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2011年4月

心を動かす相談のことば

 健診のお手伝いで次の相談にお誘いする時に私がよく使
う言い回しです。
「あと半年後はずいぶんかわると思います。その時の様子を
伺いたいので~児相談の御案内をしてもいいですか?」
この表現だとあまり拒否をされません。
けれども、この言い回しひとつで御案内する訳ではありません。

私が担当しているのは二次相談です。
自由遊び場面でこどもとしっかり関わりよく観察し、私がこども
たちとくったくなく遊ぶ場面も御家族にみていただきます。

相談の声がかかります。
まずは関わった印象をお話しします。
それも肯定的なおこさんのあらわれについてです。
「面白いねえ。」「かわいいねえ。」につながる報告です。

そうこうしている内に御家族の心配を伺います。
その心配に共感します。
御家族の努力に理解を示します。
御家族のとっている手だてを肯定します。
心配に対する、評価や手だてについて語ります。
そして、経過をみたいおこさんについては冒頭の言い回しで終
わることが多いです。

不安の強い御家族にはちょっといいまわしを変えます。
具体的な手立てを伝えた後、
「いっしょに心配させていただけますか?もう半年後、大きく
かわると思いますが、ご心配だと思いますので~児相談でお話
しをきかせてください。」

 発見評価じゃなくて子育て支援としての相談を心がけようと思
っています。
それから専門臭のしない専門家になりたいと思っています。
難しいことも知っているけど生活のことばで語る。
専門性を振り回して相手をコントロールするのではなく、相手に
届く言葉で、あたたかい関係性を紡ぎ出すことばで共同共感に
向かう。
いろんなもの持っているけどひけらかさない。
便利な装置もいろいろあるけど、普段つかうのはハンマーひとつ。
その方がだんぜんかっこいいと思うんですよね。

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クラスで過ごすこと、学籍をかえること

 「ちょっとはじまった所で移行支援」をしながら感じたことです。
クラスで過ごすことと学籍をかえることの違いと意味は何かと
いうことです。

というのも、ヒトがついてクラスに居ればよいのでは?というこ
となりがちだからです。
支援員さんはクラスの授業、活動に参加することを支援する
のが現行の役割です。
個に沿ってプログラムをかえて学びを支えるのが役割ではあり
ません。
プログラムをかえることが学籍をかえることなのだと思います。

インクルーシブについても思います。
クラスに参加しながらも個別のプログラムを一緒に行うのがインク
ルーシブなのでしょう。同じテーマで学ぶことができる限りは。
そこに寄り添う支援者にはプログラムを変える裁量とスキルが
あるヒトで、参加を支援するということができるヒトである必要
があります。
インクルーシブに向かうというのは、参加の保障だけでなく、
こんな支援者のありかたを変えるということなのかもしれません。

プログラムと本人の育ちにギャップがあるのにその集団に居る
ことを支援することが求められることがよくあります。
今回の移行支援でも支援員さんだけでなく担任やコーディネー
ターまでもそこに縛られ、苦しんでいるケースがいくつかありま
した。
少なくてもできることは要求水準やゴールをかえることだと思う
のです。
そんな助言をしたらハッとされました。

「みんなと同じ学びを」の思いは本当にありがたい。
でも、そのことで本人のみならずみんなが苦しいことがあります。
頑張りたいのに頑張れないのだからそれを調整してあげる。

「みんながどうなるか?」「みんなとの違いは?」が迷う所。
でも、本人は自分にあった活動で頑張れますし、みんなは少し
前の「こどもは付和雷同しない。」の記事で書いたように最初は
ざわつきますが、自分の育ちにあった学びに向かっていきます。

いろんなこと、思いました。

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援助レベルに応じた、適量な支援

 新人さんと対話しました。
支援の手順を覚えて懸命に取り組んでいます。
でも、何かたいへんそう。

じっくり眺めていると、支援すべき時に見ていたり、どこで手を
出すか考えていたり、見守りに近いような薄い支援をずーっと
持続させていたりしています。
もちろん、新人さんだからまだこれでいいんですが。

助言したことは…
「必要な時にはもっと手をだしていい。」
・届かない言葉をズルズルかけるのであれば、ポイントを押さ
えた身体的援助をもっといれていい。
・すべてのステップを全部自力でさせなくてもいい。処理遂行で
きる手続きの量は個の育ちによって違うので濃淡をつける。
必要な時には大量に集中して支援し、そうでない時には外す。

