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「ゴールを見据えて」と「発達を支える」のバランスと葛藤

 年の最後ぐらいは何か書こうと思います。
最近、我がチームで苦しんでいることです。
トップダウンとボトムアップの兼ね合いで苦しんでいます。

中学生以降の入所が少なくありません。
発達障害で、愛着障害で。
施設でできることは多くありません。
彼らのいろんな表出、未熟との格闘の日々です。
そんな時間の中で、彼らにも生まれてくるものがあります。

自己理解や自己対象化が少しできるようになってきました。
中学生の男子に愛着が生まれ、職員に張り付いています。
けれども、不安に駆られ、課業には乗りません。
生活のリズムや動機づけが弱く、参加は揺れています。

生まれてきた育ちには喜んでいます。
一方、進路どうする?就労コースなんだけど?という議論
も毎日です。

意図的に支援しよう、計画的に支援しようといいます。
一方で、毎日かわる表出に臨機応変に応じる支援も支援
と思います。

難しいのは支援者は、理解していてもどちらかに立ちたがる
ということ。
両方とか、行ったり来たりとか、もうちょっと待とうとかにはな
りにくいのです。

苦しいなあ。

居場所はつくるもの。
付き合って居場所になるべきもの。
ただ、こっちもなまものなのでいつも、ずっと、どんな状況でも
が難しいです。

答えは出さない。
ただ、勝手にどちらかに走っていきそうな船をちょっと戻そうと
はしたいと思います。

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コメント

今年もよろしくお願いいたします。
「理解していてもどちらかに立ちたがる」というのはよく分かります。支援者も自分が自分であるための防衛的な動きのようにも思えますが、気になるのはそれが両極に行き過ぎている気がするのです。親も支援者も教師も…確かに若かった自分もそういう傾向があったと思うけれど、そういう「0か100か」みたいなことが今ほどあったかと言えばそんなこともなかろうと思うわけです。あまり根拠のない主張は置いておくとしても、「自分を守るための主張」が強いのはどうもチームでやっていくにはやっかいだなと正直思ってしまいますよね。年を重ねてきた証拠でしょうかね。

投稿: 923 | 2016年1月 8日 (金) 08時42分

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