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少年犯罪の厳罰化に思うこと

 光市の殺人事件、当時18歳の犯人の死刑が確定しました。

こどもは失敗してよいのだと思います。
練習すればよいのだと思います。

ほとんどの、こどもの発達課題は社会や養育の影響の下に
起こっていること。
そのことを思うときに、こどもの失敗は大人の失敗だと思いま
す。こどもの発達課題は大人の発達課題なのかもしれません。

けれども、思うのです。
最も大切な他者の命を奪って、「更正」というのはあるのか?
私にはわかりません。
たとえばひとり殺しても、更正して何万人を救ったらそれでいい
の?
私にはわかりません。

こどもに教えるべきこと。
「ヒトを傷つけてはいけない。」ということ。
でも、その前にその個が傷つけられないということが保障され
ていなければなりません。
少年犯罪の影には必ずといってもその個の侵害や疎外がみえ
隠れします。

少年犯罪の厳罰化、世の中や大人のありようを問われています。
ヒトを殺してしまうようなこどもにするな!ということを問われてい
ます。

最近は、自立や自発、知識の習得の援助よりもいかにこちらが
手を出して援助するかに腐心しています。
援助というつながりで関係や愛着を保障することこそ、彼らの
存在を肯定することになるのではと思うからです。

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