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2011年7月

特別支援教育正式開始から5年経って①

 7年ぐらい続けている学齢期の研究会の初回です。
表題のようなテーマで議論しました。

参加者は管理職、コーディネーター、特別支援学級担任、特別
支援学校、スクールカウンセラー、通級担任、心理職、巡回相
談員等々と多様です。

いくつか大きな議論をしました。
ひとつはソーシャルスキルトレーニングについてです。
まず通級の先生が大事な気づきについて教えてくれました。

この先生はSSTに早期から取り組んでいましたが、般化の問
題についていつも悩んでおられました。
やはりこの個たちだけの問題でなく、クラスづくりの課題は大
きいという実践を踏まえた手応えについて語ってくれました。

それから思春期と自己理解の話になりました。
去年よりは配慮されたクラスになったのだけど、本人は苦しい
場面が増えているといういくつかのケースの話題です。
これはクラスの問題というよりも本人の発達の結果なのかもし
れないねという議論になりました。
自分に気づく年頃になって感じてきた不全感なのだろうと。

そこで関連してSSTに大事なことはセルフの育ちなのだろうと
いうことがあがって来ました。
うまく関わるという技術の教示だけではうまくいかない、自己像
のとらえや動機がないと難しい。
そして、そのセルフの育ちを支えられる受容的な関係。

認知の修正の必要性についても確認しました。
高機能タイプについてはセルフの育ちに連動して、各種ワーク
ブックなどを用いて自己コントロールについての学びを深める
と入っていくというような実践の手応えをききました。

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20年後の「発達」

 もうじき30歳になるAさんのことです。
区分判定すると6になる最重度の方です。

重いてんかんを持ち、基本的にやりとりは難しいです。
いくつかの刺激に向かって移動し、身辺処理にも動機なく、全
介助です。
小さな頃は発作が多く、行動に目的志向性も弱いため、動きも
多かったです。

最近久しぶりにAさんにじっくり付き合う機会があり、過ごしてい
ると大きな変化が…

・要求行動が生まれた
最近、要求がみえるのです。
かたい、小さな、物を介した要求です。
いくつかの欲しい物や好きなことが周囲からみてもようやくみ
えるようになってきました。
それを取って欲しい、実現してほしいために手を引くようにな
りました。

・因果関係の理解
①そして、要求を示す場面で面白いことがありました。
私がスリッパを脱いで床に座っていると、何かを求めつつある
Aさんが寄ってきました。
しかし、まっすぐ手を引くわけではありません。
まずはスリッパをとってはかせようとします。私を立たせて何か
をさせたいために…なるほど。
②それから二次元の操作が理解できるようになってきました。
そのため、私、閉め出されました。
サッシを閉めて鍵をかけるという操作をAさんが覚えたからです。

ほんとうに重い、重いAさんが緩やかに緩やかに発達していく姿
です。
まだ何ができるようになった訳ではありません。
でも20年ほどをかけて初期発達の入り口に向かっているのが
見えます。

時間の積み重ねの意味を思います。
①成長しててんかんが好転してきました。
②御家族が丁寧に接していることで期待やパターンができてき
ました。
③彼自身が持っている可能性 時間をかけた発達
 感覚的瞬発的な操作がゆったりと終点のある操作「定位行動」
になってきました。
操作と関係は連動します。
両方をしっかり見つめていく目を持ちたいです。

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どこに向かおうか迷っています!

 大家S先生に叱られて以降、迷っています。
「もっと彼らの特性に理解を!」
「熱心で、無理解な大人が困る!」

率直に言うと、自分がもっと、何をというよりも世の支援者に
どんな働きかけをしようか迷っています。

というのもS先生のお言葉をきいてから巡回相談のプロフィー
ルをみても、こどもたちのことを語る大人のどの言葉をきいて
も、発達障害のこどもたちの側にたっていない部分しかみえて
こなくなってしまいました。

私のクラスにはまらない。
私のクラス経営がたいへんで…
みんなと違っていて…
言うこときいてくれなくて…

それってこどもたちとなんか関係ある?

