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2012年7月

特別支援教育の課題

特別支援教育の成果と課題というお題で大学の先生に講義を
していただきました。

課題というか新しい切り口として考えていこうといただいた視点
が3つ。

①ワーキングメモリー
②情動調整
③家族機能

①は短期記憶、手続き理解処理保持の困難に光を当てて支援
していこうということです。
WISC−Ⅳでもこの捉え方が示されており、切り口としては重要な
のだろうと思います。
現実もプロセスや手続きの理解処理保持の困難は参加や学び
にとっては大きな課題です。

②についてはサーツモデルで説明してくれました。
私サーツモデルを共同注意や共感性の視点でしか見てなかった
ので、自己調整から共感性他者にそって情動の調整をするとい
う愛着アタッチメントまでを含むものだというのがとんでました。

③は家族支援です。もちろん家族機能障害としての愛着の問題
やトラウマティックな問題も関連づいています。

いいヒントをもらいました。

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心のケアと発達支援

防災、震災関連の研修に行ってきました。

ちょっとだけ議論したこと…
トラウマティックストレスに対するケアは難しい。技術なんての
もあるのかないのか?

そんな中で前に進もうという発達を支えることが意味なのでは
ないか?というような話になりました。

被災地の学校のレポートで、早くも海に関する学びを再開した
という報告にたまげました。

支えられることを受け入れるということ。
そのことによって生まれる出会いで、いろいろなヒトがいること
を知るということ。
ヒトと生きることが喜びだと知ること。

受けたマイナスからマイナスを生まない。

思ったのです。
トラウマとか元気なさとかを「発達」の中にどう位置づけるか?
意味づけるか?が震災後の、現代のわれわれ支援者の役割に
なってきているのではないかと。

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福祉にヒトが集まらない…

 学童へのサマーボランティア、今年はなしだと連絡がありま
した。2カ所も。

ある学校のボランティア
先生のコーディネイトが弱くなったらまったく来なくなりました。

我が社の臨時や学童の職員募集。
時給わるくないのになかなかヒトは来ない。

簡単に語っちゃいけませんが、福祉にヒトが集まらない時代
になったのかもしれません。
他者のことや弱者のことに目をむける余裕がなくなっている
のかもしれません。
仕事はたくさんあるけど、不況だけど、対人援助なんて手間の
かかる仕事なんてやりたくないのかもしれません。
援助してほしいヒトの方がふえているのかもしれません。

サマーボランティア。
申し込みしない理由にお金がかかるから…といっていたヒト
がいました。
必要な保険料などです。
そのお金が払えないのか?払いたくないのか?
保険がないと不幸が起こるのは双方だよ。
出会いを紡ぐわずかなお金が惜しいのなら、来なくていいぜ
と思ってしまいました。

難しい時代です。

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「一斉にやらなきゃだめ?」

 今週は「一斉にやらなきゃだめ?」と思うことがたくさん。
一斉に動かすこと=大人の都合のことが多いような気がして
来ました。
一斉=同時=同一方法なんて無理、うそ。


そして、大事なこと。
「一斉」じゃなければ「個別」ではないということ。
これがまだまだみんなの胸に落ちていないのです。
小集団だって、順番だってある。

一斉に動くから危ない。
一斉に動くから乗らないヒトが問題視される。
一斉か個かで動くから、救いきれない領域が出てきてしまう。

場の作り方は空間と時間、関係、材料の組み合わせですよね。
けっこう多様。

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どうにもならない時期

 あるケース会議で「どうしたらいいですか?」2点。2人。
行動問題が顕著なのですが、それをどうこうという感じではな
いのです。
そこだけ対処してもダメなのはみんなわかっている。
全体像が揺れている。荒れている。
そんなだから集団にはまらない。秩序にはまらない。
大人の手の中には入ってこない。

私はきっぱりとわかりませんとこたえました。
対処で今、この個たちが揺れている世界にはアプローチでき
ないのです。

ひとりはどう考えても関わってほしいのです。
注意引きの中で暮らしているのです。学校状況、生活状況が
あるけれど、とにかく構って欲しい。
みんなとなんかやれない。自分をみてほしい。
ただ、そんなヒトが集団にいるから支援者の世界がまわらない
だけ。
構ってあげましょう、意図的に。
やがては条件や見通しもつけてあげましょう、支援者の手の中
に入るように。

もうひとりは重度感が強い個。
感覚的な部分が目立ってきて、今までできていた部分が崩れて
いるようなそぶりも目立つ。
まずは環境の整備や工学的対処を考えて行動問題の予防を。
もの、ことに目が向くように。
行動問題に着目しすぎないように。いちいち、言語化するな。
余計な注意叱責するな。
わかりにくいヒトに余計な言葉を吐くのは支援者の自己満足。
ほめよう。肯定的なストロークでかかわろう。
意図的にかかわろう。

「やがて」を大事にする時期ってありますよね。
そこに向かってじっと関わる時期。
いま、そこでをやっていく時期。

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担任のまなざし、そうでないヒトのまなざし

 とある園訪問でのこと。
ここには比較的重度感が強いおこさんが在籍しています。
本棚の本を出して、ペラペラいじる、遊ぶ、時にはやぶくなんて
ことをしているといいます。

この行為
・担任は…
本棚にカーテンをつけて刺激を低減し、この問題行動が起こら
ないような対応をはじめました。

・管理職は…
この行為はこの個のあそびであり、このことの充足で発達の支
えになるかもしれないから、カーテンなんかつけないでじっくり
やらせてあげたらという考えがあります。

どう思いますか?

