« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

勝負どころ

「切れちゃいけないってわかるんだけど、きれちゃうんだよお!」
「知ってるよ。頑張りたいけど頑張れないの知ってる。」
「コントロールしにくいのはわかるけど、だから仕方ないと思っ
たら違うよね。切れちゃってもいいの?」
「よくない。」
「難しいのはわかるけど、そうならないように自分を変える気が
あるかないかという話だよ。」
「切れちゃいけないのはわかっていて、変えようとしないのは
切れていいと思っているのと同じじゃないの?」

 これはある日のやりとりです。
書き起こすとけっこう切迫したやりとりです。
「特性」「障害」を本人がどう受け止めてどこに向かっていくか
は本当に難しいところです。
jかなり難しいタイプの個です。
すぐ切れる。
切れていいと思っている?やられたらやりかえす?
そんな日々が続いています。

苦しいんだろうなと思いながらとグッと言葉を押し出しました。
こっちも頑張り所なのです。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今度はサービス福祉?-放課後児童デイ時代がもたらすもの

 先日ちょっとこんな議論になりました。

放課後児童デイサービスが乱立しています。
制度の黎明期だからか許認可とサービス量、ニーズの調整が
分離しています。
事業者にとってが負担少なく利益のあがる事業のようです。

ニーズなんてあってないようなもので、やってくれればどんどん
やってほしいことは増えていく。
毎日どこかをつかっている。何かのサービスを使っている。

家で何をするのか?
家族の存在意義って何か?
どこまでが支援か?

家族や地域で生活できないヒトが増えていくだけではないのか?
施設福祉が批判されたけど、それがサービスに置き換わるだけ
じゃないのか?

散々放課後デイを使った後には、放課後デイのような大人の
サービスがほしくなるのではないか。
逆を言えばこどもから大人までのサービス利用者の囲い込
みがはじまるだけではないのか?

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (5) | トラックバック (0)

育ちを評価・記述する難しさ

 ある子の発達の評価を書かねばならない場面がありました。
自閉症スペクトラムのおこさんなのですが、「自閉」という言葉
で記述をしてしまうとこの子を見つめる視点が固定化され、関
係を記述するまなざしが深まらないことに気が付きました。

自閉=「コミュニケーションに課題」というエンジンが動き出して
しまい、この個にある自閉ではないもの、身に着けているスキ
ルが出てこなくなってしまうのです。

でも、一方でこの子の課題の質や根のようなものを記述する
際に「自閉」という言葉を使わないのは嘘になる気がする。

コミュニケーションを記述する
発達段階を記述する
特性を記述する
行動問題を記述する
たぶん、このぐらいのまなざしで発達の評価記述は行われる
べきでたぶんウエイトにしめる割合もこの順序でしょう。

先日、ある個の評価で議論になりました。
嘘は書いていないのですが、特性や行動問題を詳述すると
悪口にしかみえなくなってくる。
どんな切り口で描くかによっても違う。

そして一枚の評価の中でバランスをとる必要もある。
客観性なんてありやしないのだけどそこに向かおうという
姿勢でいるべきでしょうし、中庸なんてのは心掛けるべき。
そして、最終的には向発達支援的に結論と方向づけがなされ
るべきなのだろうなと思います。

学生時代に教えられた「差別研究」という言葉を思い出します。
障害があるのだからできない、難しいというは当たり前でそれ
が結論になっている研究は差別なのだと。
だからどうするかが導きだされていないと意味はないのだと。

理解・評価・記述の時点でそれははじまるのです。
気をつけよう。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »