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二次障害ということ、青年期の支援ということ

 16歳、活発な個です。知的にはボーダーから軽度です。
意欲的で身体を動かすことが好きでリーダー的存在です。
まあ、一方で動きが多く、衝動性もあり、対人面は上手ではな
い所もあります。
中学では特別支援学級を卒業してきています。
家族にとってもかわいがられています。

このヒト、ひとりで買い物ができないというのです。
計算などの技能はできない訳ではなさそうです。
「店員さんに買い物の中身を知られるのがこわい。」
「こんなもの買ってと思われるのがこわい。」
と言っているそうです。
ある時、みんなで買い物に行った際、物のありかを尋ねること
ができてガッツポーズだったそうです。

このこときいてあまりの意外さに驚いたのです。
でも、このことを二次障害というのだろうと思うのです。
全体像に比して大きな不安の強さ。
私は他の場面でこの一見、活発にみえるヒトの脆弱さをなんと
なく感じることがあったので、さもありなんとも感じました。
担任とはいくつかの手だてを共有しました。
 ・個別での買い物経験
 ・手順表、スクリプトをつくって簡単な買い物をする。
あきらかに達成できることを行って強化する。
 ・認知行動療法的視点や介入
手だてはまだまだたくさんありそうです。

 いろいろなことを考えます。
中学生以降は経験不足よりもネガティブな経験の蓄積である
二次障害というものを含んで支援はすべきなのだろうなと感じ
ます。
軽度や高機能群に後から出会ったヒトは「やってなかったこと」
や「やればできることもなかなかある全体像」に着目して支援
をします。
でも、それだけじゃないこと、含んでおきたい。
やってもダメだったことを掘り起こしたり鍛錬するのではなく、
ある時点で視点を切り替えて代償や強い力を伸ばす支援に
切り替えたい。
必要だけどできないこともあります。
青年期は適応に迫られて、必要性だけに押し込みたくなるこ
ともあります。
それはこちらの都合であって実らないことがほとんど。

一方、青年期だからこそできる支援があります。
自己理解がはじまる時期です。
自分をかえたい時期です。
なりたい自分になるために、自己コントロールをすることも可能
になってきます。
いろんな経験や弱点を自分で知ってかえたい思いがどんどん
生まれてきます。
ソーシャルスキルトレーニングが本当にはまってくるのは実は
このあたりから。
ここにチャンスがあります。

もうひとつ。
こんな思いを支える土壌は、やはり受容。
できないことにだけ着目して支援する構えではなく、叱咤激励
しながらも受容し付き合う姿勢がきっと彼らを前向きにします。
思春期、青年期のエネルギーに付き合うのは大変です。
基本、エネルギーにあふれていて飛びだしていこうとする存在
を枯れた人達が枠にはめようとするからうまくない。
それでも、なんだかんだいっても存在を受容していった時に
みえる光を思います。

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