つぶやき

すべての命に価値がある

 相模原の事件のこと。
まだ、1日しかたっていないので立ち尽くしています。
語ろうなんて気はおきません。
安全管理について議論がはじまっていますが…

今日になって犯人のあまりにひどいもの言いに様々なメッセ
―ジが発せられています。
私も何かをと思います。

うちの施設でもこのニュースはテレビから流れています。
けれども、こどもたちは何も語りません。何も尋ねては来ません。
障害という言葉が彼らの前にどのようにあるのか。
施設にいるということが彼らの前にどのようにあるのか。
何も言わないということに思いを感じます。
昨日今日、犯人像を知ろうとしていました。
どうやって安全をと考えていました。
絶望やら怒りやら困惑やらを感じていました。

彼らを守れなかったことはかの施設の職員さん以上に我々に
とって我々のよってたつ価値を崩壊させるような出来事なの
です。
 でも、違っていました。
我々がすべきことはそんな自分たちのことを考えること
ではなく、ニュースをみて何も言わないこどもたちに言葉を
かけることでした。
・世の中にいなくていいヒトなどいないこと。
・あなたたちは宝物であること。
・命は誰かによって議論も操作もされるものではないこと。
・世の中は多様さによってなりたっており、その多様さを構成
するすべてが尊いこと。

このことは何かどうひっくり返ってもかわらないのだと。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「ゴールを見据えて」と「発達を支える」のバランスと葛藤

 年の最後ぐらいは何か書こうと思います。
最近、我がチームで苦しんでいることです。
トップダウンとボトムアップの兼ね合いで苦しんでいます。

中学生以降の入所が少なくありません。
発達障害で、愛着障害で。
施設でできることは多くありません。
彼らのいろんな表出、未熟との格闘の日々です。
そんな時間の中で、彼らにも生まれてくるものがあります。

自己理解や自己対象化が少しできるようになってきました。
中学生の男子に愛着が生まれ、職員に張り付いています。
けれども、不安に駆られ、課業には乗りません。
生活のリズムや動機づけが弱く、参加は揺れています。

生まれてきた育ちには喜んでいます。
一方、進路どうする?就労コースなんだけど?という議論
も毎日です。

意図的に支援しよう、計画的に支援しようといいます。
一方で、毎日かわる表出に臨機応変に応じる支援も支援
と思います。

難しいのは支援者は、理解していてもどちらかに立ちたがる
ということ。
両方とか、行ったり来たりとか、もうちょっと待とうとかにはな
りにくいのです。

苦しいなあ。

居場所はつくるもの。
付き合って居場所になるべきもの。
ただ、こっちもなまものなのでいつも、ずっと、どんな状況でも
が難しいです。

答えは出さない。
ただ、勝手にどちらかに走っていきそうな船をちょっと戻そうと
はしたいと思います。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

IQという基準のこと

 支援の場を、生活の場を、学びの場を定める基準にIQが使
われることは少なくありません。

ただ、発達障害時代にあってIQが必ずしも育ちの全体像を示
す訳でもない場面も出てきて苦慮します。
数値と困難の質がリンクしていないのです。
・IQの割に…
・IQ高すぎるから…
おかしな言い回しなのですが。

IQにとらわれずにという視点は確かにあります。
こどもの現状や課題をみようねと。

でも、難しいのは進路や居場所の問題として基準を設けて
いかないとどんどん分離の場にこどもたちが投げ込まれる
可能性もある。
例えばIQ80

早く援助度別の支援にならないかなと思います。
一方で、それはそれでインクルーシブから離れてしまう危惧
もある。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

子育てのユニバーサルデザインをつくろう!

 「子育てのユニバーサルデザインをつくろう!」
ある打合せに出てきたこの言葉にしびれてしまいました。

我々は配慮の必要な、特別な育ち担当者ですが、すべての
子育てに支援が必要な時代にあってそこだけの議論をして
いても足りないと思っています。

ある連続した支援体制をつくるために企画会議で、この言い回
しにたどり着き共有しました。

どうかな?

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

涙ふたつ

 週末、涙を2つみました。

ひとつは保育者向けの研修会で新人保育士さんができない
自分に対する涙を流していました。

もうひとつは親の会で親御さんが今の苦しい状況について
思わず泣いておられました。

どちらも泣いていい涙でした。
保育士さんには今はできなくていい、そんなことできなくていい
とみんなでお話しました。
また、逆に今しかできないこともあることと。

お母さんにはできていることがこんなにあるじゃないとおお返し
しました。

頑張りたいけど頑張れない時がある。
でも、はたからみるとそんな時もかなりやってます。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ちょっとした幸せ

 昨日月曜日、出勤すると机の上に何やら絵がおいてありま
す。
どうやら私の似顔絵で、「かっこいいよ。」とのたくった文字。
父の日ということで描いてくれたのだそうです。
描いた主は、先日の記事で登場した反抗期の中学生、重度
さん。

描けといわれた風でもないので自分で描いてくれたのでしょう。
天涯孤独の彼からすれば私は父さんのようなものかもしれま
せん。
実際、幼い頃から施設に居る彼と安全な愛着をつくることに私
は腐心してきました。
不安でいつも泣いていた彼。
先日も筆箱忘れて泣いて帰ってきました。
「弱虫」とは彼のためにある言葉です。
でも、いいのです。
そりゃ、弱虫にもなるさというような育ちの中でしっかりしろ、泣
くななんて言ったことはありません。
泣いちゃう弱さを肯定する。
そして、訪れた反抗期。
筆箱忘れて泣いて帰ってきたと囃したらキックされました(笑)
次の朝、「筆箱!」と声かけたら必死の確認。
そして、父の日の手紙

嬉しい。

この一事をもってさらに私はこの個をこれからも慈しんで
いくのだと思います。
安全な愛着ができたなんて大それたことは言いません。
ただ、父の日に思い浮かぶヒトができたこと。
彼にとってそれは心の杖になることもあるでしょう。
彼にとってよかったです。

この所毎日のようにのぞいているブログの結語
「明日もきっといいであります。」
を思い出しました。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ご注文

 もうあんまりやってませんが、最近の研修のご注文に多く
なってきているのが「発達」についてなのです。
どうしてかしら?

