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2012年11月

あらわれの多様性と存在の理解

 最近いくつかのケースで感じたこと。
日中のあらわれと関係性だけでこどもの存在を理解してはい
けないなということ。
そして、もうひとつ日中の生活って厳しいなあ、ヒトの生きよう
はそこだけじゃないのにそこでのありようを巡る評価や対応
で決まってしまうことが多いなあということです。

こどもの評価や対応が生活の場と学校、園等とかなり差異の
あるケースがあります。
・みんなのやること、やるのが当たり前なのだろうか。
・秩序や枠にはまる育ちが当たり前の育ちなのだろうか。
・自分の欲求と今求められることとの折り合いがすぐにつけら
れるのが当たり前の育ちなのだろうか。
・内容に参加できることは当たり前の育ちなのだろうか。

そんなのが難しいこどもたちが来る場所で支援をしていても
このことから逃れられない。
ヒトとしてあるためには基本的かつゴールである事柄ですが
そこに至るのにはステップがある、
課題を抱えているのだから多くのステップや育て直しがいる。
それは当たり前なのだけれど…
「先生のいうこと聞く子が良い子なのだろうか?」
「大人のいうことを聞く子を我々は育てているのだろうか?」
そんなことを思ってしまう。

こどもは相手と場所によってあらわれをかえます。
チャレンジの場である日中の場ではたいへんなことが多い。
家とは違うよ、生活の場とは違うよ。
当たり前です。むしろ一緒であっては困る。
課題や関係に向き合うときの困難性について私は理解します。
まあでもそこでの困難性や手だてがその個の困難性や手だて
のすべてではない。
このことを理解しておきたいなと思うのです。
日中活動を支援するのは専門家(と言われている)ヒトが多い
ので、饒舌で言葉たくみ。
日中のあらわれでこどもを評価し理解していきます。
まあ、生活のありかたに触れることは多くない。
でも、それってやはり一面的だし、正確にはいつも「日中は」
という留保をつけなくてはならないのだろうなと思います。

対して生活の場を受けとめている家族などは言葉は知らない
し、上手な技術も環境もありません。そんなことしている暇も
そうないし、こどもは生活の場で向き合うヒトのいうことなんか
基本的にはきかない。
そりゃそうだ、弛緩しているから。

そことこことの齟齬っていつもある。

 でも、これは限界ではないのだと思うのです。
安易な共同歩調や共通理解を求めるからもめる。嫌な思い
をする。
絶対にみえない景色がある。
理解できない断絶がある。
ヒトはどうしても自分の状況でしか物をみえない。

この断絶には可能性がある。
あっちではみせない顔がある。
あっちではできないことがある。
あっちではそういう価値でこどもをみるならこっちはかえよう。
このことは可能性です。
個の全否定を回避することができる。

ただ、持っておくべきもの。
多様な場と関係の構造を理解し冷静にみつめる眼。
相手の立場にたって俯瞰できる視点。
こどものあらわれや参加の構造を分析できる発達的視座。
障害等困難の構造ではなく、来し方行く末をみる発達的な
まなさしです。

あっちのヒトがああみえてしまうのは仕方ない。
だから、こっちではこうしよう。
あっちのヒトのああみえてしまうのは理解するけど、狭量
で一方的だと思う。
だから情報提供しよう。議論しよう。仲良くなろう。

まあ、ただ、学校や園の悪口言おうと思ったんですが、そ
れじゃどうにもならないのでこんな記事になりました(笑)

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忙しさの中でメンタルヘルスを維持するために

 最近、気を付けていることです。
働いても働いてもやることが出てくるのです。
やってないことばっかりで強迫されてきます。
夢見が悪いです。
不安も多い。

そんな中、気を付けていること。
・やったこと、成し遂げたことを確認し、自分をほめること。
・弛緩場面をしっかりつくること。
・楽天性を失わないようにすること。
・速度をさげて振る舞う、あわただしく詰め込まない。
・「ストレスだから」に逃げ込まない。
・今やらなくていいことはやらない。
・休もうとする。

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関係の起点

 たぶんきっとどこかで同じこと、書いたことがあるはずですが
最近痛感すること。

個別的な関係つくりは非常に重要ですが、その構えによって
始まり方によって関係の形はかわってくるのです。
こどもを意図や枠にはめようとするだけでも、要求を受けて受
容するだけでも関係はゆがんでくる。
前者は当然ですが、後者の問題について理解が必要なのです。

