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2011年10月

5歳児健診・5歳児相談

 ある所で5歳児相談を次年度企画したいということで意見を
求められました。

5歳児健診は発達障害の発見をターゲットに行われるように
なってきています。
その年齢の集団参加で課題を抱える個が多いという特性を
みて、幼保園の協力を得ながら実施するものです。
色々な方法論が広がっていますが、顕在化特性を見ながら
地域に支援体制を整備しながら行わなければならないので
必要性を感じていても実施できない自治体は多いです。

・医師の確保が難しい。
予算的にも、専門医という点でも。

・実施後の支援体制つくりにバイタリティーが必要。
発見はフォローと連動しなければ意味がありませんが、相談
体制もリソースプログラムなどのトレーニングの場も不足して
います。

・悉皆健診(みんなやる)にはマンパワーも予算もたりない。

 このまちではそんな状況を受けながらもケースの増大に伴っ
5歳児における相談を組んでみようとしています。

・悉皆健診ではなく、経過観察児や集団参加後の様子で園や
家族が動機をもったこどもを対象にする。

・園と、教委との共同。特別支援教育、就学指導との接続を
最初から意図する。

・心理職との連携、アセスメント。

私がお話ししたのは…

・5歳時のチェック機能設置は賛成
 園の発達評価機能の低さと就学を視野に入れた場合には
個々でチェック、支援の場を用意することは有効。

・「健診でなく相談」も賛成
悉皆健診では拾いすぎてしまう。
特性のある個がすべて障害児ではないのだけれど、
健診にすると今の保健のまなざしでは障害有無ベースになり、
拾い過ぎてしまう。

・園からの資料提出とともに相談にも陪席をしてもらっては?
家族との問題の共有にはその方が有効。

・フォローのありかたは必ずしもリソースベースでなくても
リソースをどう整備するか?キャパシティをどうするか?というこ
とに腐心しておられたので、発見後必ずしもトレーニングではなく
園訪問の強化や継続相談でのフォローもフォローだと提案しまし
た。

早期発見を巡ってはいろいろな動向があります。
就学までの時間をみると4歳から4歳6ヶ月健診でどうだ?という
声や実践があるようです。
また、医療的には10ヶ月での発見を目指したいのだとか。
まあ、でも検出と家族との共有にギャップがあるのが発達障害です。
早けりゃいいもんじゃありません。
支援する側の都合や医療モデルだけでなく、家族の文脈にあわせ
た支援体制の組み方が重要だと思います。

伝わらなければ伝えないのと同じだと思うのです。

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支援を小さくしない

 幼児期の体制についての検討会議。
考え込んでしまいました。
ヒトは自分の状況でしかものを考えないものだとは承知してい
ますが…

新しい子育て施設。
保育園も、療育も、子育て支援センターも、育児サポーターも、
相談室も併設してしまおう!という提案をしています。
保育者には保育園中心に考えてもらっています。
とはいえ、関連事業なので子育て支援センターや育児サポー
ターについてはどう考えているか尋ねてみました。

残念なことに何も考えていないようでした。
というよりも必要性も知識もない。
この地域が特別なのかも知れませんが…

保育者って保育園でこども見るヒトのこと?
いつもいつも巡回相談で、「あれ?」というお尋ねが出ることも
わかる気がします。
自分の文脈でしか物事を捉えられない…

この話しは氷山の一角なのでしょう。
どんな現場でもそこでこなすだけでは、なんにも見えなくなってし
まう。
現場は厳しく、支援とケースに縛りつけられるのもわからなくは
ない。
でも、良識ってある。
専門職としての世間の期待を感じ取る感覚ってある。

アウトリーチで景色を、遠山を眺める必要性はある。
ケースを構成する、現場の状況を作り出している要素について
自分で掘り下げる必要性はある。

支援を小さくしない。自分を小さくしない。

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特徴的ではないケースをみる

 先週は特徴的でないケースがいくつか出ました。

けれども、じっくりきいていくと「やはり特性があるよね。」とい
う判断をした方が妥当なのです。
特徴的でないケースの鑑別のしかたとしては陽性症状(ない
はずのものがある)の有無をしっかり確認することだと思って
います。

・特性を陰性症状(あるはずのものがない-対人発達面
での欠如)、陽性症状(ないはずのものがある-認知、行
動特性、障害特性)と分けて全体像を理解していること。

・強弱ではなくて、それがひとつあれば発達の凸凹だと捉
えて支援した方がいいという特性もあります。
そういうものはしっかり理解しておく。

「今はなくなったけど、ちょっと前まで逆転バイバイしていた。」
これはそういう質の特性です。

・ちょっとでも生育歴をさかのぼる。
以前の重度群やカナータイプと違って、発達障害全体は乳幼
児早期には特徴がみえますがどんどん改善、行動が変化して
いきます。幼児期の数年の間にもです。
そのことは早期支援の意味にもつながっていきますが、特性
がみえなくなるとことでもあります。
ちょっと前はどうだったか?
特にちょっと前のQOLはどうだったか?は大事。

・養護性の高いケースこそ本人のあらわれをみる。
家族の問題がはっきりしているとすべてをそこに帰結しがちで
す。
けれども、そういうケースこそ本人をみるべき。
実は根底に本人の特性=育てにくさがあることは少なくありま
せん。

愛着障害と発達障害は近似しており鑑別は難しいと思います。
いくつかのポイント
・刺激に反応するのはADHD
・イライラしているのは愛着性
・自閉的なあらわれを示すような愛着障害は重篤で現場で直面
することは多くなさそうです。自閉性についてはその有無をみて
おくことは意味がある。

迷う時は両面対応
二者択一しても意味はありません。
今はなんとなくリスクとまではいかない子育てのうまくなさがあっ
たりしますが、それを捉えて愛着の問題に帰結するのは無意味。
弱い本人特性とちょっとだけうまくいっていない子育てなんてたく
さんあります。
両方を柔らかく包んでみて支援したい。

 最後に特徴的でないケースに出会った時におこりがちな支援
者の心理=決めつけたくないのこと。
気を付けないと必要な情報にフタをすることになってしまいます。

決めつけるのは支援者自身の心理の問題です。
決めつけた先に何がおこるのかをしっかり吟味してほしい。
決めつける理由を噛みしめてほしい。
実は決めつけたくないというヒトこそ決めつけてしまいそうな自分
の中の問題性に気づいています。
そして、その理由は理解の未熟です。
よくある「障害者と思いたくない。」については障害観や発達障害
についてしっかり学んでほしいと思います。
知らないということは差別を生み出します。
差別の最たる物は支援されないということ。
そういう特性がありそうだったら、仮に理解して支援を進めたい。

理解は深まっており、ポイントは特徴的でないケースをどう理解
し、支援していくかになっています。

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リソースルームとインクルーシブ・ユニバーサルデザインの関係

 ある先進的なとりくみをしている園の実践をはさんで色々、
考えています。

インクルーシブやユニバーサルデザインが進めばリソースルー
ムは不要かどうかというとそんなこともないのだろうなと思って
います。
むしろ、抽出というメニューも多様な手立ての中にちゃんとある
というのがインクルーシブ・ユニバーサルデザインなのだろうと。

場の多様性は重要な学びの要素です。
情報の受容や表出、行動の方法を多様にすることの要素の中
に、どんな集団や関係の中で学ぶかというのは含まれている
はず。
「とにかく集団の中で」だけ進めていっては本質を欠く。
理念先行で実態に合わなくなってしまう。

内容やとりくみに配慮されても集団の中でいれば過敏性の高い
個はずっと頑張れはしないし、影響も小さくない。
なんとなく待つ場面もなくならないだろう。
プログラムの遂行に場の要素は小さくなく、そのことは考慮に
値するはずです。

まあでも、UDLが進めば集団内の学びの多様性=個別学習性
は進展し、抽出の必要性はうんと減少します。

 もうひとつ思ったこと。
この個の学びの方向性は?とかこの園、クラスの学びのポイン
トや軸は?と我々は考えがちです。
でも、そうした理念的な方針を大人の視点で無理矢理考えださ
ないのがUDLなんだろうなと思うのです。

支援に意図性が必要ですが、For Learner である以上、大人の
教えたいことではなく、こどもの学びたいことに依拠すべき。
こどもの学びたいこと=発達に依拠すべき。

となると、方向性や方法の択一でなく、こどもが望み、必要な事
はなんでもやる。
そんな折衷主義がUDLなのだろうと思い始めました。

支援の意図性は発達段階を理解してそこに向かう道のりを保障
することであり、大人が勝手にあってほしい姿に導くことではない。

課題、活動は学習者の状況でどんどん展開したり、動いていくだ
ろう。
支援者の面白みはそのことをどう支えていくかに変わっていくだ
ろう。授業案、指導案にこどもが美しく乗っかることではなくなる
だろう。

だぶん、まだまだ私の理解も理念的で表層的。
自分の状況でしかものを考えていないのだろう。

でも、UDLの基盤がやっぱり発達であること。
そのことに気づいたのはうれしいことです。

「発達」が教えてくれること。

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家族と専門家をつなぐ目的

 巡回相談にうかがった先で生徒指導の先生と立ち話。

 興味深かったのは、この学校全体が「特性のある個は
たくさん居る。でも、それを包み込んでいくのが学校。」と
いうスタンスがなんとなくあるのです。

そして、どういう訳かこの学校には不登校という表現にな
るタイプが多いので、家族支援のお話しになりました。
どんな表現で家族に伝えるか?から始まって愛着の問題
なども。

この学校、この先生が心がけていることを伺ってなるほど
と思いました。

早めにスクールカウンセラーと家族の面談を設定するの
だそうです。
ただ、そこにはおこさんの姿を理解してもらうということを
必ずしも第一目的にはしないのだと。

・こどもの特性や困難うすうすわかっているけど引き受ける
状況やタイミングにない。
・そんな難しい個を育てる思い。
・家庭内での子育ての方針の違い

そんなものをほぐしていくとこどもの姿が変わっていくのだ
そうです。

この学校のこどもたちへのまなざしとつながってきます。
特性があるかないかではない、どう接するか、どう育てるか
だという雰囲気や構え。
そうなると、学校がその個に向き合う姿勢の検討の他に
もうひとつの「育てる」フィールド=家庭に光をあてる姿勢
は重要です。

「こどものために、家族のカウンセリングを意図する。」
プロフェッショナルの仕事です。

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特別支援教育、現状レポート

 ある資料に特別支援教育の現状をレポートする必要があり、
以下のように書きました。

・「発達障害」への理解は徐々に浸透。
一方、知ってはいるが深まっていかない感あり。

2行目は自分で書いたのに、うーんとなんだか響いてしまい
ました。
やれって言われたことはなんとなくやっているけど、こどもたち
の育ちの質の向上のために学校現場がどれだけやれているか
というのはなかなか。

もちろん、状況が厳しい中で懸命の取り組みをしている先生方
を知った上での感想です。

こどもたちに必要なことや親御さんの思いを感じた時に、教育
現場全体の状況と雰囲気はまだまだこんな感じかなと思うのです。

でも、ちょっと前より確実に動いています。
特別支援教育導入期に活躍した先生方が管理職になりつつあり、
現場の雰囲気が醸成されていってます。

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「異物感」

 育児不安の研修でのこと。
児に対する「異物感」を抱き、訴える母親の事例が挙げられま
した。

なんとなくわかる気がします。
「異物感」はきっと拒否にはなっていないのだろう。
でも、今までの私の生活のありようをかえてしまう存在としての
「異物感」
「異物」ではない、「異物感」

この研修では育児不安の源泉は「育児困難感」なのだろうという
レポートも出ました。
「困難」ではない、「困難感」

この「なんとなく、そんな感じ」をどう受け止めていくか。
そこにも共感が必要なのでしょう。
「異物じゃないよ。」「困難じゃないよ。」といった所ではじまらない。
その感じを受け止め、その源泉を探る。
その源泉を一緒にかえる手立てをみつけていく。

「○○感」を受け止める大事さは、まだそこに修正やどうにかしたい
意志が感じられます。
「わかるよ。」からはじまる何かがあると思うのです。

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早期発見をめぐる「すれ違い」

 研修で保健師さんと保育士さんが同じ場を共有していました。

そこでいつも保育フィールドから出てくる疑問が…
①1回のチェックで発達の課題はみつかるもの?
②家族に伝える言い回しが疑問。

①はよく言われることですが、正確な問診や直接法が行われ
特性の香りをかぎ分けることはできます。質をとらえた観察や
やりとりならば5分みただけでも特性は感じとれます。
一方で、毎日生活を共にして違和感を言語化したり、評価で
きないのは何故?と保育フィールドに対する反論が起こります。
ねえ…

要は②の問題なのだと思うのです。
障害の有無モデルで発達障害を捉え、家族に投げかけたら理
解されません。
特性の強弱ではかるべきで、その特性が強く不適応を起こして
いるものを結果的に「障害」というのでしょう。
だから、家族との共有にあたってはアンバランスや凸凹を捉える
目やことばで語り、育てにくさや心配にアプローチした時につなが
るのだと思うのです。
その点で言えば、保健現場はまだまだ、上手ではない。

一方、保育現場は特性に触れながら、そのことを言語化し評価
共有することに及び腰です。
批判しておきながら、保健や医療、心理職に丸投げしようとする
傾向があります。

 もはや早期発見、早期支援は健診だけですることはできません。
個別健診ではごくごく強い特性のあるタイプしか発見できない。
指標をかえてもうまくいかないと思います。
健診の構造をかえる他はない。
集団場面や生活場面を健診に織り込むのです。
ただ、それは現行では難しい。
となると、それがある保育現場の役割になってきます。

今あるもの、やっていることですれ違っている場合ではありません。
私はそう思います。

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シックマザー

 愛着の問題が連鎖しはじめている時代だな…と思っていたら
そのことをズバリついている本に出会いました。

・シックマザー 岡田尊司 筑摩選書 ¥1700

親、家族の精神的な困難のために、児との愛着の形成や障害
が起こっている、その実態やケース、対応について書かれてい
ます。

大事なこと。
その事実を受けて我々がどう考え、ふるまうか。
「親、家族がそうだから…」ではなくて、「こどもにとって…」だけ
でなく、ふたつを包み込むことが必要なのだと思うのです。

基本的にはこどもの支援者である我々。
あくまでもこどもをはさんだ支援であり、家族支援には限度があ
るのも事実です。
ソーシャルワークなども駆使しながら、家族ともつながりつつ、児
の存在を支えていく。
時には親家族の機能の代償も必要でしょう。

そして…
愛着の問題が連鎖しているとすると、安全な愛着が必要な児の
裏側には同じように安全な愛着=他者への絶対的信頼感が必要
な親家族がいます。
受容と共感は基盤のはず。

こどもをはさんだ、こどものための支援からこどもも家族も共に
支える子育て支援に片足立ちから両足立ちになりたい。

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ケース会議のありかた

 要保護児童地域対策協議会のありかたをめぐってちょっと
議論をしました。
実務者会議の運営方法です。

ケースを各所からあげて参加者で共有するという形が多いで
す。
市町・児相はそうやってケースを収集し、情報を確認し、参加
者に市町で起こっている事象を理解してもらう意図で運営をし
ています。

一方、参加者(園・学校等)は自分の抱えているケースについて
伝達することが中心的な役割なのですが、全体のケース数がだ
いぶ多くなってきており、きいている時間がどんどん伸びています。
数時間におよぶ会議の陪席は苦痛になり、意味は?意図は?
目的は?という疑問が出てきがちです。

自分には利することが少ないけれども、参加が必要なケース会
議というのが正直あります。
その場合は招集する側が参加者に意図と目的を明確にして、
会議をしつらえの工夫をしていく必要はありそうです。

「あなたたちはその会議必要だけれど、うちはこのケースに対し
て役割を果たしており、なんとなく集まって情報収集する会議に
出るほど暇じゃない。」ということは少なくありません。

やらなきゃならない会議だけど、なんとなくやってはいけないし、
やりかたはあるように思います。
一方、困難事例が増え、現場に縛りつけられる傾向の現場は
つとめてアウトリーチして、自分以外の世界の展開を知っておく
必要はあります。
多少のミスマッチは飲み込む才覚もほしいものです。

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過渡期にある「特別支援学校のセンター的機能」

 特別支援学校の先生達とお話ししました。

うかがうと、センター的機能の状況は様々で、本当に地域の
情勢を反映しているようです。
先日、LD学会でも同様でした。

センター的機能=地域の特別支援教育へのヘルプ、発達障
害の支援についてのノウハウの提供ということと言っていいの
でしょうが、特別支援学校がある市町の体制によって注文は
様々なようです。

特別支援教育正式実施から5年。
巡回相談や専門家チームの設置状況、各学校・各教員の支援
の蓄積は進んでいます。
その結果、地域によっては特別支援学校への発注自体が減少
していっているようです。

「発達障害とは?」という時期には特別支援学校の持つノウハ
ウは有効でしたが、進んでくると高機能群への学習保障やクラ
ス作り等自らで探求創造しなければならないことが増えてきます。
特別支援学校には蓄積されていない事柄になってきます。
それが状況の変化を呼んでいるようです。

 特別支援学校の苦しい状況もうかがいました。
校務がどんどん忙しくなってきて、「どうして外へ出るのか?」と
いう声も校内からあがるのだそうです。
この発言自体はまったくナンセンスで、発言者の心のありようを
疑いますが、状況は理解できます。

特別支援学校自体は肥大しており、ケースも養護性や過敏性
が高いこどもが増えています。
これは苦しい。

専門性は拡大しており、拡散していっています。
アウトリーチをしていかなければならない一方で、やってくるこど
も達の困難性は増しており、現場に縛りつけられます。
地域に資源はふえてもいます。

以前のように「障害といえば特別支援学校」ではなくなってきて
いるというのが事実でしょう。
気をつけないと、地域と乖離した象牙の塔になってしまう。
そんな中で地域とどうつながっていくか。
地域に何を提供していくか。
特別支援学校のセンター的機能は過渡期なのではないでしょうか?

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特別支援学級から通常の学級へ②

 続きです。

 様子が変わって、判断が変わることはよきことです。
でも、よく考えてみればクラス集団か個別的小集団かという学
びしかほぼ選べない現状に限界があるのは事実です。

・発達障害というこどもたちの存在の理解と特別支援教育とい
う概念の広がりと創造の中で、クラスに参加できないこどもたち
がすべて学籍の移動の対象ではないという対応が徐々に理解
されてきました。
・通級指導教室の設置と拡大も行われています。
・副籍という試みもあります。

でもでも、集団と個に沿った学びの完全両面保障、自由度と行
き来のある生活の保障はされてはいません。

私は思っています。
インクルーシブの土台はまず、この「集団と個に沿った学びの完
全両面保障、自由度と行き来のある生活の保障」だと。
みんなと居ることとまったく同時同量に、個の発達・特性にあった
学びが保障され、選択肢もある。
そうそう大事なことは「選択できる」ということなのでしょう。

まだ課題はあります。

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特別支援学級から通常の学級へ

 前回と関連しています。

 就学指導の審議で「特別支援学級」の判断から「通常の学級」
へと判断が変わったケースがありました。

知的障害やカナータイプの場合は、長じても学籍を集団の学び
にということは容易ではありませんが、発達障害が主訴の場合
はこうした判断がみられるようになってきました。
一時は集団参加が難しく、小集団での生活で学びを保障する必
要があったおこさんが、成長とともにその困難が軽減されてきて
再統合できるというケースです。
そこには困難となるような強い特性が軽減・コントロールされるこ
とと知的な学びの遅れが少ないことが必要になってきます。

 今回、「凄い」と思ったことがあります。
これまではアスペルガータイプのおこさんが中学生になって進学
が視野に入ってくる頃、通常学級へという審議になり、学習の保障
はわかるけど居場所の保障やパニック時の避難場所は大丈夫?
という議論をしながら学籍の変更をする判断が多かったのです。

今回は過敏で登校が難しかったおこさんが小学生の間に劇的に
改善されてクラスに戻っていったのです。
これは本当に凄いこと。
実は私このおこさん知っていますが、学校以外に関係を支え、存
在が認められる場があって、そのおかげで毎年毎年ぐんぐん変わ
っていったのです。
大事なことを教えられたケースです。

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二次障害の就学指導

 あるまちの就学指導会議でのことです。
現在のこどもたちの状況を端的にあらわすような審議が多か
ったのです。

「不登校」「憾黙」のこどもたちの居場所をという作業なのです。
表現型はそれぞれなのですが、その基盤に発達障害が予測
されるという視点で各校がアプローチしています。
それぞれのケースをきいていて、そうだろうなと感じました。

発達障害は予測はされるのですが、学籍の移動・適切な学び
の場所を保障するためには「障害性」の予測や根拠を見出さ
なくてはなりません。
けれども、参加が難しくお話ししてくれないので、検査がとれな
い、受診ができない個も少なくありません。
だからといって居場所つくりのために、根拠をいい加減にした
判断はできません。
事は「障害性」の判断なのですから。

過敏で参加が難しいこどもたちの居場所を大集団から、もう
少し配慮のできる所に。
いろいろな方法論があります。
抽出学習
適応指導教室
通級指導教室
特別支援学級
いろいろな手立てをつかって先生方がよき場所の模索をしよう
としているのが印象的でした。

自閉症・情緒障害学級なのだから、発達障害の診断に届かなく
ても「憾黙」の診断で入級させてあげることはできないか?なんて
いう議論も出ました。

一方で、データが揃わないのに判断するのは止めよう。
保留にしよう。
付帯意見をつけよう。
というクールさもみえました。

ちょっと就学指導が変わってきています。

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