« 施設養護と社会的養護 | トップページ | 「洞察」 »

自閉性

 ある特別支援学級の先生とお話しました。
情緒・自閉症学級の先生です。
高機能で過敏なこどもたちの集団で毎日いろいろ…

お話しているとこの子たちの内的世界がみえてくるような気が
しました。
・もめるのに、関わりを求めていくような所がある。
・繰り返されるトラブルのパターン。
・何も起こっていないのに「こんな所にはいられない。」と給食
時揺れる。(フラッシュバック)
・ひとりになると「いじめたり、けんかしちゃいけないんだよね。」
とつぶやき。

これは異論があるのかもしれませんが、彼らの中には2つの自
己がありそうです。
特性の世界とコントロールできる自己の世界。
そのせめぎ合いや兼ね合いの中で生きている。
個人や発達段階によってその配分やコントロール状況は違う。

刺激や感じ方に左右される、時にはどうにもならない性分。
一方、生活経験の積み重ねや持っている知的能力の中で生きて
いる文化の中で生きている自分。
「これだけわかっているのに、特性が強くて苦しいそう。」なんて
こともよくあります。

このあたり、押さえておきたいなと思いました。
どの部分の彼らにアプローチするのか。
「がんばりたいのにがんばれない。」状況もどう理解するか。

今更ながら…

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

|

« 施設養護と社会的養護 | トップページ | 「洞察」 »

支援の手がかり」カテゴリの記事

コメント

2つの自己…大変興味深く、実際に深くかかわった者しか経験しえない感覚のような気がします。私も全く同様の思いで彼らを見ることがあります。カナータイプの子にさえ感じることがあります。私たち子どもにかかわる者にも同じようなことがあるといえばある…理屈はよくわかっているけれど、実際の子どもとのかかわりは全く転がらないといったような…その逆も…でも、理屈でわかっている方がおそらく辛いかもしれませんね。押さえたいところですよね。
 話がとびますが、私は広く教育相談を受けている一方で、聾教育にも携わっております。自閉症の文化あるいは教育の行き先は…例えばですが…聴覚障害あるいはろう文化がひとつのモデルになりそうに思うことがあります。もちろん聾教育の現在も安定しているわけではありませんが…。それでも「障害」というよりは「ろう」という少数派の文化があるという認識や、生きる社会の選択(択一ではない場面による選択)など学べるものも多いと思うことがあります。はてさて「同一性の保持傾向は障害ではなく、文化だ。」と言える世の中になるでしょうか?

投稿: 923 | 2012年5月17日 (木) 09時49分

923様
 ありがとうございます。
「特性は文化だ。」にはなってほしいものですね。
そうしていく方向で仕事もしたい。

ただ、お申し越しの「同一性の保持傾向は障害ではなく、文化だ。」までいけるでしょうか?
というのも、強迫に近いものになることもあり、本人にとっても苦しい場面もあるでしょうし、適応とまさにぶつかる場面なので文化衝突にもなりやすいですね。
まあ、衝突するものも尊重するのが文化なのでしょうが。
よくわかりません。

投稿: けやき堂 | 2012年5月19日 (土) 06時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1218808/45290651

この記事へのトラックバック一覧です: 自閉性:

« 施設養護と社会的養護 | トップページ | 「洞察」 »