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「甘やかすな!」の構造

 前の記事とつながっています。

発達障害系のこどもの支援を巡って「甘やかすな!」という
方向に支援がゆがんでいくことがあります。

端的にいうと、特性が理解されにくいということにつきます。

ある一定の知的なやりとりや理解が示されたり、ある場面での
参加や達成がある一方で、対人的なトラブルがあったり、マイ
ペースであったりすることは「わかっているのに…故意に問題
を起こしている」=悪意に捉えられがちです。

実は本当にわからない、できないというのは多くの実践の積み
重ねやケースとの出会い、試行錯誤や学びによって支援するヒ
トの思考の枠組みがかわった時に理解されることが多いように
思います。

こどもに悪意がないなんてことばかりでもないと思います。
けれども、「悪意」とみえるものの構造をみた時に、そこには
未熟や理解の不足、受容や肯定の不足がみえるはずです。
「悪意」をひっくり返すのは拒否や叱責でなく、悪意を産まない
ための受容や認知を修正できるための肯定的な関係です。
「悪意」を放置するのは、支援するヒトの問題です。
「悪意」の修正は受容でしかできない。

「甘やかすな!」の結果、罰や条件づけに支援がつながってい
くこともよくあります。
応用行動分析が教えてくれるのは、罰は効果が低いということ。
問題行動の解消は新しい力がついた時に起こるということ。
そして、人道がそれを許さないということ。
ヒトは手だてを選ばねばならないということ。

 そして「甘やかすな!」発言は実は大人の不安や無責任さか
ら出ることが多いように感じます。
これって直接、支援しているヒトは言わない。
あんまり関わっていないヒトや担当者でないヒトが口にする。
傍観者の発言であることが多いのです。
チャレンジの入り口も最中も成功した時も失敗した時も全部関
わるヒトは「押しまくれ!」なんてキャッチフレーズには乗らない
のです。
「やらないくせに無責任な…」
「強制した後始末をしないくせに…」

どう考えても、支援は相手にあわせる他はないのです。
それは放置ではなく、スモールステップであったり関係性やその
個の強い力を利用していくことになるです。

 また、「甘やかすな!」発言には「将来…」という強迫で語ら
れることがあります。
「○○しないようになる。」「××してしまうようになる。」
とつながっていく。

でも、いちばんひどい悪影響って、そうやって無理強いし注意叱
責することによる二次障害=自己肯定感の低下や対人的回避
や信頼の喪失だとは思いませんか?

あとは、1年や2年しかひとりの個をみないのに、そこで子ども
のすべてを引き受けようと思わなくていいと思うのです。
発達には臨界期もありますが、可塑性もあります。
1年で何かができなくてもその後での回復はできなくない。

それに問題が顕在化するのはその個の特性やその時の環境に
よります。
前のステップで何かをしてこなかったからだけではない。
ヒトは自分が苦しい時に誰かのせいにします。
支援者は特に過去のせいにします。過去の支援のせいにします。

幼児期に何かをしてこなかったからでない。
小さい頃にがんばっても思春期や青年期の成長でぶつかる葛藤
や困難はある。
今、理解の難しい御家族は小さい頃も理解が難しかったはずだ。

早期支援は重要です。
でも、強迫される必要はない。
支援にはタイミングがある。リカバリーもできる。
支援してたっておこる困難はある。
脳の機能不全という「障害」の基盤をみると時には制限もかかる。

 思うのです。
誰に対しても許容度高く、相手を肯定する所からしかはじまらない。
こんな風に考えてしまう、支援者の性向の入り口だって発達障害
というものの捉えにくさからくるはずだ。

「甘やかすな!」注意です。

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