 さて…どうしようか?
もっと世の中攻めようか、支援者のたつ現状を肯定しながらや
っていこうか。
思案、投げ首です。

今できていることを肯定しなければダメなのだろう。
でも、こどもたちの側にたっていない時にはピリリとスパイスを
きかせなければならないのだろう。

わかったこと。S先生のモデル。
厳しく注意叱責されるよりも、穏やかに諭されると胸に落ちると
いうこと。

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怒りと不安は同居する。

 就労トレーニングコースのこどもたちへのSST。
今年度は自己理解と認知感情コントロールに焦点を当ててい
ます。

ちょっとしたワークシートをやってみようということになりました。
最近、あったできごと、感情を思い出してみよう。
かなり自己分析できています。
いろいろなタイプがいます。
穏やかなこどももいました。
感情表出も分析も苦手なこどももいました。

自分が外在化タイプか内在化タイプが分析してみようというワ
ークもやってみました。

「先生、両方あるわ…」
こどもたちの気づきです。
特に外在化タイプは不安のあらわれとして行動化すること多い
ですし、一転して内在化することもある気がします。
外在化…行動化
内在化…身体化、強迫化
なのでしょう。
外在化は振れ幅大きく、内在化はじっと潜り込む。

なるほど。

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まだまだなんだ…

 前から続いています。講演会の中で伺ったことです。

数年前、ノースカロライナに視察に行ったときに、二次障害の
問題や状況について尋ねたそうです。
不登校や非行のことですね。

そうしたら先方が首をかしげているのだそうです。
該当者が見あたらないというだとか。
逆に日本ではクラスに生徒が来なくなった教員は責任が問われ
ないのか?プログラムの質が問題にされないのか?と尋ねられ
たのだと…

真に本人の特性にあった支援がされれば、二次障害はなくなる。

衝撃的なことでした。
やっぱり問題は彼らの側にはないのです。

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叱られました

 親の会で自閉症教育の大家S先生を招いて講演会。
なんといってもTEAACHを我が国に紹介した先生ですからホ
ールが一杯になりました。

御家族等との対話の時間も少しとっていただきました。
ちょっとした講話と質疑応答の中で、我々は先生に叱られまし
た。
こどもたちのことをちっともわかっていないと…
もっとも困るのは「熱心で、無理解な」大人なのだと…

適応にむけた悩みを質問する御家族に、彼らを理解し、彼らに
あわせてと厳しい指摘を優しく優しくおっしゃいました。
御家族の思いはわかるけれど、それは個の特性に沿っていな
い。その通りなのです。
適切な支援を受けられないことは二次障害につながっていく…

参加者の目から涙が止まりませんでした。
ききたかったお話しで、厳しい指摘で。

ただ、確かだったこと。
発達障害のことを理解しようとする人々をホール一杯集めたと
いうこと。

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時代をあきらめない!

 これも歌詞のワンフレーズです。
名言だと思いませんか?

生きていくのは大変です。
参加すること、よく関わることは大変です。
愛着が危機の時代、本当にヒトのありようについて考えてしまう。
子育てはどこに向かうのだろう?
われわれが大切だと思っているものを大切に思っていない親
もいるみたい。

でも、時代の問題だといって諦めたくないのです。
社会が…といって諦めたくないのです。
この世の中には私の好きなものがたくさんあって、好きなひとが
たくさん居て、それが続いて行って欲しいのです。

だから、時代をあきらめない。

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発想転換!暴論!

