« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月

年齢の育ちをYou Tubeで確認する

 保健への提供研修の資料をつくっていました。
1歳6ヶ月の育ち、発語を確認。
「そうだ!」と思ってYou Tubeをみると、年齢の育ちがたく
さんアップされています。

言葉が数十語
共感や共同注意の深まり
もっともっとという意欲

そういう目でみればYou Tubeは宝物がいっぱいです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「幼さ」ということ

 「幼い」という記述でこどもたちのあらわれが表現されること
がよくあります。
よく考えたら、このフレーズ、案外吟味されてはいない。
そういえば私自身は用いませんが、使われれば意味したい
ことはわかる気がすることばです。

概略、以下の3点を表現するのでしょう。
①遅滞の表現
②依存性の表現
③不安の強さの表現

思うに①を基礎にしたこどものあらわれをいうような気がします。
①に付随じて②③はついてくるもの。
ただ、やはり①②③のイメージをセットにして「幼い」という表現
を支援者が使うような印象をもちます。

おそらく、「幼い」とはわからなくて、できなくて、育ちの質が全体
的にゆっくりで生活のありよう、行動感情のコントロールを大人
にだいぶ支えられているヒトに対する表現です。

遅滞が目立っても自立心の強いヒトっている。
遅れていないけれど依存、不安が強いヒトもいる。
ただ、そのヒトたちには「幼い」とはいわない。

わがまま、幼い等その中身を吟味して使わないとこどものあら
われを的確に表現できない言葉が現場で用いられています。
そして、その語感には、あんまりよくないイメージが含まれてい
ます。
イメージ先行の言葉の表現したいことを明確に表現したり、感
情を交えない事実を表現する用語で分析表現していくことって
必要だと思います。

不思議なもので支援が深まってきて、分析的にこどもの姿を
みることができるようになってくるとこうした言葉の使用が減って
きます。
支援者個人、地域や学校園の変化をみるのにけっこう大事な指
標だったりします。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もう一段深く

 あるまちのこと。
子育てをめぐる有識者会議で「5歳児健診やれよ。」という提案
が出たそうです。
ちょうど似たようなことをやろうとしていたし、基本的な方向性
はまったく違ってないので問題はありません。

ちょっとひねくれものの私。
国は5歳児勧めているし、取り組みの実践はよくききますが、
本当に広がっているの?やれるの?というのが疑問に思ったの
です。

というよりこの有識者会議って奴だいじょうぶ?と思うのです。
他の有識者会議の状況きいたことがありますが、実は有識者
っていうのは案外あやしい(笑)
有識者だけど、現場の現実よりちょっと離れているヒトも少なく
なく、それって違うよ…ってことないわけじゃない。

5歳児どう?ほんと?ときいてみると、
ドクターは「資源の多い都市部では広がっているけど…」
県の保健師さんは「今はちょっと下火。育児不安等にシフト」
と教えてくれました。

みんなやってないからやらなくていいということではありません。
できることをできるやり方でやっていくことが本質だと思うとこ
の辺りも確認しながらと思うのです。

園の先生は「園から誘うことはできない。」
→健診・相談だから園から誘うことは不要。そんな頑張らなくても。
ある担当者「チェックしたあとの抽出指導のリソースがたりない。」
→相談ベース、移行支援ベースのフォローも併用して。

新しくていいことやるためには、どこかの真似だけじゃなくて身の
丈をとらえたやりかた見つけたいなと思います。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

この子をほめるためにはどうしたらいいか?