この受け身関係、現場ではけっこう起こる。
というのも支援の土台は集団で、集団には集団の流れがあって
要求受け取り場面でも要求を発するこどもは複数なのだから
こども発信を受けとめての受け身の対応になりがちです。

そして、大人はちょっと待ってが多くなったり、十分こたえられな
い負い目をなんとなく感じながらこどもと向き合う感じになりがち。

またひょっとしたら発達の課題を抱えたこどもたちに向き合う場
面で大人は苦手意識やいろんな構えをもってこどもの前に立つ。

そんな中で課題を抱えたこどもたちと大人との関係はうまくない
方向に向かってしまうことがあります。
こどもが大人を振り回している。
よくない振る舞いで注意を引く。

 思うのです。
関係を大人からはじめることの重要性を。
関係を大人が与えることの意味性を。
「~しようか。」を大人から言い出すことが少なくなっていないか。
関わりが常にこどもからはじまっていて、こどもたちは常に満た
されないでいてという状況に全体的に陥っていないか。
関係は相互作用でなりたちます。
けれども、その量や強度がこどもからの働きかけばっかりにな
っていないか。

しなければならないことをする以前に、したいことを大人から提
案され、それに共同共感する経験が十分におこなわれているか。
しなければならないことに押しまくられたり、要求してもちっとも
こたえてくれないというような状況に陥っていないか。

このあたりをしっかりみつめていかないとうまくいかないところか
困難を助長したり、支援の投げ出しが起こるなと思うのです。
どうでしょうか?

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残念な「地域性」

 今月触れた中で残念だった地域的な問題と思われることに
ついてちょっと書いておきます。

あるケース検討でのこと。
とあるまちからの参加者は異口同音に「大人をひとりつけて…」
とコメント。
個別の関係性や愛着形成、個別配慮の必要性はわかりますが
「ひとりつけて…」には抵抗感があります。
すぐつくんだ。
ついて、切り取られはしないか。
集団も個もというまなざしやスキルはちゃんと育つのか。

別の地域でのこと。
私立幼稚園の団体が個別のプランつくりをやりたくないとのたも
うたそうで…手間だから…
時代錯誤もはなはだしい。
確かに義務はないけれどやりたくないと言い切るセンス!
特別支援教育とか発達障害者支援法とかから語り直す必要
はありそうです。

支援の風土にどう風を送るか?なんてことを考えます。

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今、語るべきことは何か?

 幼児期むけの研修の依頼を受けました。
今、語るべきことはなにかな?と考えています。

今年思い、語っていることのいくつか
・愛着障害も発達障害もともに支える手だてや思考は何か。
 自己コントロールや行動調整
 それを支える初期関係、支援者の役割
 家族機能の低下と発達
・発達障害をステレオタイプでなく理解する
 理解と発見の困難性
 診断を横断した理解
 特性
・クラスの中で
 ユニバーサルデザイン
 インクルーシブ
 その手だて

年度末にむけてもう少し、もっとまとめてと感じています。

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攻撃性

 ある個の「攻撃性」について困惑しています。
おだやかな状況、まわりが何にもしていなくても他者につっか
かる。よけいな一言多い。
拒否的、否定的な一言も多い。

特性としては多動衝動性はもうたくさん。
ワーキングメモリーの問題もありそうです。
愛着形成の問題も状況的にはおおいに予測できる。

ここへのアプローチはどうしたものかなと。
今の所、柔らかく接していても褒めても出てくるのです。
まずは、特性へのアプローチを考えようかと思っています。
自己肯定感も高くなく、関わりへの動機もプラスでない中で衝
動的に他者を責めてしまうのでは?
ちょっとドクターあたりにも御相談を。

 とまあ、そんなこと考えていたら思ってもみない所で「攻撃性」
を感じる場面がありました。
大人の「攻撃性」。
あとから周囲が「大丈夫?」「失礼ですいません。」とフォローを
してくれる程のものです。

また改めて「攻撃性」にはどんな対応をと考え込んでいます。
どう考えても包み込む他はないのですが。

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