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育ちを評価・記述する難しさ

 ある子の発達の評価を書かねばならない場面がありました。
自閉症スペクトラムのおこさんなのですが、「自閉」という言葉
で記述をしてしまうとこの子を見つめる視点が固定化され、関
係を記述するまなざしが深まらないことに気が付きました。

自閉=「コミュニケーションに課題」というエンジンが動き出して
しまい、この個にある自閉ではないもの、身に着けているスキ
ルが出てこなくなってしまうのです。

でも、一方でこの子の課題の質や根のようなものを記述する
際に「自閉」という言葉を使わないのは嘘になる気がする。

コミュニケーションを記述する
発達段階を記述する
特性を記述する
行動問題を記述する
たぶん、このぐらいのまなざしで発達の評価記述は行われる
べきでたぶんウエイトにしめる割合もこの順序でしょう。

先日、ある個の評価で議論になりました。
嘘は書いていないのですが、特性や行動問題を詳述すると
悪口にしかみえなくなってくる。
どんな切り口で描くかによっても違う。

そして一枚の評価の中でバランスをとる必要もある。
客観性なんてありやしないのだけどそこに向かおうという
姿勢でいるべきでしょうし、中庸なんてのは心掛けるべき。
そして、最終的には向発達支援的に結論と方向づけがなされ
るべきなのだろうなと思います。

学生時代に教えられた「差別研究」という言葉を思い出します。
障害があるのだからできない、難しいというは当たり前でそれ
が結論になっている研究は差別なのだと。
だからどうするかが導きだされていないと意味はないのだと。

理解・評価・記述の時点でそれははじまるのです。
気をつけよう。

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