思ったことは…
「援助レベルを理解した、補助(プロンプト)が重要」
 いってみれば発達を押さえた支援が必要、アセスメントが重
要ということなのですが、ちょっと違えたいいまわしです。
援助レベル(評価レベル)はスクリプト(台本、鋳型)を用いた
支援で用いる評価です。
・自発的に遂行
・数秒待てば遂行
・声かけに促されて遂行
・視覚的な手がかりに促されて遂行
・身体的な援助に促されて遂行
・遂行しない。
こどもの育ちを支援する側から語った評価なのだと思いますが
これって有効だと思いませんか?
どこで、どのようにが結構明確になっている。
これ新人さんに提示しよう。

それから…
「適量の補助(プロンプト)も重要」
 ひょっとしたらこれもスクリプト的なのかもしれませんが、行為
を分析して支援を入れるタイミングや量を、自発や自立部分の
保障や観察を含めて行うことって大事なのだろうなと思いました。
ひとまとまりの活動の中に起承転結や濃淡、ドラマのある支援
を織り込んでいく。
・全部支援しない。
・全部やらせようとしない。

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アウトプットは難しい。

 療育教室の朝の会のことです。
手遊びが深まってきたので、登場人物の動物を描いて(顔だ
け)と注文。
もちろん、動物の弁別はできますし、属性や特徴の言語化も
できる発達段階のこどもたちです。人物画も出ています。
今回はおまけに身体が半分ヒントとしてありますし、顔の見本
もあります。
それでもそれでもとってもとっても難しいようでした。

いつも思うこと。
認知と表出にはギャップがあります。
理解できることと表現できることは本当に違う。
その間をどうつないでいくかが支援の鍵なのだと思うのです。
・補助、プロンプト、ガイドをどう入れるか?
・表現をつなぐ手だてをどう入れるか?
 再生の前に再認を入れる。
 言語表現の前に視覚的な構成を入れる。
 的確で、適量の言語的、視覚的なプロンプトをピタリと入れる。
 プロンプトを入れるタイミングをピタリと。

インプットは易く、アウトプットは難しい。
「自由に~する」は易く、「意図にあわせて~する」は難しい。

特性を知るとよく言いますが、障害特性だけでなくこうした発達
特性を知っておくことも大切ですよね。
そうか。
認知特性に応じた支援。
発達特性を理解した支援。
対のいいまわしですね。

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景色が違う。

 今年度は重い子の世界にもしっかり身をおいています。
近々必要な資料を作りながら思ったのは、「どのフィールドで
仕事するのかによってみえる景色はまるで違う。」ということ。

接するこどもの姿がまるで違うのです。
重度児を支えるエリアにいると、そこで直面するのはやはり重
さ。昨今の状況で言えば、とりわけ強度行動障害のようなこど
もにどう付き合うかということが課題になっています。

一方、広いフィールドでは発達障害や愛着障害等々のこども
との暮らし方に思い悩んでいます。

同じ子どもとはいえ、タイプはまるで違い、求められる専門性も
まるで違います。
ヒトは自分の状況でしかものを考えられませんし、子育て現場
は多忙を極めていますから、双方がなかなか双方を理解認知
できないのは仕方ないのかもしれません。

難しいのは、そんな状況なのに「障害」という切り口だけで、重
度児支援のスペシャリティで対応させようという傾向があるとい
うこと。
これはもう世界が違っているので担当者は四苦八苦します。

自分の籍をおく現場と支援を求められる現場での内容があま
りに違いすぎるのです。
現場の仲間に外の状況を伝えても理解されにくく疎外感は強
まります。下手すると「外でなにやってんだか。」というニュアン
スで周囲が迫ってくることもあります。
ところが、ケースの数は圧倒的に外の世界が多く、求められる
支援は拡大しています。

どこから見るかによって景色が違う。
あまりに違いすぎます。
どちらが困難とか大変とか比べても意味はありません。
おなじこどもの困難ですからどこかでつながっていますが、つ
ながり方は直接的ではない。
そう思うと、想像力を豊かにする必要はありますし、自分のよ
うま両方のフィールドで仕事する人間がしっかり語り支援する
必要もあります。
長い目でみれば、支援者の人事交流ってものが本当に重要に
なってくるのかもません。

