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拾いすぎ

 最近思うのです。
地域によっては「拾いすぎ」の問題を吟味しなければいけない
のではないかと。

どういうことか?

早期発見、早期支援の意味や必要性が浸透してきました。
各ライフステージで懸命な取り組みが進んでいます。
そのことはまったく悪いことではないのです。
絶対に。

けれども、よくよくケースを吟味し特性について理解していかな
いとチェックされるヒトは増えていってしまうのです。

・特性のあるヒトすべてが、障害ではない。
 実はまだ、このあたり浸透していないと思うのです。
特性の有無=障害の有無になってしまっています。

落ちこぼしをおそれるあまり緩やかな特性までチェックし
てしまう。

 このことも拾いすぎの原因です。
そして、結局細かな支援ができなく、家族に不信感を生んでし
まうこともある。

・拾いすぎがサービス不足を招く。
・拾いすぎが支援者の力を奪う。

こんなに発達障害が多いのだから、もっと教室を療育をという
声があります。巡回相談をもっとという声があります。
ある程度まではその通りだと思います。
けれども、無尽蔵にサービスは増やせる訳がない。
そして増やすべきでもないと思うのです。
サービスが拡大していくこと=インクルーシブの進展を妨げると
思うのです。
発達障害のある個はどこかで専門家?!にみてもらうべきと
思っている支援者は本当にけっこう居る。
また、リソースルームだってあまりに拡大していくと分離教育の助
長だと思うのです。

・拾いすぎ=過度なラベリングは可能性を奪うことも
 就学でも思うのです。
本当に学籍の移動が必要なケースなのかの吟味は本当に慎重
にしていきたいもの。
ある時期、特性が強く過敏だが、それがかなりのスピードで改善
していくケースも少なくありません。
通常の学級へもどることはまだまだ容易ではありません。
将来の進路選択を見通した時に、どこで学ぶかは大切なことです。

まあ、ただ大部分地域では、「拾いすぎ」ではなく「落ちこぼし」が
話題になることが多いのだと思います。
これはずっとどちらかに揺れるものかもしれません。
どちらも防ぐためには方法があります。

地域に多段階支援システムを構築すること。
落ちこぼしても次のライフステージで支援を受けられる。
気づきが起こった所で支援を受けられる。
心配が引き継がれていく。
落ちても大丈夫となったら拾いすぎは減っていく。

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