言ってみれば両方とも間違いじゃ有りません。
結局、この園は園の中から遊びの専用コーナーつくって、本棚
の自由度も高くしてやってみようという取り組みが考えだされま
た。
力のある園です。
そのことはそれでよし、よし。

ただ、ちょっと考えたいのはこの場面で管理職の視点がスーパー
ビジョンとして担任に押しつけられること、よく起こるのではと
思うのです。

おっしゃることはもっともだけど、
・いつも本が散らかっている環境はいいの?
・片付けるのは担任だけどそのことに忙殺されていいの?
・本がやぶけちゃうけど、直す仕事がふえるんだけど?
・これらのことによって、この個に対して否定的な感情が生まれて
しまうかもしれないけどいいの?
というような担任の思いや現実対応をちゃんとくみ取ってもいきた
いものです。

だから、そういうコーナーをつくろうか?というような状況の設
定はとても有効ですし、そうでなくても本棚をオープンにという
ことが継続されるのならば園内のコンセンサスや協力体制を
つくらなければならないと思います。

スーパービジョンは日々に追われがちがちな担当担任の視点
に一石を投じる意味合いは大きいと思います。
ただ、一方で、担任に文脈もしっかりくみ取ってあげたい。

管理職は個と、育ちをみれる状況にある。
担任はそれに加えて集団がある。
個も集団もという求められていることを包括していくスーパービ
ジョンを提案していきたいものです。

この園では加配についても話しました。
個につくことのメリットも弊害もある。
複数、支援が必要な個がいる。
そんな時代に必要なのは、「加配」じゃなくて「先生がふたりいる
クラス」という運営なのかもしれないねと話しました。

どっちかをとるのではなく、いろんなものを包括して育ちをささえ
るという点で、インクルーシブやユニバーサルデザインの視点が
ここでも何かを教えてくれそうです。

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「甘さ」をプレゼントするという手だて

 ケース会議をしました。
もっぱら被虐待のこどもたちにどんなことをいうことが議論に。
受容はもちろんだけど、さまざまに表現され、課題になる関係
をどのようにということについて共有しました。

・適切な距離感の必要性

①巻き込みや再現のない要求、感情の爆発などに対しては
やはりただ密着や受容だけでなく距離感が必要なのではない
か?一定のものを保障した後は適切な関係や自己理解のた
めにちょっと間合いを持つ機会も必要。

②「待つ」ことのトレーニング
発達障害にしても被虐待にしても要求は強い。
相手に求める力は強いけれど、相手との関係を結ぶ力は弱く
要求と対になる応答や反応も適切でないことが少なくない。
要求にこたえることは関係性の構築の手だてとしては基本です。
ただ、そこに状況や順序、相手の都合に応じた「待つ」を入れて
いくことが必要だと思うのです。
要求の充足はすぐでなくてもよい。むしろタイムタグが必要。
初期関係がとれた後は、待ってもらうためのステップを刻むこ
とが支援になるのだろう。

・愛着の意味を考えた時に…
 一方で、「~してあげる」ことの重要性も話題になりました。
子育ては自立に向かったカードをのみ切りがちで
行動問題があるヒトには対処やリスクを考えがちで
これは当然なこと。
そして、適切な反応をした時に強化するという行動理論に基づ
いて行動形成していこうというのも当然のこと。
でも、それだけではうまくいっていないのはなぜだろうと思ったの
です。

愛着は甘美なもの。
優しい穏やかな感情体験をどう提供するかということもポイント
なのかもしれません。
その感情体験が強化子になるように。

となると、もちろん、ほめることは大事でうけとめることも重要。
他にもあったのです。
「他者が何かをしてあげること」
ヒトに何かをしてもらってうれしくないことはない。
助けてもらってうれしくないことはない。
きっちり援助していくことの重要性がわかった気がします。
受け身にしていくことで甘美な感情体験を提供していく。
自立している個にも。
知的な問題が大きくない個にも。
どう甘美な感情体験を積み上げていくかも重要な方法論なのかも
しれません。

ちょっとだけ整理できてきました。

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「人物」

 我が社の職業訓練コースで同室のふたりが大げんかしたの
だそうです。
施設出身でいいたいこともいえず、何かされても言われても自
分の思いを飲み込んでしまう個に対して、家庭に困難を抱え中
学校時代には本人もだいぶ苦労してきた個がどなりつけたの
だと。

「いいたいことは言え!」
「自分の思いを言わないで逃げるのは卑怯だ!」
「それじゃ、自分がかわらない!」
と。

なんと素敵なけんかでしょう。
なんとあたたかい仲間でしょう。
疎外された経験を乗り越え、仲間を思っているあたたかさ。

私は自分の身の回りにこんな人物をみたことがありません。
彼には障害があります。
彼はまだまだ十代の若者です。
けれども、私は自分の身の回りにこんな人物みたことがありま
せん。

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あとはやるだけ

 何年かお手伝いしている地域で研修の提供をしてきました。
「発達障害とは?」「支援とは?」です。

お話しながら思ったのは、「もう話しようがないな。」ということ。
毎年、言葉を探します。
新しい切り口を探します。
講師としては当たり前です。
でも、語るべき内容にそう異同はないのです。
新機軸なんてないのです。

言ってみれば、「もうやるべきことは決まっている。」
ただ、それをやるかやらないかが課題なのです。

今回は思わずこのこと、言ってしまいました。
論より実践です。
いい話しなんて聞いたって知れてる。
あとはこどもたちと時間を過ごすことが肝要なのだと思うのです。

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