立場によってはスペシャリストであるということはジェネラルな視
点や手だてを求められることがあります。
広く、豊かに。
軽妙に。

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運動あそびで、課題活動論

 こどもたちの御希望により、体育をやりました。
サーキットです。時間がたっぷりあったので新人研修も兼ねて
丁寧に積み上げていきました。
平均台とはしごを使った巧技台の活動です。

①平均台で
 巧技台では高低角度が自由に変化させられるので、まず低
い高さから高いものへの変化をひとつ作りました。
そして、傾斜を2種類。あがっていくのと、さがっていくのと。
この傾斜をつけるだけでかなり難易度が変化します。
運動の統合と、感覚と運動の統合がうまくいっていないこどもた
ちにとっては装置の工夫で見え方と身体の使い方を可変させて
いくことはとてもいい学びになるようです。

②はしごで
 今度ははしごを使って同じ事を。
頭が下がっていく状況ではしごを下っていくことは難しいです。

③平均台とはしごを組み合わせて
 2つの課題を組み合わせます。

④可逆
 そうそう忘れてましたが、スタートとゴールを決めています。
こうしておくと「今度は反対からおねがいしまーす。」ができます。
「反対」を行うことで課題は2種類になりますし、視点の転換や
プロセス保持や処理が苦手なこどもたちには意味になります。

単一の刺激で
次はそれを変えて
複数刺激で(プロセス保持、理解処理)
可逆を入れて

ひとつふたつの刺激をつかってこうやって構造的に段階的に
アセスメントと学びを同時にやっていく。
幼児期の支援にとっては大事なことだと思っています。
そして、これは支援する側にとっては「次の展開は?」
「この活動のポイントは?」「少しステップを可変させるとどう?」
「こどもは何につまづいている?」をシンプルに学ぶよき手だて
だと思っています。

運動という手がかりをつかってシンプルなできる、わかるを積み
上げる。
何よりこどもたちの達成感はおおきなものです。

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ちょっとはじまった所で移行支援

 今年は4月になってから移行支援をしています。
年度末にバタバタしていたのと、ネットワークの確立で初期情
報は学校に行くようになったので、実際の動きだしをみて、共
有した方がいいかなと思ったのです。

・なんとかはじまりましたのケース
 初期情報は行っていて、毎日山有り谷有りだが、最悪ネガテ
ィブ状況の情報ほどではなく、なんとか始動しました。
家族も穏やかで柔らかな助走をはじめました。

・おー、やっぱりそうか、でももうちょっとやってるかと思ったよ
のケース。
 チャレンジしたケースは最初からバタバタしていました。
環境の変化の揺動と生活の場のミスマッチが同時並行的に
起こっているので、みんな揺れています。
けれども、バタバタしながらも学校は受容的で、家族を理解し
よう、要求水準を1年生じゃなく個に沿ったに変えようとしてく
れていて感謝です。
あまりに心配でこちらからアフターケア、継続相談を提案。

いくつかの気づきです。
・移行支援資料あんがい行き渡っていない。
 個人情報なのでそんなにたくさん増やせないということもある
のでまあそんなもんかと。
・家族の思いやどんなヒト?を伝えること大事。
 就学に至った思いや家族のタイプは伝えると優しい支援につ
ながりそうです。
・三角形の役割分担に向かって
 家族と学校ののっぴきならない関係にならないように、関係
がある専門機関がつなぐ、支えるは大事。

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こどもは付和雷同しない。

 新採くんのつぶやき&発見です。
「この子のこの問題行動をなんとかしなきゃ、みんなも同じこと
するんじゃないかとムキになって注意したりしてたんですけど
違うんですよね。」

そうそう、そうなんです。
これはよくあるお尋ねでもあるんですが、こどもはそう簡単に
付和雷同しません。たとえ、一時は巻き込まれることはあって
も持続することはありません。

