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2011年9月

「できない」と「やらない」とは違う

 伝聞です。
ある移行支援会議で学校側から「読み書きの基礎や関心を
高めることは幼児期にしておいてほしい。」というコメントが
あったそうです。

それに対してある保育園から「保育園ではそういうことはやら
ない。鉛筆も用意していない。」との回答があったとか?

どう思いますか?
私が感じたのは…

早期の知的学習や脳トレーニングがはやる中で伸びやか
な保育を目指す保育園が知的な活動を対照的に毛嫌いして
いるような印象を受けました。

でも、これは本質的ではない。
5歳前後以降こどもの抽象への関心は劇的に伸び、文字へ
も動機が出てきます。
これはこどもの「発達」という可能性の中から出てくる物です。
それを「やらない」というのは違う。

そして、園は学校の予備校ではありません。
学校でうまくやれるようなトレーニングをするのは本質的では
ありません。
だからといって知的な作業へのレディネス作りを忌避するのは
違います。

もうひとつ保育園は幼稚園に比較して様々なこどもの状態像
を受け止めなければならない状況にあり、カリキュラムの吟味
を深く追求できない実情もあります。それは理解します。
でも、保育に欠けるこどもをみる所だからといって、ただなんと
なくこどもをみていればいいなんてことはありません。

こどもの発達の声を聞く。
教える側のつもりでなく学ぶ側に願いをきく。
このこと忘れちゃならない気がします。

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「マクロカウンセリング」が教えてくれること

 ある研修会の資料つくりをしていて思い出したことがあります。
支援者の役割や支援の方向性をしめすものとして、明治学院
大学の井上孝代先生が提唱した「マクロカウンセリング」の考え
方の中で示されているものが参考になります。

個別の支援から関係促進やシステム変革へ
小さな関係促進からより大きなものへ
ここで示されている支援のバラエティーは我々が用意していくべ
きものだと思っています。

問題が大きいのはなく、解決する手立てが整理専門化細分化さ
れていないために、問題が処理できないことがあります。
我々支援者は使う使わないはともかく道具箱に道具は入れてお
きたいと思うのです。

  1. 個別カウンセリング・個別支援

  2. 心理療法(サイコセラピー)

  3. 関係促進(ファッシリテーション)

  4. 専門家組織化(リエゾン/ネットワーク)

  5. 集団活動(グループワーク)

  6. 仲介・媒介(インターメディエーション)

  7. 福祉援助(ケースワーク)

  8. 情報提供・助言(アドバイス)

  9. 専門家援助(コンサルテーション)

  10. 代弁・権利擁護(アドボカシー)

  11. 社会変革(ソーシャルアクション)

  12. 危機介入(クライシスインターベンション)

  13. 調整(コーデイネーション)

  14. 心理教育(サイコエジュケーション)

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LD学会に行ってきました。

 ちょうど一週間前、LD学会に行ってきました。
3日間の内、1日というなまけものでしたが、得る物は多かっ
たです。

・幼児期の支援体制についてポスター発表しましたが、関心
は高かったように思います。
というより学会全体としては幼児期の支援に従事している
ヒトはそんなに多くないようで集中したのかしら。

・地域のシステムつくりに対する発表に関心を持って聞きま
した。どこの地域も資源とヒトがない中で工夫をしています。
 個人的には三鷹市が小中一貫の学校づくり、中学校区の
地域づくりと支援体制の整備を結びつけていて感心しました。

・ビジョントレーニングのシンポジウムに参加。
読み書きの困難の構造が目の機能にあるというのはなるほど
の事実です。発達障害というものが全般的で、連動的な困難
ということを改めて痛感しました。
しかし、今は一部で行われているこのトレーニングを広く展開
していくためにどうしたら?という点は容易ではなさそうです。
医療としては点数になりにくく、オプトメトリストは少なく、居ても
メガネ屋さんだったりして「メガネ屋でトレーニング?」ってこ
とも感じます。教育現場で副次的にやっていく他ないのか?
でも、「目のトレーニングが教育活動か?」っていうヒト居そう。

・ユニバーサルデザインのシンポジウムに参加
我が国でのこの分野のフロンティアのひとりである金子晴恵
さんのお話しをはじめてききました。
最近、ムキになってユニバーサルデザインやインクルーシブを
語っていますが、間違ってないなと感じました。
印象的だったのは、UD for teachinng じゃなくて UD for
learninngだよということ。
学びの主体性は教える側でなく、学ぶ側にあるんだよというこ
とです。そもそも当たり前だけど、ひとつ、一斉、集団に適応す
るという学びの場の構造のために、大きくぶれていた原則です。

発達障害についての理解と支援の先は必ずUDでなければい
けないのかもしれないとさえ思っています。
入り口は困難をどう理解し支援するかだけれど、実は困難は
困難ではなく、皆の中にある多様性で、その多様性を前提に
した社会を構築していくことがこれからの我々の目指すべき
所なのでしょう。
許容度高く、すべてがバラエティーに富んでいる世界。

そんなことを思うと、金子先生の朗らかな様子になんだかとっ
ても打たれました。
金子先生のブログ「先生が明日からできること」に資料が公
開されています。ぜひ、どうぞ。