 あるケースを眺めていて、そう思ったのです。
支援は困難を前に対処や改善を探す視点ではじまることが多
い。
でも、本質的には「この子をほめるためにはどうしたらいいか?」
というまなざしでたつべきなんですよね。

そうすると、
ストレングス(好き、得意)がみえてくる。
資源がみつかる。
失敗させない事前の準備がみつかる。
ほめ方もみつかる。
肯定的な支援者の構えもみつかる。

個別のプランもほめるための設計図になる。

クリスマスです。
プレゼントすべきはこういうまなざしなのかもしれません。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

強度行動障害と愛着

 重度、強度行動障害の成人の方と1日過ごした日のこと。
彼らの対人意識と自己について考えました。

強度行動障害とは福祉の用語、定義で行動上の問題が強く
頻繁に日常生活に起こり、施設などでの処遇困難に難易度
が高いタイプをいいます。
定義上は障害は問わないのでしょうが、自閉症スペクトラム
障害、特に知的に重度の方が多くなっているようです。

状態像としては快と不快の移り変わりが頻繁で、表出も環境を
かえる力も弱いためにパニック様の行動問題が頻出します。

まあ、むしろパニックより「不穏」という表現の方がいいのかも
しれません。
どんなパニックも原因はありますが、彼らのそれは生理的な
ものも多く「不穏=おだやかでない」という表現が言い得ている
のかもしれません。

 パニックにはクールダウンやタイムアウトが有効というのが一
般的です。それは関わるヒトにとってもなのかもしれません。
ただ、強度行動障害の方にはなかなか難しいのです。
まず、破壊、自傷、他害につながるので放っておけません。

そして、もうひとつ。
初期発達に推移する彼らにとって、他者(大人)がそばにいる
ことが情動調律の要素になることは少なくないからです。
イライラしがち、ちょっと暴れがちで、コミュニケーションや要求
のレパートリーは少ない。要求の調整はききにくい。
なかなか関わる側にもかなりの辛抱や工夫が必要です。

ウトウトしているある方の横で、私も横になって(半分寝る気で)
そばに居るとなんだか安心したようでした。

「はりねずみのジレンマ」を思い出しました。
はりねずみは他と関わりたいけど自分のハリがそれを邪魔して
しまう。
自閉症スペクトラムや発達障害ってそういうことかもしれません。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「観察」のこと②

 「観察」についての連続した記事です。

「参与観察」という言葉がフィールドワークの分野にあります。
文化人類学や社会学などの分野ですかね。
観察者が調査する社会や文化、集団に身をおきながら観察
していく方法論だといいます。
メリットもデメリットもたくさんあるようですが、デメリットとして観
察が特に観察者の主観に影響されやすいということがあるそう
です。

なるほど…「観察」と観察者の主観か。
「観察」の方法論で大事なのはその結果の共有性です。
共有できる視点でみて、後からそれを複数の人間で共有できる。
共通言語でみて、共通言語で語れるということが「観察」の重要
な要素。

そう思うと、「観察」に言語は必要で、支援者は言葉に力が必要
なのだなと思います。
客観性を持って、共有できるスケールをもった視点とそれを言
語化すること。

一方で、独自の視点も必要です。
同じ景色もまなざしをかえると違う側面がみえてくる。
違う構造がみえてくる。
共有は画一化の危険もはらんでおり、集団的な狭視になってし
まうこともあります。

 もうひとつ。
私の巡回相談。
基本的には参与しないように観察します。
日常についての相談を受けているのに、へんな刺激物のおじさ
んが関わったらいつもと違ってしまう。
そこは重要かなと思います。

でも、一方でその個のコミュニケーションの質をみるためには
関わらないとみえないことがたくさんある。
観察のしかたはケースによりますかね。

 それから観察の意味がちょっとかわってきているなと思ってい
ます。
特性のあるこどもたちでも、みられていることぐらいは承知して
おり、観察当日は非日常のあらわれであることが多いです。
そういう質の社会性はあるという、喜ばしいことでもあります。

園や学校では「みて、みて」と言われますが、時と場合によっては
観察よりも普段の様子や困り感をじっくり聞かせてということも少
なくありません。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「観察」のこと①

 「観察」はアセスメントの中でも特に重要なこと。
でも、あんまりそのことについて吟味をしたことはないもの。
というのも、我々支援者は「観察」という作業だけをすることは
ないからです。
こどもをみてるだけなんてことはほとんどない。
関わりながら個の育ちのアセスメントをしながら支援していく。
瞬時のキャッチをしています。