ヒトはよく生きようと思って生きているもの。
褒められたくて生きているもの。
よくない行動での注意引きやあらわれを簡単に模倣して取り入
れ、持続したりはしないものです。
もし、同じことをしてしまいそれが持続しているということは同じ
ような課題を抱えているということであり、それはその行為の問
題ではないと思うのです。
そのように響き合ってしまうという時点でその子が個として支援
が必要なひとであるということだと思うのです。
誰かの行動問題のせいでなく、その個の発達的な問題が大きい
のです。
悪いことを真似しちゃうヒトは真似しちゃう育ちが問題であって、
悪いことが問題ではない。

我々がすべきことはよくない姿をどうにかすることではなく、よき
姿を示し、褒め、強化していくことだと思います。

それに一時のゆらぎにつきあえないような支援でどうすると思う
のです。
どうにかなったら修正すりゃいいと思うのです。
根幹に間違いを犯さなければ子育ては修正の効く行為だと思い
ます。

それにどんなことでも何かに強迫された時に破綻はおこると思い
ます。
許容度の低い支援は成功しない。

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担任はかわるもの

 新年度。
変化、異動は世の常で、せっかくよき支援をしてもらっていた
先生と離れてしまった御家族の気持ちは揺れています。

「変わること」よりも「変わった後が残念」ということに嘆いてお
られ、本当に啓蒙啓発がまだまだ大事と思います。
支援現場の人事に誰も介入できないけど、そんな人事って課
題を抱えた子をばかにしていないかいと思ってしまうことがあ
ります。むしろ、力の先生を配置すべきではないかいと。

私はずるい人間で、こういう場面で闘うよりも現実適応を考え
てしまいます。
・そもそも担任なんてかわるもの、その用意って行住坐臥して
おくべきではないのだろうか。
・ヒトがかわる残念さよりも出会いが広がり、この子を通した
啓蒙啓発が広がると思ってはどうだろうか。
・闘うよりも現実的には、担任をどう巻き込み、担任に具体的
な支援を知らしめ、学ばしめることがこどもにとって必要なの
ではないか。
・そのために園内校内システムをきちんと利用し、クールにや
ってほしいことを提案したり、対話のチャンネルをつくることが
必要なのではないか。
・または外部や専門家の支援を導入する。
・いちばん情報を持っていて、こどもを知っているのは家族で
あるのだから、そのことを絶対生かすべき。
・こどもは生活のあらゆる場面で成長する。
園なんて学校なんてと、期待し過ぎない気持ちも持ちたい。
・バイパスや代償もないわけではない。
・新しい担任に突っかからない。
相手もヒト、その気持ちや力を引き出すスイッチを探す。

でも、わかるのです。
課題を抱えたこどもだからこそよき先生や内容方法への期待
がつのるのも。
基盤は支援者が力をつけることです。
絶対に。

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発達障害とアダルトチルドレン

 ちょっと前に、「発達障害とアダルトチルドレンが混同されて
いた時期があった。」という言い回しを聞きました。
「うん?」とひっかかりました。

アダルトチルドレンは「こどもっぽい大人」のことではありません。
機能不全家庭に育ち、過保護・過干渉・心理的虐待などを受け
てこどもらしく過ごすことができずに大人になり生きにくさを抱え
ているようなヒトのことを表現しているようです。
だから、「大人っぽいこども」のことでもないようです。
このアダルトチルドレンは診断名でもなんでもなく、誤用も広が
りも大きくて議論もだいぶわかれるということです。

発達障害との混同はわかりませんが、よく考えてみれば両者の
間の結びつきやすさは容易に想像がつきます。
「卵が先か鶏が先かというほどの親和性が高い」と書いてあった
ものもありました。

発達障害概念が広がるにつれて、非行や引きこもり等の入り口
に発達障害があることがわかってきました。
「二次障害」という考え方も広がっています。
そんな所から「発達障害とアダルトチルドレン」について私なりに
考えてみます。

「アダルトチルドレンは二次障害か?」という考えが浮かびます。
違うともそうとも言えぬ気がします。
きっとアダルトチルドレンは機能不全家族ということが先行する
はず。そして、その機能不全性はこどもに端を発するものでない
というのが概念的前提ではないでしょうか。
養育の影響がこどもに出ているという表現です。

ただ、機能不全家庭に育ったこどもが発達なアンバランスを抱え
ているということはあることです。
そこでこどもが発達障害×養育の影響を受けた時にその様子を
こどもの側から語れば「二次障害」ということになるのかもしれま
せん。
考えてみれば、順番ではないのかもしれません。

