し合いの意味と方向性を明確に」
 
話し合いの概念規定や見通しをを明確に制限してからはじ
める。何をするためのもので、どうやって、ゴールはどこでを明
確にしてミスマッチが起こらないようにする。

「会議は決定の場である。」
 対応の方法や共通理解、問題解決の方法を決める場。
みんなが集まるからといってそこでなんでも済まそうとしない。

だから…
・会議で物を考えない。
 議題や議論はあらかじめ提示され、考えを持って場に臨む。
または担当者はたたき台や自分なりのゴールを持って臨み、
その是非を検討してもらう。
「みんなに考えてもらう」なんてことはしない。

・対話と会議は違う。
 会議で対話はしない。対話は会議以外の場で持つ。

・会議で説諭や説教、精神論は語らない。
 
上席になるほど注意。
特に会議冒頭でやってしまうと会議のモチベーションが下がる。
やらなければならないのならまとめとして簡単に。

・総論を語る場は会議ではない。

・会議優先主義を廃する。
 「考えてから実行、決定があってから実行」以外の、
担当者による試行錯誤や先行実施を大事にする。
もちろん、モニタリングやフィードバックは丁寧に。


 

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リスクマネジメントとリソース探し

 新年度の打ち合わせ。
入所児童のリスクマネジメントをします。
個の障害や特性、行動問題などの理解と対応をスタッフ間で
共有します。
今年は同時にリソース探しを明確にしていこうと思います。

まあ言ってみれば強い力や好き、得意を明確に整理し、みん
なで共有していこうということです。
リスクマネジメントはもともとビジネス、経営のフィールドから来
た危機管理的なものです。
そこに支援的、発達的な視点をちゃんとおりこんでおきたい。

リソースで個を語ることの大きな重要性は、個の存在や支援
がポジティブなまなざしで語られるようになることです。
あたたかいまなざしでこどもを捉えられ、前向きな発達的な論
議が行われるようになることです。
危機管理は「~しないように」「~がおこらないように」というよ
うに対処的で、防衛的です。
何度も書いていますが、行動問題は次のステップの力がつい
た時に解消されることが多く、行動形成的・発達促進的な視点
で手だてを組んだ時に軽減されていくものです。

 そんなことを思いつつ、強度行動障害傾向の自閉の青年と
時間を過ごしました。
ペットボトルのキャップが山ほどあったのでそれを持ち込んで
彼の前へ。
それをかき混ぜて、タッピングして、まわしてと彼は没頭し、傍ら
で私もキャップを感覚的、視覚的にいじって場を共有しました。

障害をリスクにするもリソースにするも、関わるヒトや手だて次第
なのかなと思いました。

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未熟をうらやむ、保障する

 新年度にむけて諸打ち合わせをしています。
新人スタッフも大勢参加。
彼らを思います。

昔は早く一人前になってほしいと思いましたが、最近はそんな
こと思わなくなりました。
プロセスが大事、途中が大事だと思えば、試行錯誤に意味が
あります。
教示よりも体得に実感が生まれるとも思います。
こどもを支援するためのスキルはこどもとの時間の中でしか生
まれないと思えば、そのことを保障し、生じる諸々を一緒に悩む
ことが有意義だと思います。

新人さんは新しい刺激です。
こどもたちもおにいさん、おねえさんを待っています。
試します、からかいます。
彼らのふわふわした支援になんて乗ってくれません。
意図や方向付けの弱い働きかけになんて乗ってくれません。
でも、そのことが大事なんだなと思います。

体得的に支援が対話であることを知るのでしょう。
押したり引いたりの頃合いを知るのでしょう。
結局はこどもにあわせることがすべてだと知るのでしょう。

未熟というのはすばらしい。
そこからすべてがはじまるのですから。

こどもに添うことを知って欲しい。
発達を見つめる目をもってほしい。
支援や思いを語ることばを持って欲しい。
支援者にはことばが必要です。

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生活のあらゆる場面でこどもは成長する②

 「生活のあらゆる場面でこどもは成長する」
だから、今回の震災でも…と語りたくなりますがまだ時期は尚
早なのでしょう。
そして、まだ今は緊急対応が必要なのだと思います。
文部科学省が数年前に「子どもの心のケアのための保護者む
けリーフレット」というものを出しています。
これがわかりやすいです。

http://www.mext.go.jp/a_menu/ikusei/kokoro/index.htm

震災後災害時のケアについての情報が様々に提供されていま
す。手だてとして我々は持っておくべきだと思っています。

こうした類のもの、眺めてみてわかるのは、存在の保障をし、
依存の保障をし、傾聴をしという支援の基本を丁寧にやるとい
うことがまた、緊急対応なのだということがわかります。
安全がおびやかされたこどもたちには「安全な愛着の保障」で
支えていく。
基本はまた、極意でもあります。
きっと。