早期発見の場に参加していてちょっと思ったこと。
初期発達においてはこどものあらわれは大人との関係にかな
り影響されます。
支援者がこどもと向き合うと、基本的によく関わろうというシス
テムを作動させます。
微妙なあらわれを少ない機会でアセスメントする早期発見の場
では、このアセスメントとよき関わりをかなり意識しておかないと、
直感的によく関わってしまうためにこどもの課題がみえなくなっ
てしまうことがあるなと思ったのです。
ちょっと共感してもらいにくいことかもしれませんが。

まあ、だから本質的には「観察」にはある程度の繰り返しや積み
重ねが必要で、なおかつその結果をを客観的に語る言葉が必要
なんだろうなと思います。

文化人類学に「参与観察」という用語があります。
ちょっと調べてみたら「観察」について考えることがありました。
そのことは次回。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「転ばぬ先の…」だけじゃない。

 ここ数日「転ばぬ先の杖だけじゃなくて、転んでから起きるの
を手伝う支援もあるよね。」という話しをすることが数度ありま
した。

こどもたちのことを思うと、早くからの支援をと支援者は気をも
みますが、もうひとつ御家族の思いというものがあります。
御家族の思いがある所にいかないとはじまらないことは多い。
そのことを思います。

御家族の思いの深まりには時間や旅が必要です。
その旅にこどもたちが着いていかねばならない。
時にはたいへんなこともあるのかもしれないけれど、連れて行く
なというのはちょっと違う。

子育ての意味をひとりひとり大人が噛みしめながら生きていく
時代。「こどものために」を考えるプロセスも必要だと思うのです。

このあたりが支援者の胸にまだ落ちていないんじゃないか。
「こどものためにすべてを捧げよ」みたいな視点で迫ってしまって
いるのではないか。
もちろん、発破を掛けたり指導助言で何かをかえる家族もいる。
でも、その切り口でうまくいかないことは増えているのに、その
手だてをかえられない傾向が強すぎやしないか。

注意してだめならほめる。
転ばぬ先の杖だけじゃなく、転んでから起きるのを手伝う支援も
ある。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

援助を保障する支援ができないものか。

 ちょっと思ったのです。
こどもに援助を保障する支援をしたいなあと。

「ここで助けてあげるからやってみな。」
「こまったらおいで。」
「これがわかるように、こうしておいたよ。」

これはそのまま関係の保障になるはず。
そして、保障しちゃう以上、自分が怠けないための楔にちょっと
はなるはず。

どうでしょうか。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「不安」を巡って

 最近、「不安」をめぐってきいたいくつかの言葉です。

・重い恋愛というのは、自分の不安をおしつけることだ。
・病気でなくて、不安でヒトが死ぬ時代…

なんだか象徴的です。
考えてみれば私も毎日不安と闘っている気がします。

事実で不安を払拭し
自己を肯定することで不安を払拭し
関係をつなぐことで不安を払拭し
小さな達成で不安を払拭し
楽天性を借りてきて不安を払拭し
今を生きることで不安を払拭し
見通しをもち、計画をすることで不安を払拭し
情緒を解放し、不安を忘れることで払拭し

その他もろもろしながら毎日毎日生きています。
それでいいのだと思います。

ただ、ヒトに頼るよりちょっとだけ自分で不安をやりくり
することが多くできたらうまくいくのかなと思います。
でも、不安の解消払拭に他者は必要です、きっと。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

嫌われちゃだめだと思う。

 早期支援の入り口のお話しです。

「家族と発達の課題が共有しにくい。」

これは家族の問題ではなく、発達の凸凹・発達障害の特性や
子育てをめぐる状況とも関連している複雑な問題です。
タイミングや発達段階、年齢、あらわれにも関連してきます。

さらに早期支援に関わる支援者の理解や構えと連動してより
複雑さを増します。
前述のことが了解されていない支援者が自分のペースで家族
に迫り、関係を壊してしまうなんてことだと思います。

