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共同行為

 最近、これかなあと思ったことです。
発達の課題をめぐって共同注意や共同行為に着目されてい
ますが、こどもたちとの生活の中での気づきです。

・「食べる」の共有
 一緒に飲食することは関係を深める行為です。
これは直感的に理解できます。
最近、ああこれかなあと思ったのは、「嫌いなものを食べてあ
げることの意味性」というようなもの。
嫌いなものを「減らして~」とやってくるこどもたち。
それを「はいよ。」と了解します。
①減らして、別の容器に移す。
②じゃあ、それはもらおうかねと私の器に入れて私が食べる。

なんとなくですが、①と②では意味がまるで違う気がするのです。
②をやっていると情動の交流をしている気がするのです。
求められているのは食べられない食物を減らす行為である
ので①でよいのです。まったくもって問題ない。
でも、②をやっていくとどうやら②は減らして欲しい気持ちを受け
とめることになるようなのです。
依存を保障するとか、ネガティブな感情を受け取ってあげるとか
そんなことにつながっていくのかなと感じます。

・「お手伝い」ということ。
 前の記事で女性スタッフが愛着障害のこどもに振り回されて
いると書きました。
彼女がちょっとした切り口を見つけました。
一緒に、食事の配膳をするという作業を通してなんだかよき関
係と距離感が成立しはじめています。
*作業がわかりやすい。
*指示や受け渡しという大人との明確なやりとりで行為がなり
たつ。
*結果もわかりやすい。
*生活動作は生存のために身についていることが多いので、さ
らに強化しやすい。もちろん、動機も高い。

密着でなくても、関わりがみえる、安心感が担保できる行為なの
でしょう。
「お手伝い」の意味性ってこういうことなのだろうかと思います。

行為の共同が関係を保障するということを確認します。
知的な作業の共有や操作の共有では築けないものはあるように
感じます。
生活や関係が行為と切り離された中で繰り広げられるようにな
っています。内容の交換や物の交換が関係の主体になっている
ことも関係性のトラブルとつながっているのかもしれません。
このあたりがヒントなのかなとも思います。

まあ大人の管理的世界の影響をどう突き破るかもあります。
「衛生面考えたらこどもに食べ物触らせるな。」
「カロリー計算や栄養バランス考えたら減らすな。」
なんて世界もあります。
こういうことで共同行為も阻害されていく。

あとは、共同行為で語りましたが、「食育」の観点でも語れそう
です。
「食べること」は関係とつながっているようです。

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