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集団の中に多様性を織り込む

 多様性(ダイバーシティ)の尊重を大切にしていこうという
流れがあります。
多様な育ちも多様性の中にあると考えれば我々にとっても大
切な思潮なのだと思います。
具体的な展開について思いを馳せます。

気を付けなければならないのは…多様性の尊重はそのまま
個別性とはつながっていかないということです。
こういう簡単な図式をつくり、「できない!」という安易な結論
になるのは違うと思うのです。

・個々のヒトの違いを尊重し受け入れること
・「違い」に価値を見つけるということ
・「違い」を尊重して受け入れ、「違い」を積極的に生かしてよき
関係をつくる
・「違い」に関わらずすべてのヒトの参加を保障する

よく考えてみれば多様性の尊重は社会や文化、地域といった
集団のありように端を発しています。
このことかみしめていかねばならないはずです。

 実は多様性の尊重の本質は集団つくりの本質だと思うので
す。
集団つくりが教師や保育者のあってほしい集団、わたしのク
ラス、等質の、私の考える価値や方向に向かうことになっては
しないかということあたりは吟味点なのかなと思います。
個の発達があり、多様性があり、その連結や交流、相互作用
としての関係があり、その関係を包含してどこかに向かう集団
があるはず。
集団のトップダウン式な生成、形成ではなく、ここでもボトムアッ
プが必要なのかなと思っています。

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コメント

いつも有意義な記事をありがとうございます。おっしゃるとおりで、熱意のある一生懸命な先生が陥りがちな点かもしれないなと読ませていただきました。うまく進まないと、思い入れの強い分だけ、その原因を何とかしようとしゃかりきになるのでしょうね。特性の強い子はそこで結果的にはじかれてしまいます。学級経営についても、目標を明確・具体的にし過ぎて、振り返らずに突き進むことが、このような事態を招いているケースを見てきました。特性の強い子も取り込みながら、時間をかけて考えながら経営していくというのは、結果だけを重視する今の時代には求められないのでしょうかね。
ところで、これって職場・組織の経営(管理職)にもあてはまるところだなあって、自分の職場をふりかえって感じてしまいました。職員の自主性を尊重して…と言いながら、こちらの苦労や工夫も見ていてくれず、実のところ、かなり管理的・トップダウン的な経営で、自主性を必要以上に求めながら「やれ!やれ!」と言われているようで萎えちゃいそうです。すみません。愚痴になりました。

投稿: 923 | 2014年12月11日 (木) 08時17分

『・・実は多様性の尊重の本質は集団つくりの本質だと思うのです・・』に賛同、そして自分のいつの間にか長きになってしまった教育人生(?)をふり返ってます。テーマは主に「集団の中で個をどう生かすか・育てるか・・」でクラスや学年、スポーツ少年団等の単位を軸にやって来ました。今は個別の通級でに関わらせて貰って「個」の適応と言うより、一人のこどもが集団でどう生きるか、生かせるか。それをできるならばその母集団にどの様に還元できるか・・。です。いずれも「テーマ」として掲げているものの未だ『これだ!・これこそ!』には至っておらず、と言うより日々 その子達その集団を私が「つくる」ので無く「育って行く」(時には驚くほど個性的に・飛躍的に)ので自分の力が追いつけないのだと最近は思っています。

 目標も効率も評価も大事でしょう。仕事として、科学的感覚の統計としては。でも 教育や子育ては科学的ばかりでは無い面をたくさん豊かに持っています。「豊か」と言う中には一見無駄のような寄り道の様な、立ち止まったり後ろに下がって見直したりの事が含まれて気がします。

 子ども時代に「子どもをさせてあげる、味あわせてゆっくり進む」も必要かと考えます。嬉しく読ませて頂いた文面に(私はこの様にうまく的確にまとめられないので感謝!)『・・個の発達があり、多様性があり、その連結や交流、相互作用としての関係があり、その関係を抱合してどこかに向かう集団がある筈・・』なるほど!と共感しました。

 ・・クラスも職場も「集団」の上記のような関係性があれば「生きて育っていくもの」と私は感じています。時にこちらの意図や想定を超えて慌てる事もありますけれど成長・進化して行きます『・・(未来の)どこかに・・』

 『織り込む』も今回頂けた素敵なプレゼントことばでした。どうしてもきちっと畳んで「折り込みがち」なものを広げ直したり組み合わせたり順番を変えてみたり万華鏡のようにクルクル回して織り込まれた変化を楽しんだり。

 「個(子)」が無ければ 集団は存在しません。その「個」も「集団」も育ちます。変わります。生きてます。
 個と集団のテーマ・・ずっと続けてますが、現実の難しさと多様性に追いつけず、追っかけ「見守る」日々です。

 

投稿: 赤根 修 | 2014年12月12日 (金) 06時50分

923さん
赤根さん
 すいません、だいぶ前にコメント返したのですがついていませんでした。

この記事、実は自分でもはっとした気付きだったのです。
そもそもは多様性は「社会」のありかた模索から出ていた言葉であるということが落ちていました。
多様性という言葉を使う時に、個別性を大きく包み込んで
集団へというイメージで用いていたのですが、それだけでは違う。集団の生成のありようまでちゃんとみていかないと本質的ではありませんね。
クラス、集団を検討する時に社会論を学んでいく。
新しい年からのまなざしにしようと思います。
コメントありがとうございます。

投稿: けやき堂 | 2014年12月27日 (土) 07時35分

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