「アダルトチルドレン」の考え方自体にも議論がありすぎます。
誤用や広がりの影響もありすぎます。
「ヒトはみんなアダルトチルドレン」みたいな論調もありますし、
誤用としての「こどもっぽい大人」も「大人っぽいこども」も発達障
害(それそれ大人の発達障害、こどもの発達障害)をイメージさせ
てしまう表現でもあります。

 原因と結果が単線的に結びついていることは多くありません。
そうなると原因の探求に腐心し過ぎることは苦しいだけかもしれ
ません。
困難の原因を外に求めすぎるのも、内に求めすぎるのも苦しく
なってしまう。とにかく未来志向で、問題解決志向でという思考
が大切なのかもしれないと感じました。

そして、生きていくのは本当に難しいこと。
とにかく懸命に試行錯誤していくこと、まあ他者にも自分にも優し
くということは大事なのかもしれません。

むずかしいなあ。

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早期療育の意味とは?

 すいません、ちょっと前の記事で一度アップしたのですが、
フォント等の体裁がへんになって削除したのを忘れてました。

 新年度、スタッフとの共有のために「早期療育の意味」をまと
めています。

①障害、困難の軽減や発達促進効果の高さ。
 乳幼児期のこどもには発達的可塑性の高さがあります。
障害や発達のアンバランスがあっても、発達段階や特性にあっ
た支援や介入調整、もつれの修正を早期から行えば、本人の
適応や参加の状況はかわり、自己実現の可能性は向上します。

早くはじまれば本人がまずかわる。これは経験的に実感してい
ます。

②家族の子育てに対する支援
 
すべての子育てに支援が必要ですが、特に障害やアンバラン
スを抱えている場合には濃厚な支援が必要だと考えます。
反応発育が特有で扱いにくく、不安が高まります。
子育ての動機付けにも関わります。
子の困難は家族にとっては心理的危機です。この2つは結合し
やすく、虐待や不適切な養育、家族自身の問題に向かってしまう
こともあります。
・こどもをかえて子育てしやすくする。
・家での子育ての方法を共に考える。
・同じ道のりを一緒に歩み、くったくなくこどもをかわいがり、家族
の子育てを心情的に支援する。子の存在保障をし、家族の危機
に寄り添う。

③障害特性理解に対する支援とライフステージを通じた支援
の入り口
 
障害、特性の理解は容易でなく、様々なプロセスが必要です。
これは家族にとっても支援者にとっても。
子育てを通して、個の存在を通して特性理解を、存在理解を進め
ていきたい。早く始めれば時間もプロセスもたくさんとれる。
・早期発見の後の家族との共同共感的な子育ての中で
・並行通園を通して幼稚園、保育園に対して
・幼児期にはじまった支援は学齢期に引き継がれる
早期の療育の開始は関わる人々の理解を深め、ライフステージを
通じた支援の入り口になるはずである。

その他調べてみたらいくつかの文献に「二次障害を防ぐために」
とありましたが、ちょっとどうかと思いました。
悪くしないためになんてという目標や意味なんてよくない。
よき育ちを生み出すために支援はあります。

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私の生育歴-おわりに

 アンバランスの多い私がなんとかやれている訳。

 自分で思うに、私は家族にその存在を肯定されています。
肯定されてきました。

普通の家庭です。むしろ両親は田舎のシャイな人たち。
表だって褒めたりなんてしないけど、私はへんに怒られたこと
は一度もない。

父親は早くから病身でしたので、どこへ連れて行ってもらったと
か何を買ってもらったということはありません。
でも、普通に暮らさせてもらったし、懸命に働いている姿はそれ
だけで自分が大事にされてることを感じました。
どうも父自身はいろいろな思いがあったようですが、私は十分に
相手にされていたという実感があります。
母もいつもいつも私を受け止めてくれます。

強い力を伸ばしてもらったようです。
ゲームやおもちゃなんか買ってくれませんでしたが、本はたくさ
ん読ませてくれました。
そこは我が家の方針だったようです。

 でこぼこだらけの私ですが、奇跡的に言語能力を中心にまあ
知的にはそこそこだったので認知的な理解や修正を土台に生き
抜けている気がします。

こども時代もちょっとぐらい変でも「まあそこそこの子」はまあ評
価され、そうネガティブな感情を抱かずに済んだ気がします。
ただ、「あの子はいいよね。」だったので寂しかったことしきり。