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生活のあらゆる場面でこどもは成長する

 先月のことです。
療育教室を利用している2歳児クンが肺炎になりかかり
入院しました。
大事には至らず1週間ほどで帰宅したようです。

そして、久しぶりの利用。
姿が違うのです。
ニコニコ笑っています。
人なつこく過ごしています。

それまでは利用開始直後で、まだ生活リズムが整わずに
教室に来ることから抵抗感。
ちょっとした設定度のある活動もイヤ。
過敏なので介入されて涙…でした。

お母さんによると「入院で変わった!」のだそうです。
 ・小児科病棟の大部屋ははからずも集団生活で他児の刺
激が多かったそうです。
 ・病院の規則正しい生活で生活リズムが整って。
 ・看護婦さんたちにかわいがられ。
 ・点滴やらなにやらに比べたら日々の生活の折々は何にも
恐ろしいものではないと本人が得心したようでもあり…

こんな風に病気でもこどもは成長していきます。
そう考えると、生活の意味を思います。
日中活動や支援がこどもの発達を支えるものだと「センセイ」
ってものは勘違いしがちですが、そんなことはない。
アクシデントやトラブルだって個によっては発達の契機であり、
必ずしも退行的なあらわれや滅失減退にはつながっていくと
は限らない。
このこと大事にしたいものです。

トラブルやアクシデントのない発達はなく、
生活のあらゆる場面でこどもは成長する。

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いらないよねえ。

 久しぶりに親の会に参加しました。
そこでのお尋ねです。
「ともだちって必要ですかねえ?」
みんな、ともだちと仲良くってやってますけど…

「いらないよねえ。」
思わず言ってしまいました。
大勢とみんなと仲良くなんて、難しいのです。
そのうち、趣味のあう、おたくのおこさんとよく似た面白い仲間
ができますよねえとこたえてみました。
♪いちねんせいになったら~ともだち100人できるかな?とい
う歌がプレッシャーだともおっしゃっていました。

ヒトと関わるのがきらいでなく、参加はできてほしい。
まあ、みんなのやることはやろうとはしてほしい。
ただ、OFFの場面の人間関係は彼らの選び取ったものでよい
と思うのです。
自分のペースで過ごす時間も必要です。

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「場」の多様性とクラス経営

 年度末、巡回相談やら各種支援を振り返り、「どうもクラス
にはめたがる傾向のある保育者」の話になりました。
あるヒトは「とにかくみんなの中に居てくれればみんなの力で
育つ」と言ったというのですが、なんだか嘘くさい。
おいおい肝腎なところを「みんな」任せにして。

いっそ率直に「アタシがひとりでみるという責任があるからクラ
スに居て欲しい。」と言ってくれればいいのですが、みんなそう
は絶対言わないんですよね。
本心を隠して表面的に支援論、子育て論として「クラスにはま
ってほしい。」というので腹が立つ。
その論理がまたいい加減で、表面的、実におおまかなのです。

今思ったのですが…
「クラスにはまってほしい」というのは「言語的な全体指示で一
斉に動いて欲しい」ということに他ならない。
これって結局、最小の労力でこどもを動かそうというずるい考
えなのでしょう。
育ちが多様なのに、指示がおおまかで一回で言語的なものだ
けでその中でわかって課題をこなせ、みんなと仲良くしろって
よく考えたらむちゃくちゃ。

クラス参加の土台として
・対人発達が参加に至らなければ、個が集団には向いてこない。
・刺激の受容処理の問題がある場合には「集団」自体がそのこ
とに影響を及ぼす。
この2点はおさえておかねばならないことです。
ということを理解してどうするか?を考えたい。

 ある先進的なとりくみをしている保育園での議論です。
ユニバーサルデザインやインクルーシブにむかっている園な
のですが、「認知特性にあったとか視覚支援や構造化を活か
した」の次は「参加や学びの場をどうつくるか?」になってきま
した。

リソースルーム、リソースプログラムという抽出支援の模索
を保育の中でもしていこう。
ワークシステム(この活動や作業の時にはこの形)や小グル
ープでの活動の模索など、一斉にこだわらない、やれる「場」作
りを多種多様にしていこう。
そしてそれは、「一斉での導入、個別小集団での課題遂行、
みんなとに帰っていく」など様々な場がクロスオーバーする形
でなければ。
さらに年齢の保育と異年齢保育(縦割り保育)が織り込まれ
る形態もその中に交えていこう。

一見すると、あれもこれもにみえるのですが、実はひとつなの
です。
今までの形にとらわれず、
やれる「場」をつくろうとすること。

絶対に必要で大切にしたいまなざしです。

先進的過ぎて、けっこう旧態依然としている保育業界にわかっ
てもらえないのがこの園の悩みですが、まあフロンティアってそ
ういうものです。私は応援します。
がんばれ!