方向はうれしい限りです。
「発達」だけではお話もしにくいですし、こちらの願いもあるの
でユニバーサルデザイン等と絡めてお話しています。

そうなのです。
「発達」を知ることは支援のユニバーサルデザインのはず。
みんなを支えるツールのはず。
だから、「発達が教えてくれること」なのです。

決まったぜ。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

命についてちょっと思ったこと

 動物が好きでいろいろな生き物を飼ってきました。飼ってい
ます。

飼育動物は交配が進み、いろいろな毛並みや色彩の種類が
生まれています。
真っ黒な色のものもたくさんあります。
ちょっと聞いたのですが、動物の種類によっては真っ黒同志
は交配してもこどもができないのだそうです。
致死遺伝子というのと関連しているのだとか。

致死遺伝子
よく知りませんが、生きていけない遺伝って何だろう。

思ったのです。
生きていけない遺伝があるのならば、生きていることはそれ
だけで本当に意味があるのではないか。
ヒトと致死遺伝子に関連があるかはまったく知りませんが、生
まれてこない命や育たない命は我々が思っている以上に多く
そこにあること、いることは本当はすごく稀有なことなのでは
ないか?

いろいろな育ちがあります。
むきあうと疲弊するあらわれがあります。
大人も勝手で無理解でもーやだ。

でも、全部、稀有な命か…

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

自閉症啓発デーに思ったこと

 4月2日は世界自閉症啓発デーでした。
だからといって新年度2日目、啓発よりもみなさんとの日々に
追われてしまっていました。
罪滅ぼしに、自閉症とは?啓発とは?について思っているこ
と書いてみようと思います。

みなさんとのお付き合いも20年をこしました。
きっと、以前は私にとっては「自閉」は対象であり、こどもたち
を阻害する障害だったのだと思います。
特にカナータイプのあらわれはキャリアの未熟な私にとっては
対象であり、彼らを理解し、支援するスキルを獲得することは
心の大きな部分を占めていたと思います。

そのうち、巡回相談のケースが何百件を超えるようになり、
ハイファンクションの人たちとも出会うようになりました。
さらにはいろんな年齢やあらわれの人たちとの出会いは広が
っています。
最近は、「自閉症」ということばも「発達障害」ということばも小さ
な領域しか表現していないのだろうなという思いが深まってい
ます。
典型発達(と思っている)我々、自分との違いはどんどん感じ
なくなっていますし、「典型」「定型」は幻想という考え方もさも
ありなんとも感じます。
すべてを包み込むことばとしての「多様」に心惹かれます。

 「多様」を用いる時に大事だなと思うのは、誤解を生む表現
かもしれませんが、簡単に相手をわかろうとしないということ
はあるかもしれないなと思うようになりました。
わかろうとする時に人は自分を他者を比較します。
それが間違いのもとのような気がしてきました。
きっと私は自閉症、発達障害について何かしら知っているの
かもしれませんが、彼らについて知っていると安易に語らない
ことが本当に知っていることになるのかもしれません。
実際、本当にひとりひとり違う姿に出会う度に、わからんと思い
ます。そして、それでいいと思います。

 一方、「啓発」とは私のこんな状況とは異なるはずです。
多様に出会う前に、そういう存在について知ってもらうこと不可
欠です。自分と違う誰かが居るそのことを認知することは必要
です。
・悪いヒトでも変なヒトでもなくてちょっと感じ方が違うヒト。
・困らせているのはなくて困っているヒト(時に)
・支援の「対象」であるし、そればかりではなくて我々の世を「変
えてきた」ヒト

まだまだ言葉は足さなくてはなりませんが、知ることは不可欠
だと思います。

それでも少しづつ胎動を感じます。
自閉症や発達障害という言葉が認知されているのを感じます。
だれかの何かの困難を説明する言葉として用いられ、以前
と比較したら柔らかいタッチで受け止められているのを感じます。

「多様」に向かう道のりが「啓発」なのかな。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

やせがまん

 最近、行動問題頻発で敗戦処理の日々です。
あるこどもにふりかえりシートの中にこんな記述がありました。
Q:職員に言われたことで印象的なことは?
A:見捨てないといってくれたことです。

そうなんです。
このヒトのやってしまったことはかなりショッキングなことで、
怒りを表明したり強いコントロールをしそうになりましたが、自分
を落ち着かせて、聞き取りの早い段階から「見捨てないから
頑張れ!」を私はいったのでした。

でも、この言葉をはくことはとんでもなく大変でした。
まあでも、実際こどもの心に残ったのなら行動問題を起こした
こどもこそこの言い回し、必要なんだなと感じています。
支援する側の自己コントロールと決意がとんでもなく必要
ですが。
いっそのこと、もっと包み込むことば探して言おうかな。

ランキングに参加しています。よかったらクリックを

にほんブログ村 教育ブログ 特別支援教育へにほんブログ村 教育ブログ 教育者(幼児教育)へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