« 援助を保障する支援ができないものか。 | トップページ | 「観察」のこと① »

「転ばぬ先の…」だけじゃない。

 ここ数日「転ばぬ先の杖だけじゃなくて、転んでから起きるの
を手伝う支援もあるよね。」という話しをすることが数度ありま
した。

こどもたちのことを思うと、早くからの支援をと支援者は気をも
みますが、もうひとつ御家族の思いというものがあります。
御家族の思いがある所にいかないとはじまらないことは多い。
そのことを思います。

御家族の思いの深まりには時間や旅が必要です。
その旅にこどもたちが着いていかねばならない。
時にはたいへんなこともあるのかもしれないけれど、連れて行く
なというのはちょっと違う。

子育ての意味をひとりひとり大人が噛みしめながら生きていく
時代。「こどものために」を考えるプロセスも必要だと思うのです。

このあたりが支援者の胸にまだ落ちていないんじゃないか。
「こどものためにすべてを捧げよ」みたいな視点で迫ってしまって
いるのではないか。
もちろん、発破を掛けたり指導助言で何かをかえる家族もいる。
でも、その切り口でうまくいかないことは増えているのに、その
手だてをかえられない傾向が強すぎやしないか。

注意してだめならほめる。
転ばぬ先の杖だけじゃなく、転んでから起きるのを手伝う支援も
ある。

※ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

|

« 援助を保障する支援ができないものか。 | トップページ | 「観察」のこと① »

支援の手がかり」カテゴリの記事

コメント

ごもっともです。私も日常的にご家族の相談や学校へ出向いての相談をしておりますが、子どもへの対応を提案する際には(相手をみながらではありますが)できるだけ複線型…つまりいくらかの選択肢を提案することにしています。自分の「児の見立て」と知識・経験からの「少し先の姿」それに「対応」です。対応については児にウエイトと置いた場合と母(家族)にウエイトを置いた場合などあれこれかんがえられるものと、そうした場合の少し先の姿も再度お話しします。とりわけ就学にかかわるものは、例えば特別支援学級としても、受け皿の状況によって大きく異なることも多く、難しいと感じます。
 それはともかくも、児の安定は家族の安定を土台にして図られるということはこれまでの経験から(反省することも多いのですが)強く感じているところです。おっしゃるとおり、この視点はこれからはさらに必要度が増すのではないかと思います。

投稿: 923 | 2011年12月16日 (金) 09時07分

 「複線型」そうですね。
選択肢がある提案をする。
そこには自己決定があり、結果は本人が選んだこととして受け止める。
家族にとってもエンパワメントは重要だと思います。

でも、それは自己責任とは違う。
タイミングの話しであり、こどもの育ちを後からフォローするサービスはあり、こどもの発達自体に可塑性や環境適応性があるということが支えになりますね。

923様

投稿: けやき堂 | 2011年12月17日 (土) 05時21分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1218808/43369581

この記事へのトラックバック一覧です: 「転ばぬ先の…」だけじゃない。:

« 援助を保障する支援ができないものか。 | トップページ | 「観察」のこと① »