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新しい「センセイ」と

 新年度、職員異動が予定されており、先んじて研修をしてい
ます。
新しい療育スタッフに話したり、思ったりしていること。

①こどもに教えてもらえばいい。
 こちらがもっともらしい説明したりするよりも、こどもたちと接
する中でこどもたちに支援とは?障害とは?発達とは?支援者
とは?等々教えてもらえばよい。

②できてるものに乗っかればよい。
 プログラム、カリキュラム、接し方は積み上げられたものがあり
ます。まずはそれをそのままやってみればよい。
支援者としての鋳型はそこからつくる。

③「発達的」であれば何をやってもよい。
 そして、慣れてきたらオリジナリティを出して欲しい。
こどもにとって必要なこと、やった方がよいことをやるだけでなく、
あなたが好きなこと、やりたいことをやってもよい。
ただし、そこには発達的、支援的な目的や手だてがあること。
それが言語化され、説明できること。

逆に言えば、発達的に吟味された行為、活動であれば何をやって
もよいのだよ。と。

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震災が助けてくれた

震災を目の当たりにしてメンタルヘルスを崩している知人が
立ち直り始めています。

希死念慮があったヒトですが、「生きたくても生きられなかった
命」に直面して死にたいとは思わなくなったとのことです。

前回と続きますが、生き残った私達の命はひとりのものでは
ありません。
そのこと、毎日確認しています。
この震災における日本人の振る舞いに海外から賞賛の声が
上がっているとききます。
一方で、「買い占め」という下品な行為もきこえます。

生き残った我々の生き方、考えたい。
困難にあっても自己中心的なふるまいをしない。
困難にあっても利他や弱き者のことを考える。

せっかく生かしたもらったのです。
よく生きなくてどうする。より仲間を支え、つながり合わなくてど
うすると思うのです。

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生きていこう。

 本当に「想定外」の、「未曾有」の大災害に立ちつくしています。

幸い、本当に奇跡的に私の地域でそれは起こりませんでした。
だからこそ、思うのです。
被災した方々とそうでない我々。いったい何が違っていたのか。

報道をみているとあらゆることが、「これまで以上」、「想定外」
「未曾有」の大惨事です。
予知と予測の学問である地震学や防災学なんてひょっとしたら
その存在意義が問われてしまうのではないでしょうか。
専門家がそれらしく語っていることがしらじらしい気もします。
ヒトの英知なんて知れてると思ってしまい、気力がわきません。

 ひとつだけ思っていることがあります。
我々は生きなくてはなりません。
我々はたまたま生き残っているのかもしれません。
生きることを強いられているのかもしれません。
そのことはともかく、生きなくてはならないと思うのです。
生きたくても生きられなかったみなさんの分も。

とにかく。
どうしても。
なんとしても。

あんまりの出来事に亡くなった方々の思いを想起することもはば
かられるのです。

この命や生が自分だけのものでないことをなんだか確信して
います。

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ダイバーシティーとインクルーシブ

あ、そうだなと思ったことです。
インクルーシブ(包括的)の土台になるのは、ダイバーシテ
ィー(多様性)だということです。
環境問題における生物多様性の多様性です。同じですよ
ね。
多様性を認めようじゃなくて、そもそも多様なんだからそれ
がなくならないようにしようというまなざしで行きたい。
一斉、一律に乗らないこどもが増えてきたんじゃなくて、も
ともと認知特性も生活誌も多様なこどもたちを揃えようとし
てたのが違っていた。

同じしつらえの、市域の幼保園のケース会議をしています。
一年の感想をききました。
片方では「他園の実践をきくことで刺激になった。」という感
想があがり、片方では個々のケースの対応に腐心していて
同じ質問の繰り返し。
組織開発やチーム力の問題が大きいですが、異物への対
処をしている所と色んなこどもがいることを念頭にクラス作
り、園作りをしようという機運が育ってきている地域との違
いなのかなと思いました。
多様性は所与のもののはずです。

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「きみで良い」

 LD学会の会報が届きました。
巻頭言は北海道大学の田中康雄先生でしたが、秀逸です。
ただ感涙。

凸凹、特性のあるこどもたちに対して「どう関わればいいか?」
とか「こうしてみよう!」の前に、ここは大丈夫だよという環境
の安全性や「ボクは存在してよい」という絶対的肯定感を示し
たい。
「どう関わればいいか?」の前に本人がどう考えているかを尋
ねてみたい。
「キミの言葉を聴きたい。関係はそこからです。」と結んでいます。

 どうでしょうか?

