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「心配ないよ」「心配なんですね。」「心配しましょう、一緒に」

 根拠がないのに、目先の安心をプレゼントする(ように見える)
ために「心配ないよ。」と行ってしまう支援者がいます。
これはダメなのです。
なぜって心配のない根拠と見通しがまったくないから。
そして、いちばんよくないのは一見、優しそうに見えて共感して
いるようにみえて「心配している」相手の感情を抑え込もうとして
いるのが違うと思うのです。

心配しちゃう理由や根拠、感情があるのだからそれを「なしにせ
い!」っておかしなことです。
実は関係遮断的なのではないかと思ったのです、これ。

カウンセリング的な受容「心配なんですね。」は心配な感情を
受け止めます。これは共感的ですね。寄り添ってます。
私はもっと踏み込んで、「心配しましょう、一緒に」にまで寄ってい
くこともあります。まあ、これは私の場合はより具体的で、継続的
で、支援提示的な関係の相談が多いのでここまで寄っちゃうこと
があります。もちろん、相手や状況によりますが。

この所思うのは、基本、相手の感情や相手から発信されるものは
いったん受け止めるべきですよね。
「違う!」とやってうまくいく場面はひとつもない。

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