 大人になってからは周囲に恵まれていますね。
ほどよくコントロールされ、ほどよく任されることで力を発揮して
います。

 このシリーズを書いて思ったのは、みんなってどうなんでしょう。
もうちょっとまんまるなんですか?
こんな自分をずいぶんやっているのでヒトのことがわかりません。
でも、きっとひとりひとりはみんなが思っているより、まんまるでは
ないのでは?と思っています。
普通幻想、定型幻想っていうのが確実にあると思います。
誰もそうでないのに…

そして、私は自分がそこそこ凸凹でよかったなあと今は思って
います。途中途中は私なりに苦しかったですが。
発達障害のこどもたちのこと、ちょっとだけ分かる気がします。
そして、自分が凸凹だからこそ、この職にめぐりあったのだろうと
思っています。

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私の生育歴③

 さて、それから私、空間認知と視覚的情報と運動の統合に
なかなかの困難を抱えています。

・球技ができません。
それはひどいものでした。こどもの頃は球技ができないことは
迫害に近い仕打ちを受けます。つらかったねえ。

・運転へたくそです。
よくぶつけます。駐車も曲がっています。または飛びだしていま
す。施設のこどもたちをドライブにつれていくと、「センセー、曲
がってるよ!」とよく言われます。

・もちろん視力もよくありません。
視力だけじゃなくて立体視機能もよくないので、飛びだしてみえる
というマジカルアイの絵は立体にみえません。

・効き目と利き手と利き足がへんな風に交差しています。

・ものすごい偏った右利きです。

認知や刺激の処理的には…

・動きは多いです。ずっと動いています。会議中の姿勢変換多い
です。

・インスピレーションタイプです。
浮かぶときにはアイデアがパッとやってきます。
自分の投げた玉に自分で飛びついてしまうことがあります。
朝方なので朝の調子はいいねえ。

・話し言葉は同時処理的ですが、文字による継時処理的思考
が得意で書き言葉の方がまとまります。

・数学できません。
簡単な計算も間違います。文系数学というむちゃなチャレンジし
たものでした。やっぱりだめでした。

まあびっくりする位、アンバランスな私ですが、どうにかやってい
ることができているのはなぜでしょうか?

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私の生育歴②

 前回の記事、アクセスが今までになく多く、ショックです(笑)
でも、自分でも面白いので自分の凸凹やらアンバランスをめぐ
る旅を続けようかと思います。

 私、基本ヒトつきあいは得意ではありません。
こどもは好きですが、大人はめんどくさい。
まあ、ただ巡回相談やら地域支援の仕事になって大分変容し
たのではと思います。
はじめた頃はほとほと疲れ果てたものです。
場面の大変さもありますが、支援者ってものはヒトの中でもか
なり勝手でマイペースな種類の人間が多く(笑)、そこをかき分
けてなにがしかしてくるのはホントに大変です。今でも。
そう思うと、職業や役割はヒトを変える大事な手だてです。

まあでも、仕事以外では大人しくしていたいヒトです。
気配を消していたいし、ひとりの時間の保障がとても必要です。
構ってほしいけど、放っておいてもほしい。
めんどくさいですね、こういうヒト。
遮断しているくせに構ってくれないと寂しい。
凸凹のあるこどもたちもそうですね。見ていると。

 思春期には視線恐怖というかまなざしへの不得手さがなぜか
意識されたことがありました。
それはいまでもそうで、昨年度初期発達をまとめた時に、1歳前
後ではじまる「交互凝視」というもの、自分があんまりしないことに
気づきました。
1歳の発達課題をクリアしてないのです、このおじさん(笑)
ただ、好きなヒトにはまなざしがいきますね。
恋はヒトを変える大事な手だてです。

そして、なぜか解りませんが、ヒトの好き嫌いは瞬時に決まります。
好きなヒトは最初から好きで、苦手なヒトは最初から苦手。
どうも、主張性の強いヒトは苦手なようです。あと、合わせようと
いう気のないヒトも。