「嫌われてもいいから伝えなくちゃ!」という構えで迫ってくれる
支援者があります。
まあ、そういう熱情の結果、何かが伝わってはじまることもない
とは言えません。
でも、これから続く道のりの入り口あたりでトラブルを起こして
しまってその道中うまくいくのか…ということを思います。

早期支援は大切だけれど、失敗すると支援を全部破壊してし
まう。
特に御家族との関係はそうだと思います。
こどもの発達の保障は、発達の可塑性の中でフォローしたり
バイパスをつくることはできなくない。
御家族が「もうこりごりだ。評価や支援なんか!」と入り口で
思ってしまったら、その後にある多段階の支援が届かなくな
ってしまうと思うのです。

嫌われてもいいから伝えることなんてないのです。
嫌われちゃいけない。
だからといって伝えないことはない。
伝わる文脈で伝えようとする。
伝わらないこともある。
相手の思いを見て、その伝え方や程度は考える。

「今、はじめてほしい。」だけじゃなく
「今、種を蒔いておいて発芽や成熟を待つ。」という支援もあり
ます。
待つべきは支援者。
自分の思いを殺してじっと待つのが支援者なのだと思います。

自分の支援のあとの支援を知ったり、多段階支援システムに
関与したり、その知識があると、「自分の所でなんとかしなくち
ゃ!」とか「幼児期になんとかしなくちゃ!」なんという苦しい責
任感は減ってきます。

・今あんたが焦っても当事者に動機がないのだから今じゃない。
受け身の支援は続かない。エンパワメントの大切さはここにも。
・転ばぬ先の杖だけじゃなく転んだ所でしっかり起こし、次の一
歩を支える方法論もある。
・伝えたいことが伝えるべきことか。
・伝えた結果、家族ができることがあるか。
・こどものため、というけれど家族こそがこどものための大切な
資源なのだからそこを害して生まれるものは少ない。
・こどもにとっての意味(発達)を考えることと家族にとっての意味
を考えることは同じ舞台の上に乗っている。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

注意してだめならほめる

 巡回相談のまとめをしていました。
プロフィールをみると、いろいろ対応してもうまくいかない旨が
書いてあります。

ここで応用行動分析的視点を思い出したいなあと思うのです。
行動問題の分析的対応
そして、ほめて、よき行動を身につけるということ。
問題行動をなくすのではなく。

ということは「注意してだめならほめる」ということではないでしょ
うか?
「~がだめ」なんじゃなくて、「どうしたらいい。」を提案。
だめな時注意でなく、いい時にそれそれと褒める。

ただこれ、「言うは易く行うは難し」です。
こんな180度ふるまいを大人はかえられない。

そう思うと、支援というのは大人の修業ですよね。
私は最近思っています。

それから支援には手だてを探すのと視点をかえるのと両方必
要です。
足すだけじゃなく、あるものの見方をかえる。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「待って」と言っていけないか

 こどもに「待って」といいたくないよね、要求や願いにはすぐ
こたえたいよねという支援者の思いがあります。

要求の表出が得意でなかったり、ことば少ないこどもたちが
やっと出してくれた発信にすぐにこたえたい。
このこと自体は間違っていないのだと思います。

でも、それだけじゃないのだと思うのです。

状況に関係なく、相手の都合に関係なく願いだけを訴えるとい
う不器用さをもったこどもたちもいます。
愛着ベース、表出ベースで考えれば、すぐに答えることは大事。
でも、こうした不器用さが基盤になっている時には、要求の実現
にちょっと間合いが必要なのは確かなのでしょう。

ただ、大事なこと。
「待って」を堂々といえるためには、きちんと与えているという蓄
積が大事。
「待った甲斐がある」経験の蓄積が必要。

子育てはこどもに何事かを与えるものだと思うのです。
それがあってのコントロール。
何事かというのは甘美な関係なのでしょうが。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »