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2014年11月

遺志をつぐ

 おこさんに特性があり、特別支援教育の黎明期を耕して管
理職としてその地平を拓こうとした時に病に倒れて去られた先
生のおくさまとお会いしました。

思い出話をし、おこさんの経過を伺い、わずかばかりのご助言
を申し上げてお別れしました。

まだやることがあると思いました。

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時間

 「経過」の記事の続きです。
「特別支援学級には入れたくない!」と言っていたお母さんが
近況を話してくれました。
おこさんの状況に関係なく、そこへの拒否が強い方でどのよう
にして「行かされちゃう。」ことを防ぐかに腐心していた感じでし
た。
学校はそんな構えのあるところではなかったのに。

時間がたって、本人の過敏性はやはりあり、学習の困難も
出てくる中で「やはり行くことに」と伝えてくれました。
本人の困り感をみて、考えたそうです。
みんなに愛されているおこさんなので集団との分離を心配さ
れていました。

お母さん、選んだ以上はしっかり注文もできるんだよと提案
してみました。

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状況依存

 この頃痛感していることです。
あるタイプの要保護児童にみられることです。
よく検討していませんが、愛着の型とか愛着障害のタイプに
よるのかもしれませんが…

環境や状況を変えようとする意志や力が弱いのです。
なったまんま、あったまんまでいることが多いのです。
テレビはついたまんまをみる。
部屋は汚れたまんま。
消灯しない。電気ついたまんま。
受け身、指示待ち。
もちろん、好きやほしいはあるけれど、そのまわりによき暮らし
を作り出すことはしにくい。
ちょっと制限されたり、望みがかなわないとイライラするけど、
強く攻撃的ではない。

また、このヒトたちに共通するのは家庭にまったく文化がない
こと。
片づけしない。掃除しない。
確実なのは、そもそもよき環境をつくって生活する経験はして
いない。
そして、生活のもろもろにおいて自分で主体的に営む暮らしは
させてもらえなかった。
支配されていた。大人は都合よく優しく、都合よく暴君だった。

でもでも思うのです。
少し時間がたって、落ち着いた暮らしや空間が保障されて数年
がたち、本人もそれなりなっているのに環境や状況をかえる
力が生まれてこないのはなぜか。

もうちょっとしっかり援助して受け身の経験やあわせて「どうする?」
もしなきゃだめかな?
でも、施設にも状況依存につながりやすい制限が起こりやす
いのです。

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経過

 ある集まりで幼児期に支援したこどもたちのお母さんに大勢
お会いしました。
小学校高学年から上は大学生まで。
時間の経過は大事だなと思いました。

・なんだかとっても難しい子でお母さんのだいぶパニックになっ
ていたあの子がひとりぐらしで大学生だって。
ちょっとお母さんもすっきりしていました。
・特性丸出しでよくパニックになっていたあのヒトも。
自分にその特性があることを知り、自己理解が深まっている。
・から揚げとラーメンしか食べるものがなく、ドライブで日々が
過ぎ「ガソリン、週に何回入れるかわからない?!」とお母さん
が嘆いていた子。
今は自主通学で私立中学に通っているそうです。
ボランティアなんかしちゃって。

発達障害時代の予後や経過について思いました。
かなり強い特性も成長に伴って軽減されてくる可能性はある。
重度さんとの違いはここなのかもしれません。
ただ、当時の育てにくさはどの子も満点でした。
当時は今の状況など予想だにしなかった。

でも、家族も不断の努力を続けられ、懸命にその場その時に
支援を受け、選択をしヒトとつながっていた印象があります。

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実習生

 施設実習の実習生の日誌にコメントを入れるのも私の係で
す。
難しいなあと思うのは、日誌が日記にしかならないケースが
大半であるという事実。
コメントできないのです。
「そうですか、よかったね。」としか書けない。

というのも、実習が体験でしかないからです。
保育園での実習はしていますが、施設はみんなはじめて。
もの珍しい。障害というものに触れるのも。
昔は体験でいいと思っていました。
出会う障害児は重度さんで、そういう個性があるとか怖がら
ないとかいう出会いがあることが大事と。
けれども、今は違います。
施設で会うこどもの育ちはきっと彼女たちが出会う育ちと
直結する。違う景色だと思ってほしくはありません。

私は実習の前半はこどもを知ろうとしてください。後半はこど
もたちと意図的に関わろうとしてください。とお願いします。
ただ、ほとんどはそこには至りません。
実習生はこどもの「観察」に終始し、職員の動きを見て参考
にし、こどもに遊んでもらい、こどもの生活にお付き合いさせ
てもらい、それを日誌に書いて出してくる。
「あなたがこどもとどうかかわったのか?」
「どう支援したのか?」
自体が出てこないのです。

きっといろいろあります。
日誌の形式や学校のガイダンスもよくない。
観察してきなさいというような指導もみえますし、彼女たちが
習ってくるのは「知的障害児施設」であって「福祉型障害児
入所施設」のことはどうやら習ってこない。
まあ、きっともっともっと彼女たちに求めてもよいのでしょうが
こどもたちへの支援にバイタリティを使いすぎてそれ以上に
エネルギーを注ぎこめていないわが社の問題もあるでしょう。

難しいです。

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求めるということ、支援するということ

保育園の先生からのおたずねです。
養育能力に課題があるお母さんにどこまで求めていったらい
いかというお話でした。
熱心な先生です。
少しずつ伝えていったら変容がないわけではないので求めて
いきたい。要求水準は心得ているつもりだとおっしゃいました。

でも、伺っていくと求め過ぎなのです。
難しいことを求め、期待するので支援するヒトの気持ちは揺れ
ます。
こどものためには必要なことですが、このお母さんには難しい
ようです。 このあたりの見極めを早めに、対応をクールに、役
割分担を明確に、参加するスタッフを多様にするのが必要だ
と思うのです。
いつまでも、あらゆる領域を園で抱え込まない。
家族のスキル評価と要求水準を冷静にしたいのです。
衣類の管理や洗濯がいつまでもできない家族にそれを求め続
けるのではなく、園で洗濯し管理する方法もあります。
支援し過ぎることは力を奪いますが、支援の質が不適切な場
合は生活や安全が損なわれてしまいます。

期待しないあきらめないにも程度があります。
「どこまで」なんて問いが出ている時点でぶれてます。

 

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もはや課題といえない項目

 もはや課題といえない項目、そんなこというのは支援者とし
てナンセンスというものがあると思うのです。
①家族が理解してくれない。
②家族が課題を抱えている。
③困難事例はどこか別の場所で支援すべき。

この3つ、よくある事実で、支援者に去来する思いにもなり
ますが、このことにとらわれてはならない程広がりをみせて
います。
というより、このような事実や思いにとらわれず、こんなこと
ある(①②はある、③はそんなこと思ってもムダ)のが当たり
前で支援することが第一ステップだと思うべき事柄だと思う
のです。

そんな都合よくはないよ。
思うようにはやれないよ。
ここは要支援からやろうよ。
楽チンなケースなんかないよ。
現実と乖離したないものねだりなんかしちゃだめ。

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