どんなヒトが好きなのでしょう。
まずきらいじゃないタイプなヒトで(当たり前か)、自分の好きなも
のと同じものが好きなヒト。
これ私にとっては大事なことのようで
す。
それから、私自身に関心をもってくれるヒト。
私自身から関わるのは決して得意ではないので、こんな面白く
ない私にどういう訳か関心をもってくれるヒトには積極的に好意
が向くようです。

 もろもろの苦手さがあって、なんとなく参加している感じの私でし
たが、思春期以降参加や関わりへの動機が高まっていきました。
仲間そのものへの動機も高まりましたが、部活なんてのは支えだ
ったのでしょう。
ここでも、「好きなものをいっしょに取り組む仲間の大切さ。」です。

直接的な、関わりの苦手さをめぐる旅はこんな所です。
その他もろもろアンバランス満載です、私。

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私の生育歴

 わたくし、アスペルガータイプを自認しております。
言語能力はなかなかで、このブログでも本当にいいこと書いて
いますが(笑)、そのほかの場面では問題も多く、人生上の課
題も山積しております。
そんな私の幼稚園時代のあらわれが出てきました。

・年少さん3学期のあらわれ
「言語面が発達していて、友達とのおしゃべりが活発でした。
…でも、絵本をみたりおはなしをきかねばらならない時でも
横や後ろを向き友達とおしゃべりをしていて皆に迷惑をかける
ことが多かったです。聞くときの態度が少しずつ上手になると
よいですね。
…二学期同様、おどうぐ棚、お道具箱の中が乱雑でした。
…高い所へ少し怖がって登れません。」

・年中さん1学期のあらわれ
「…基本的なことでは給食の時のおしゃべりと少しこぼすこと
がよくなればと思っています。
…友達とも自分から進んで遊びに入ることができましたが、気
の短い所があり、ちょっとしたことでカッとなり、手が出てしまう
こともありました。
…運動、絵画ともにのびのびと活動できましたが、もう少し根気
強さがほしいと思います。」

・年長さん1学期のあらわれ
「園ではおとなしく、必要以外のことはあまりしゃべりません。
話し合いの場、またことばあそびではいつも受け身で自分から
進んで発言する積極さはあまりみられません。
給食では食も少なく、いらなくなるといつまでも食べず、席をは
なれたりすることも見られる等、困ったこと、してほしいことは、
大きな声ではっきり話せるようになって欲しいと思います。」

なるほどなあ、こいつはいけません(笑)
巡回相談にかけた方がよさそうです(笑)
早く手を打たないと大人になってからあんなこと、こんなことで
困りますね。

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お説教じゃなくて…

 この頃、気づいたこと。
「お説教じゃヒトは動かない。」

注意喚起したりしているつもりでも批判や避難だけじゃヒトは
動かない。
それって御説教しているヒトの自己満足でしかない。
ことばじゃなくてヒトが動き出す手だてを作り出さなきゃダメだと
思うのです。

御説教って実は何の世話も焼いていないのです。
ぐずぐず言って改善は相手任せなのです。
そうじゃなくて、具体的な方法やシステムを考え出すのが親切。

とにかく動きだそう。
チームやスタッフが動き出せるような環境を整えよう。
文句じゃなくて評価。
文句じゃなくて提案。
やってほしければ任せよう。
やってほしければ自分が動こう。
プレイングマネジャーとしてはこういうことなのだろうなと思います。

 こどもたちの食堂がちょっとどういうこと?ってぐらい汚れてい
ました。「こら、掃除しろ!」というのは簡単。
「あ、待てよ。きれいな状態がどんなか見せてなかった。」
「待てよ、最近この子たちの世話焼いてなかった。」
同じ景色をみて、怒るよりも掃除をはじめた若いスタッフとともに
掃除してみました。
「やってほしいことは一緒にやらなきゃ。」
共同共感ってそういうことだった。

「とにかく一緒に。」
「刺激としてのことばを削る。」
「怒りのコントロールをする。」
「行動問題は無視し、よき所をほめる。」
「とにかく相手を許容する。」
「支援を支える、あたたかい言葉を用意する。」
昨年度の中で私が発見したいろいろです。
よく考えたらだいたい、枕に「御説教じゃなくて、」がつけられそう。

今日から新年度。
こんな感じでスタートです。

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