 たった1日だけでしたが、刺激をうけた学会参加でした。
もどってくると地域の現状に考え込んでしまうことも少なくない
はずです。
どうしようもない啓蒙啓発にまたもどるのかもしれない。
けれども、同じような状況を抱えて試行錯誤している支援者が
全国にも居ることも確認でき、現場からの創造の必要性を思い
ます。
新しい取り組みは苦しい日常から生まれるのだと。

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のび太くん

 アメトーーク「のび太ほっとけない芸人」を見ました。

のび太くんのプロフィールを改めてきくと、ひどい。すごい。
特性まるだしです。
ほんとに不器用で、アンバランス。
自分の名前「のび犬」って間違えるんですから。
不注意優勢型?LD?

まあ、でもそのことはいいのです。

なんだかうれしいなあと思ったのは、「のび太ほっとけいない」と
いうタイトルだけに、そんなのび太くんを見つめる目が温かいこと
この上ないのです。

誰かが言っていました。
「ほんとに仕方のない奴だけど、のび太がいないと何も起こらない。」
そうなんですよね。
アクシデントやトラブルばかりかもしれないけれど、彼がいないと
ドラえもんのストーリーは始まらない。

のび太くんに対するこういう尊厳のまなざしはそのまま発達の凸
凹のある方々への尊厳につながるなあと思いました。
そう、彼らがいないとはじまらないのです。

のび太くんの特技=昼寝(笑)
そのフィギュアがあるのだそうです。
それを見ていると癒されるとのこと。
ほんとうに力の抜けたいい姿でした。私も欲しいな。

 最後に気づいたこと。
「のび太がほっとけない」と語っていた芸人さんの多くは、
「中学の時、イケてないグループに属していた芸人」
「運動神経悪い芸人」
「人見知り芸人」
「最初は暗かったけど、最近明るくなってきた芸人」
にも出演していました。

みんな凸凹の中で暮らしているけれど、その存在は尊く、ひとり
ひとりが存在しないと世の中はじまらないのです。

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整理すればわかる

 あれ?と思ったのです。

 「育児不安」をテーマにした研修会の申し込みをはじめました。
この研修会で知りたいことは?の欄に書いてあることはおよそ
「育児不安」には関係ないことばかり。
一見しただけで
「それは要保護の問題でしょ!」
「これはこどもに発達的な課題があるよね。」
「精神疾患があり…」

要は「家族支援」特に「困難を抱えた家族支援」を全部投げ込
んでしまっているのです。

「家族支援」にも細分化が必要な時代です。
こどもの発達支援以外をすべて家族支援の枠に放り込んで
対応してみようとした所で何も解決しない。
細かく課題を分析していくとそれぞれの分野へ手立ては明確に
出てきます。

要保護にはソーシャルワークやネットワーク対応
こどもに原因がある場合は早期発見、早期支援 等々

問題を問題にしてしまっているのは、支援者の無知や不勉強な
のかもしれない。

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ムード

 出典は忘れてしまったのですが、どこかで授業論か何かを
読んで「なるほど!」と思ったのです。

内容や枠組み、構造も大事だけれど、こどもにとってはムード
に左右されることも多いから。
よきムードつくりも大切

という論調でした。

よく考えてみれば至極当たり前のことですが、なかなか議論され
ない技術の眼目かもしれません。
「こどものテンションをコントロールすることが大切」とおっしゃって
いた先生を知っていますが、同じ事かもしれません。

・肯定的で、許容的な雰囲気を作り出すために、大人が穏やかで
いる。
・こどもの状況や活動課題に応じてスピード感やじっくりした場面も
緊張感もつくる。

個人の人柄などにも帰結されやすく、方法論としては語りにくいの
かもしれませんがこれってかなり実践的な極意だと思うのです。

参加を支えるということはよき場をつくる方法論を研究し続けると
いうことだと思いますが、そう考えると内容、枠組み、構造だけで
なく、ムード・雰囲気も重要な要素だと気づきました。

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「信頼関係をつくる」必要があるか?

 ちょっと暴論かもしれません、また。

あるスタッフと話をしていて御家族と信頼関係ができなくて…
とぼやいていました。
思わず言ってしまったのは…
「信頼関係って必ずしもつくる必要なくない?」

というのも信頼関係ってそれを目的にしたら違うんじゃないと
思ったのです。
おこさんをはさんで御家族が満足する支援とやりとりをする。
不安がないような支援を提供する。
それを提供し続ければ信頼関係っていらないのではと思ったの
です。

それに「信頼関係」って「自分が望むような感情交流」って意味
で我々は使っています。
それって難しいこともある。
こちらの望むようにではなく、相手の望むようにが前提。
それに感情交流ができない相手ってたくさんいる。
支援やサービスの提供は実は家族との感情交流と違うベクトル
で動いていることもある。

まあ、こんなこと考えると、相手に合わせて付き合った結果の
心情的なつながりを「信頼関係」というのでしょう。
結果を目的と勘違いするとぶれる気がします。

難しいんだけど、相手の望むようにを大事にしたいものです。

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