 生徒指導上の問題が頻発するある学校の話をきいてちょっと
思ったのです。
基盤には地域的に愛着の問題があり、発達障害のこどもたちも
少なくはありません。
学校はそのクラスに総スクランブルなんだと。

大人の、支援者の意図や指導に乗りにくいこども達や家族達の
存在は我々にとってよいことなのではないかと…
我々は対象者を、我々の意図に乗せることを支援の方向性に
してきました。
今まではそれでまわってきた。
「指導」してきた。
家族にだって「○○を指導」みたいなことを行ってきた。
でも、実はそれって違う。

こども達や家族達がそう簡単に乗ってくれなくなったということ
は我々が懸命にそっちに合わせる必要が出てきた。
創意工夫や手だてを探す必要ができてきた。
それも常に相手に沿った形の、相手を理解した形の。
こっちの文脈じゃなくて。

そう考えると、ひょっとしたらありがたい存在なのかもしれません。
危機だけではやっていけない。
ただ、ちょっと発想転換にしてもハッピー過ぎるかもしれません。
暴論かもしれない。
でも、視点をかえると新世界。

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豊かな育ちをしているこどもの後ろには

 困難事例の多い我が社(施設)にも豊かな育ちをしているこ
どもたちが何人もいます。
そんな子たちをなんとなく思いながら運転していました。

なんとなく、気が付いたのは…
そんなこどもたちを思い出すと、その子の名前を呼びながら懸
命に関わる大人の姿が幾人も浮かびます。
家族がいないようなこどもたちです。
あの時、あのヒトとこの子についてこれをしたっけ。
あの時、あのヒトがこの子についてこれを話したっけ。
あの時、あのヒトがこの子とこんな時間を過ごしていたっけ。

この何人もの大人の姿が安全な愛着を再構築しようという現場
の構えなのだろうと思いました。

「あの子の後ろにはあの大人達」
そういう作業を懸命にしたい。

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Hello !Child of The Century!

  ある曲をきいていてタイトルのフレーズが出てきました。
「あっ」とそこで思い出したのです。
我々は次の時代をつくるこどもたちをお預かりしているのです。
そのことはこどもたちの育ちがどのようであっても変わらない。

こちらのストーリーで語ってはいけませんよね。
「対応」とか「子育て」って古い世代の側にたった言い回しでしか
ない。
我々がうれしいと思うもの、大切なものをつないでくれる大切な
存在に出会えることをうれしく、うれしく思って日々をつないで行く。

「やあ、お会いできて嬉しいです。時代をつくってくれるこども達!」
と大切にしていく。

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イラショナルビリーフ-認知を修正するということ-

 新しいLD研究が届きました。
教師の「非合理的な思いこみ(イラショナルビリーフ)」が発達
障害児を抱えたクラスのクラスつくりや教師のストレスに影響
があるという記事が印象的でした。

イラショナルビリーフはエリスという人が提唱した論理療法の
中の考え方です。
詳しい方はわかると思いますが、これは認知行動療法の「自
動思考」につながっています。

「認知のゆがみを修正する」
これは大事な視点になってきているのだろうなと思います。
認知がゆがめば、感情がゆがむ。
そして、行動がゆがむ。

まず、これは発達障害児の支援にとって必要。
ゆがみの修正ばかりではなく、適切な認知を入れる/わかりや
すい伝え方、内容、方法で伝えるということかもしれません。

次に彼らのまわりの人にとって必要。
これは啓蒙啓発の問題とまだまだ直結しています、きっと。

それから大きく捉えると、ヒトがみな関係や参加に苦しむ時代に
あってそのあり方、認知の捉え方にはいつも修正が必要なので
しょう。
苦しんでいるのは、感じ方考え方が苦しめていると捉えればその
感じ方考え方を修正したり柔軟にすることは必要です。
それは現代を生き抜く方法論にもなるのかもしれません。

リフレーム=思考の再構築ということばもあります。
まなざしが変わると新世界。

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幼児期は大事というけれど…

 ある園訪問でのこと。
管理職が焦っています。
「就学指導どうしたらいいか?」
「家族がちっともわかってくれない!」
「この子、なんにもわからない!」

あまりにバタバタしているのです。
きいていくと「幼児期は大切というから…」「大きくなってから○
○になっちゃあ困るから…」とのおこたえ。

幼児期の支援者は優しい。
こんな風に先のことまで想像してものを考えてくれます。

けれども、自分が直接支援できないことにまで心を寄せて心を
痛めていったい何になるのでしょうか?
強迫的な不安で子育てをして何になるのでしょうか?
「みんなに追いつく」のが発達の目標でしょうか?
「迷惑を掛けない」のが人生の目標でしょうか?

