« 拾いすぎ | トップページ | 先生がよければいいのか? »

視線があわない

 園訪問のまとめをしています。
プロフィールに「視線があわない。」とよく書いてあります。
表現したいことの意味がわかりにくいです。

視線の合う合わないは指標にはなるのかもしれません。
違和感の表現として書いてくれているのかな?

でも、そのことは何の困難にもなっていない。
視線を向けることができるかできないかはその個の対人動機
等の今をみることには意味があるけれど、「視線をあわせなけ
ればならない。」という質の問題ではありません。

と私は思いますが、けっこうそうでもない支援者って居る。
「御行儀」と「違和感」を合わせて、視線をあわそうとさせること
って案外あります。

視線は強い強い対人刺激です。メッセージです。
なんと言っても「目は口ほどにものを言う」の目ですから。
その刺激自体を回避したい感じ方というものはある。
でも、それと関わらない、応答しないのは別です。
まあ、多少横向いていたって関わり、応答してくれれば問題
ないのです。

むしろ視線を合わせること自体が目的化しているのはおかしい。
視線があうのは結果です。
必要性があって、好きなヒトで、安心できるヒトが相手であれば
発達障害児でも視線をくれます。

ひょっとしたら「見ない」という特性よりも見てもらえない関係性
の方が問題なのかも。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

|

« 拾いすぎ | トップページ | 先生がよければいいのか? »

つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1218808/44279076

この記事へのトラックバック一覧です: 視線があわない:

« 拾いすぎ | トップページ | 先生がよければいいのか? »