 そうなんです。私も思うのです。
ここで田中先生のおっしゃる環境の安全性や絶対的肯定感と
いうような存在の保障がまず不可欠だと思うのです。
そして、これは駆け引きなしに大人が無条件に与える物です。
言い換えると、安全な愛着対象恒常性といえる
のだと思います。
すべてはそこからはじまる。
大人によって存在が保障されてはじめて、
「ヒト(他者)を好きになる」
「自分を好きになる」

がスタートするのだろうなと思います。

 余談ですが、先月末、ちょっと外で話をした時にやけにみん
ながこの「ヒト(他者)を好きになる」に反応してくれて、意外・拍
子抜けでした。素直に喜べいいんでしょうけど、「基本のきなの
になあ。」と思ってしまった私…
まあ、日常のことばで大事なことを語ることって心掛けなきゃい
けないですね。

 それから、「自分を好きになる」=自己肯定感ですが、どうも
最近はこの言葉が使われすぎてしらじらしくなってしまっています。
こどもをどこかに当てはめよう、大人の意図に乗せようとして
いる一方で「自己肯定感」なんて口にしているのをみたりすると、
「そんな簡単に自己肯定感なんていうじゃないよ。」と思ってし
まう。

それに最近は「自己肯定」なんてそんなにできるもんじゃないと
思い至ったのです。
よく考えたら、私も自分を肯定はしてはいない。
しょうがない自分を引き受けているし、まあ許してやっている。
この「まあ許す」が大事なのだと思います。

以前、何回か書きましたがメンタルヘルスを崩した仲間をサポ
ートしています。
本当に優しいヒトです。他人に本当に寛容で、許容度が高い。
責任感が強い。でも、そのことがこのヒトを苦しめている。
あんなに優しいのに、頑張っているに足りない、足りないと思っ
ている。私はこのヒト、大好きなのです。こんな十分なヒトはどこ
にもいない。

いいじゃねえか、しょうがない自分だけど今日、なんかひとつぐ
らいましだったことがあるよねえ。
なんか頑張ったことがあるよねえ。
頑張れなくてもまあ、明日になればねえ。
自己肯定の前に、しょうがない自分をちょっと許す。

Yon are OK! I am OK!

この順番でヒトは許し合い、認め合い生きていきたい。

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待つことから再開

 1ヶ月ぶりの更新になってしまいました。
こんなに間が空いたのははじめてです。
けれども、何にもありませんでした。(笑)すいません。
ただ、いろんな思いだけが交錯して発信したい気持ちやまとめ
る意欲がまるで失せてしまっていました。

わたし、待ちました。自分を待ちました。

待つこと、最近の私のテーマになっています。
せっかちで、「早いが華!」の私。自分の投げた玉に自分で飛び
つくような所もあります。
支援についても似たようなもので、早めの展開・工夫・再アセスメ
ントをします。これは効果があります。
魚釣りはせっかちなヒト向きといいます。工夫するから…
早いこと、急ぐこと、せっかちなことを否定はしません。

でも、思ったのです。他にももっと武器がほしいと…
止まる・待つ・見る・経過でとらえる。
これら、あってもいい。
相手に任せる。状況に任せる。
これもあってもいい。
私の中の品揃え、もう少し増やしたい。

・次年度忙しくなりそうです。
いつもなら策を練ります。でも、今はじっと待つ。成り行き任せ。

・次年度準備をすると、今年度の姿が見えてきます。
びっくりする程いろんな所でいろんなことをしていた私。
このことを褒めずして来年どうしよう、次をどうしようなんてこと
に腐心してはいけない。
自分が自分を認められないと、ヒトに何をいわれてもダメなの
です。

・発達を立体的にみる。
発達は右肩あがりでも、凸凹しながらあがっていくだけでもない。
螺旋構造であがっていくという宇佐川浩先生の理論を思い出し
ました。
下がっているが、次の急上昇のための力を蓄えている。
今は横に力を伸ばしている。
バネのような螺旋構造をイメージするとみえるものがあります。
自分の姿や仕事に仕方に投影しています。

・包括的にいく
先日、一年のまとめみたいな研修講師をしました。
ずいぶんわかっていただいた講評をいただいてちょっと感激。
*発達障害も、愛着の障害も、ストレス性の困難も「関係性の
困難」ととらえて支援していきたい。
*それを支える「関係性」とその発達の理解。
*参加というステップの拡大としてのユニバーサルデザイン、
インクルーシブ。

ここ2年ほど、走り続けてきました。
ここからは「大きく、ゆったりとじっくり待って」

気持ちが定まったようです。

「待った」甲斐がありました。
発信、再開できそうです。
Startinng Over!

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