ヒトの発達は宿命的ではありません。
幼児期は確かに大切ですが、そこで起こったトラブルがすべて
生涯に影響する訳ではありません。未獲得がすべてに影響する
訳ではありません。リカバリーや修正は可能です。

発達障害は「障害」です。
「障害」に対してできないことを要求するのは「差別」です。
みんなと同じようにを要求するのは「差別」です。

家族に理解を求めること。
やりかたを間違えると早期支援のつもりが仇になります。
就学に合わせようとし過ぎて、こちらのタイミングで迫りすぎると
学齢期の支援へのつながりどころか妨害になります。
家族が懲りてしまうと、就学後、学校がアプローチする時に心
の扉が閉まってしまいます。
幼児期の困難課題よりも学齢期のそれの方が大きな影響ある
のに必要な支援が受けられなくなります。

取り越し苦労は自分だけの苦労ではありません。
時にヒトを傷つけ、妨害します。
「援助妄想」という言い回しがあります。
これは支援者の肥大した自我のことをいうのでしょう。
「発達」を押さえていない支援のことをいうのでしょう。
相手の文脈への理解をしない支援のことをいうのでしょう。

ホントにわかれば焦らなくてする。
幼児期の大切さは違う意味でキラキラしてくる。
強迫や不安にさいなまれた支援でなく、希望の光が注ぐ発達支
援になる。

今できる支援をする。
こどもに合わせた支援をする。
本人がちょっとだけ背伸びをする支援をする。
発達や特性、強い力にあわせた支援をする。
家族の立場や思い、文脈物語にあった支援をする。

幼児期は大切です。
こどもと家族にとって。支援者にとってではない。

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全体をきいちゃダメ

 ずいぶん減りましたが、巡回相談で「この子を全体的にどう
支援したらいいですか?」というお尋ねがあります。
心情はわからないでもないですが、この質問が出る時点で支
援する側が整理できていないことが多い気がします。

・特性についてよく理解できていない。
・クラス参加が支援の焦点になっている。
・みんなと同じにしたいと思っている。

スタートがぶれているので「答えを教えて」みたいな、ちょっと
無責任な質問が出てくるのかも知れません。
また、「特別なこどもたちで、その支援を知っているのは専門
家!」と思っているのかも知れません。

 主訴といいますよね。
「今、何に困っていますか?」「今、何を知りたいですか?」
ということ。
いっぱいある課題の中で、ひとつを取り出して吟味していくこと
です。

不思議なものでひとつを取り出すと全体がみえてきます。
これ、実に大事な切り口なのです。
いろいろ知りたい時には、ひとつをみつめる。
いろいろ困る時には、ひとつからはじめる。
ここなんでしょうねえ。

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外在化タイプと内在化タイプ

 ADHDの二次障害における移行形態として外在化障害と内
在化障害が知られています。
前者は反抗挑戦性障害から行為障害などに向かっていく非行
タイプ、後者はひきこもりなどにつながっていくタイプと言われて
いるようです。

これはADHDに限らないことのような気がします。
発達障害全般にも同じでしょうし、ヒト全般に危機に直面した時
の反応形態でおおよそこの2タイプなのではないか。

行動化し、攻撃していく外在化
身体化、強迫化して、自己世界に向かっていく内在化

私はどちらかといえば外在化タイプだと実感します。

また、両者は密接につながっていて移行もよく起こるのかもし
れません。

前者には寄り添い、コントロールを支え、後者は寄り添い、不安
に共感していくことが必要なのだろうなと思います。
初期発達において情動の調整が大人と行われるものであること
をなんとなく思い出します。

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