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幼児期は大事というけれど…

 ある園訪問でのこと。
管理職が焦っています。
「就学指導どうしたらいいか?」
「家族がちっともわかってくれない!」
「この子、なんにもわからない!」

あまりにバタバタしているのです。
きいていくと「幼児期は大切というから…」「大きくなってから○
○になっちゃあ困るから…」とのおこたえ。

幼児期の支援者は優しい。
こんな風に先のことまで想像してものを考えてくれます。

けれども、自分が直接支援できないことにまで心を寄せて心を
痛めていったい何になるのでしょうか?
強迫的な不安で子育てをして何になるのでしょうか?
「みんなに追いつく」のが発達の目標でしょうか?
「迷惑を掛けない」のが人生の目標でしょうか?

ヒトの発達は宿命的ではありません。
幼児期は確かに大切ですが、そこで起こったトラブルがすべて
生涯に影響する訳ではありません。未獲得がすべてに影響する
訳ではありません。リカバリーや修正は可能です。

発達障害は「障害」です。
「障害」に対してできないことを要求するのは「差別」です。
みんなと同じようにを要求するのは「差別」です。

家族に理解を求めること。
やりかたを間違えると早期支援のつもりが仇になります。
就学に合わせようとし過ぎて、こちらのタイミングで迫りすぎると
学齢期の支援へのつながりどころか妨害になります。
家族が懲りてしまうと、就学後、学校がアプローチする時に心
の扉が閉まってしまいます。
幼児期の困難課題よりも学齢期のそれの方が大きな影響ある
のに必要な支援が受けられなくなります。

取り越し苦労は自分だけの苦労ではありません。
時にヒトを傷つけ、妨害します。
「援助妄想」という言い回しがあります。
これは支援者の肥大した自我のことをいうのでしょう。
「発達」を押さえていない支援のことをいうのでしょう。
相手の文脈への理解をしない支援のことをいうのでしょう。

ホントにわかれば焦らなくてする。
幼児期の大切さは違う意味でキラキラしてくる。
強迫や不安にさいなまれた支援でなく、希望の光が注ぐ発達支
援になる。

今できる支援をする。
こどもに合わせた支援をする。
本人がちょっとだけ背伸びをする支援をする。
発達や特性、強い力にあわせた支援をする。
家族の立場や思い、文脈物語にあった支援をする。

幼児期は大切です。
こどもと家族にとって。支援者にとってではない。

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コメント

発達に不安を抱えながら子育てするよりも、
少しずつでも成長を喜びあいながら子育てしたほうが、
誰だって嬉しいですよね。

障害を受容せよと迫られて、
家族が頑なに否定する気持ちは本当によく分かります。

発達の遅れ=即、療育センター行、ではなく、
子育て支援センター等で、
発達についての専門家の助言をもっと気軽に聞けるような
仕組みがどんどん作られていけばいいなあと思います。

投稿: そら | 2011年7月 9日 (土) 15時48分

そらさん、ありがとうございます。
そうなんですよね。
多様な育ち、多様な御家族を包み込む幅のある支援が構築されていないのです。
多様な語りや支援が用意されていないのです。

たくさんの景色から想像力と対応を豊かにする。
支援する側の課題は多いです。
ありがとうございます。

投稿: けやき堂 | 2011年7月11日 (月) 05時59分

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