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刺激をすれば?

 幼児期の支援によくあるいいまわしです。
例えば、「言葉の育ちを支えるために集団の中に入れて刺激
したい。」というように。

よく考えてみたのです。
「刺激をする。」といいますが、実は何の説明にもなっていない。
このフレーズをまことしやかにつかっていることが発達が押さ
えられていない証拠だと思うのです。

何のために、どんな環境を、どんな働きかけを、どんな活動を
どんな場をということを具体的にはまったく説明していないの
です。
ひょっとしたらこの全部のことを表現するのかもしれませんが、
個別にきちん表現し意図性を表現できている時にはこんなざ
っくりした表現はしないはずなのです。

まあ、以前よりもこのいいまわしは減ってきました。
大発達障害にあって刺激はコントロールするものであって、加
えるものではないという状況にはなってきているのかもしれませ
ん。

でも、だからこそ、必要な刺激を必要な意図をもって与えていく
というのは大切なのでしょう。
こどもに働きかける材料や手だて、育ちの方向性を刺激という
ざっくりした表現でなく、具体的に語る言葉を用意していくことは
必要です。

支援者にはことばが必要です。

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支援現場の状況を巡って」カテゴリの記事

コメント

相談担当として10年余り、全く同様の疑問を持ち続けてきました。もちろん子どもの状態がどうなのかが先ですが、私の一般的な印象は「みんなと一緒に遊んでいる子ども」のイメージを強く求めすぎている方がよく使われる言葉だなあと感じています。おっしゃるとおり最近は余りきかれなくなっていると思います。「刺激」という言葉がやや専門的に=認知プロセスなどと絡めて使われ始めたからでしょうか?それはともかくも、集団では様々な刺激が様々な状況で様々な感覚をとおして入るでしょうから私は「おっしゃることはよくわかります」ととりあえずお応えするのですが…。数ある刺激の中からどの刺激に対応していくかを選ぶのはやはり主体である子どもですから、ただ沢山刺激があればいいというものでもなかろうに…。まして言葉のそだちであればなおのことですね。子どものこころの動きに対応した言葉を適度適量適切に添えて、活動を展開していくのは集団ではかなり困難であります。もちろん集団での活動が言葉のそだちにとっても必要な時期もあるでしょうが、それも基本的には個別場面での関係がある程度できてからだと思います。「障害~だから沢山の刺激を…」というのはやはり短絡的すぎてあまり相手にしたくないというのが本音です。でもおっしゃるとおり、相談担当としてはそれに対してもことばとかかわりの実際で対応していくのがまっとうな仕事なのでしょう。精進精進…。

投稿: 923 | 2012年1月18日 (水) 15時39分

 集団は状況であって、手だてではないはず。
そもそもそこからすれ違っていますよね。
そこにある状況から意味や手だてを創造していくのが支援者のはずなのですが、状況の中にいれば何かが生まれると勘違いしてしまう。
悩ましいことです。

923様

投稿: けやき堂 | 2012年1月20日 (金) 20時21分

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