発達の理論と視点

発達論の今

 暮れに発達心理学会誌が届きました。
発達論特集で、よく読みたいなと思っています。
(なかなか読み応えあって大変なのですが)

「障害」分野でも発達のとらえかたが変わってきているという論
文がありました。
「発達段階」よりも「特性」で育ちを語る場面が増えているとのこ
と。

なるほど。
「発達段階論」の基盤として、こどもの育ちは同じような道筋を
たどるというストーリーがあります。
概略はその通りだろうけど、多様な育ちを抱えたこどもたちの
それはまっすぐ「次はこうなる」というような進化論的な捉えや
展開とはちょっと違うことがみえてきたのは確かなのでしょう。

あとはなぜだか、「発達段階論」は支援者の胸に落ちてこなか
ったのです。
それほど難解でもないのでしょうが、「育ちの連関」を支援する
人たちが体系的に理解しようとしなかった気がするのです。
まとまった育ちの理解が難しい一方、困難を説明する切り口
として特性がサッと受け入れたのは必ずしもその視点の妥当
性だけではなかった気もするのです。
都合よく育ちを理解する切り口として「特性論」を胸におさめた
気がしないでもない。

でも、多様性ですべてを理解はできないと思うのです。
特性の集積がはたしてヒトなのか。
特性は困難という言葉に安易にかえられてしまう可能性もあり
ます。
「次はこうなる。」というようなものではないかもしれませんが、
育ちの機能連関や構造理解のためのモデルとして、発達段階
論は必要なものだと私は考えています。
定型モデルですべてを推し量るのは乱暴ですが、統計的蓄積
は参考にしておきたい。
ただ、その統計の見直しは常にしなければなりませんが。

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知っておきたい発達の理論まとめてみた。

 初期関係、初期発達についての研修会を夏にやるので

資料づくりをはじめました。ふと、発達の理論っていろいろ

あるけれど知っておきたいものってなんだろうと思ったの

で挙げておきます。

①やっぱりピアジェ
 これは基礎として知っておきたい。
色々な発達の理論の基盤になっています。
「感覚運動期」という捉えは最初期発達と理解としては
重要。

②田中昌人(白石正久)
 名前があるのですが、全部ちゃんと書けないのですい
ません。こどもの認知の高次化と関係発達について明確
に追っている理論です。

③エリクソン
 発達段階論といったらエリクソンですよね。
成人期までを見通したライフステージと発達課題を挙げて
います。アイデンティティーという言葉はここから。

④マズロー
 欲求の段階説と自己実現という言葉。
一見、人生論にみえますが自己実現という言葉の響きは
押さえておきたい。

⑤マーラー
 分離固体化理論。
初期関係を明確に説明してあります。関係を希求し、関係
をめぐってゆれる「見捨てられ不安」

⑥宇佐川浩
 ①と②をまとめて実践的に分析した理論です。

⑦太田ステージ
 さらに「自閉症児の」をくっつけた理論です。

⑧共同注意~心の理論仮説、そして
 最後に今絶対注目しておきたいのがこれ。
発達障害研究、実践の中で初期発達がみえてきています。
これがさらに参加にどのようにつながっていくのが、ギャング
チャム、ピアグループにどのように関連ついていくのか。
そんな所までみえてきて欲しいものです。

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太田ステージ

 我が県では太田ステージをよく使っています。

自閉症の認知発達のとらえと支援方法が体系化され

ている点はとても優れています。特に重度児や年少

児の評価がなかなか難しい中にあってスケールにな

る道具だと思います。(同じようにNCプログラムあた

りも使われていますね。)

 ちょっと必要性があって太田ステージのマニュアル

などを読んでいます。

意外と、あれと思うのは自閉症の発達という世界と

私が理解しているおおまかな指標がちょっとずれて

いることです。

それからとても多様な発達障害のこどもたちのあらわ

れをみると、なかなか類型化に戸惑いも感じます。

個人的に感じているのはカナータイプ自閉症のこども

たちへの支援の歴史と蓄積と、高機能タイプのこども

たちのそれとはだいぶ違いが大きくなっています。

だからスペクトラムと言っても語り口は変えていかね

ばならない気がします。自分では自閉症のこどもたち

との日々が発達障害のこどもたちとの生活に広がっ

て行ったと思っていましたが、違っていて新しいものを

かなり多く取り込んでいたのかもしれません。

改めて太田ステージ熟読の意味がありそうです。

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共同注意・共同行為・共感

 発達障害への支援と研究の広がりの中で、関係の

基盤となる共同注意・共同行為・共感のしにくさや特異

性に着目されるようになっています。

このことわかりつつあるようですが、どうしたら?はまだ

まだ開発整理されている訳ではありません。

我々が療育の中で意識していることをあげてみます。

 「とにかくヒトを意識できるように」

①身体へのアプローチ

 大人に身体をゆだねる。介入を拒否しない。

②定位行動へのアプローチ

 視覚的な題材をつかって貼り付ける、入れる

等一方向で終点のある運動行為に乗せる。

簡単な意図に、動機のある視覚的な題材を

はさんで乗ってもらうことの重要性。

③身体的援助の重要性

 関係の形成期には「自分で」よりもしっかり

大人に依存して、大人の導きに乗って

④いっしょにやろうを大人から

 どうも「一緒に」がこどもたちから始まる

のと大人から始まるのとでは意味が違う

ようです。ちょっと大人からのスタートを

意識します。

 共同・共感は双方向のものですが、初期発達に

おいては「一緒に」に導くために大人からの働き

かけや導きがある程度、強めである必要になって

来ると考えています。

自己世界の中で埋没しがちなこどもたちの中に

入っていき、ヒト(大人)を好きになる、意識でき

る、関心をもつためのアプローチです。

文字通り、こどもからの働きかけもあって共同・

共感、「いっしょに」が深まってくるのは、けっこう

後の話だと実感しています。

 後は余談ですが、ミラーニューロンの話をきいた

のでこどもに笑ってほしければ、こっちが先に笑う

というのを最近はなんとなく意識しています。

意味があるかどうかはちょっとわかりませんが。

 また、知り合いの先生がこの分野について逆模倣

でのアプローチについて研究しておられるようです。

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「将来を見据えて」の罠

 先日、ふと気づいたこと。

「将来を見据えて」というのは、使い方を間違えると恐ろしい。

霊感商法みたいなものになると思うのです。

「将来」を言われたら、家族は説得させられてしまう。

そこには願いがあって、期待があるから。

しかし、すべての願いがかなうわけではありません。

今の育ちが熟した先に将来がある訳で、現在の発達段階

から類推すると届かない願いだって出てくる。

今の育ちを語れない支援者は将来を安易に語るべきでは

ないはずです。

「将来」は気を付けないと麻薬になる言葉です、きっと。

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問題解決志向-心ひかれる考え方③-

 短期療法(ブリーフセラピー)、問題解決志向等というカウンセリング、心理療法の方

法論があります。ここで用いられている視点はとても有効だと思っています。

 

 我々は物事の原因や因果関係を探って問題の解決を図ろうとします。

けれども、そんな簡単に原因や因果関係はわからないもの。結果がさらに原因になって

というようなこともあります。

だから前後の関係の把握はそこそこにとにかく問題を解決しようという視点です。

そのために以下のようなことをします。

 ①例外状況の観察をする。

 ②今までやっていたことや考えていたことをやめる。

 ③できるだけいつも考えないような方法論やばかばかしい行為を取り入れてみる。

 

 気をつけないと、大人はこどもが発達障害であるかないかにとらわれがちです。

でも、そのことよりもとにかく支援をはじめることが大切なのです。

例外の状況の観察は行動分析をするということです。

例外状況 ひょっとしたら、それはこどもの最先端の力=発達の最近接領域なのかも

しれません。ABC分析的な視点で例外状況をみつめてもいいかもしれません。

それから今でやっていたことや考えていたことをやめること=リフレームといいます。

今までの教育、保育観を少し変えていくことが発達障害の理解と視点には必要です。

こどもの認知特性を知ってこどもも合わせてアプローチしていく作業は、子育て現場

にとっては新しい思考の構築等だと思います。(そこがまだまだ啓蒙が必要な処)

ばかばかしい方法の導入も同じで、かたくなった頭や自分の文脈でのみ支援を考え

がちな我々を変えてくれるヒントになります。

「四の五の言わずにこどもがどうにかなればいい。」

いいと思いませんか?

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発達の最近接領域-心ひかれる考え方②-

 ソビエトの心理学者ヴィゴツキーの考え方のひとつです。

発達の最近接領域とは、ちょっと支えていけば伸びていくこどもの最先端の力、領域

のこと。まさに発達しつつある水準を支えていくことに意味があるというのです。

そして、この発達の最近接領域を支えるための大人の支援=足場づくりが大切。

こどもの発達は模倣を基盤とし、協同学習が学びを支えていくというのです。

 この理論が考え方として有効だと思われるのは…前向きだからです。

今の発達、現在を捉えていくと、行動問題やできないことに光があたりがち。

そうでなくて、先を見通していくことに明るさがあります。

 そして、大人の支援や協同学習を学びの重要な要素と考えています。

困難を抱えたこどもであってもどうしても「ひとりで」「自立にむかって」という旗が振られ

がちです。

そんな中で、「いっしょに」が大事な要素である方向性は、今の支援参加という考え

方を支えてくれるものでもあります。

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エラーレス ラーニング-心ひかれる考え方①-

 今日から支援につかえる考え方をちょっとづつ紹介していこうと思います。

今日は「エラーレス ラーニング」です。学習についての考え方のひとつです。

文字通り、最初から補助を適切に加えて成功させて、強化し失敗経験なしで学びを積み上げていこうということです。

ひょっとしたら違和感を持つかもしれません。

学びは失敗を含めた試行錯誤でなりたっていくはずと考えるでしょう。

 けれども、障害のあるこどもたちはその困難ゆえに生活のありようそのままが困難や失敗に陥ってしまいがちです。

となると、そんな存在のこどもたちにとって学びの鍵はよき場面をつみあげていくことに他なりません。

注意叱責ではなく、ほめること。しっかりした足場作りをしてできる、わかるや認められる経験をつみあげること。

そのことによって基本的なヒトへの信頼感と自己肯定感が育ってきます。

そしてそのことは関わりへの強い動機やスキルへの希求につながっていきます。できる、わかるへのさらなるエネルギーになります。参加への意欲になっていきます。

よく考えたら当たり前の考え方ですよね。

怒ってもこどもは育たない。わかっていてもぶれていくのです、私たち。

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目と手の協応にむかうプロセス

 昨日のAクンで思い出したことです。

 物をもてない、投げてしまうAクンにカードを両手で持って貼り付ける、入れる活動をしてもらっています。両手でカードを持たせるように補助をし、ホワイトボードに貼り付けていきます。

昨日、気づいたのは、手がホワイトボードに伸びていく過程でAクンの視線は手元に行き、貼り付けるとどうも達成感のような表情をすることです。これはポストのようにカードを落とす装置でも同様です。

「目と手の協応」の発達過程を思い出しました。「目と手の協応」はけっこう誤解されています。これは目と手が一緒に動くことではなくて、視覚がリードしてそれに手が導かれて動いて行かねばならないのです。

Aクンのような運動が視覚や聴覚よりも優位なステップでは、運動に視覚・聴覚が呼応しています。だからこそ運動を導いた結果、視線が動いていったのではないでしょうか。

そして、大事なのはそこでみえた達成感。まだまだ身体のコントロール性が不十分で思うに任せぬAクン。「がんばりたいけど、がんばれない。」中で補助してもらって、見ていたみんなと同じような動作が「できた」喜びが感じられたのでしょう。

物を貼り付ける、納める、終点のある動きからスタートしていく意味を確認したのでした。

 視覚的な情報処理の統合が難しい発達障害児の支援の方法論とひとつとして、視機能のトレーニング等もはじまっています。この目と手の協応という視点から運動を頼りに注視や選択的な注意を支えていくのも方法論かなと思います。

感覚と運動の支援については淑徳大学の宇佐川浩先生の実践が秀逸です。

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タイトルの由来-ちょっと長いかもしれません-

 「発達」が教えてくれることというタイトルの由来について書きます。

 私は障害児の支援畑で仕事をしてきて15年くらいになります。私の職場では障害のあるなしに関わらず、こどもを支えるということは育ちを支えるということだという視点でこどもたちに向き合っています。

そんな中で「育ち」の中身や質を知ることはどうしても必要なこと。発達とは何か?定型発達のこどもの育ちとは?障害児の育ちとは?等は知らねばならないことでした。

発達には順序性があること、構造性があること。こどもが成長していくということはその順序や構造が劇的に変わっていくことだと知りました。育ちを支えるためにはその順序や構造を変わるような働きかけに意味があります。こどもの現在の変わりたい願い(発達欲求、発達課題)を見つめたり、ちょっと背伸びする水準を支えていくと順序や構造は変わっていくことを知りました。(発達の最近接領域)

そんな風に施設でこどもたちと向き合ってきました。

そして、そうこうする内に地域のこどもたちを支援することも施設の、私の仕事にもなりました。いろんな現場にいきます。いろんなケースに出会います。母子保健、保育園・幼稚園、学校など。どんな時でもこどもたちを支える提案の基礎にはこの「発達」の視点があります。

障害のあるこどもへの支援はともすると、「ケア」になってしまうことがあります。「対処」になってしまうことがあります。でも、それだけではこどもは変わらない。障害を乗り越える、障害とうまくやっていくことはできません。そんなことを知りました。

それからもうひとつ…子育ての現場に案外、発達的視点がないことも知りました。知りましたというより衝撃でした。こどものことを知っているはずの先生たちがこどもたちがどこから来て、どこへ向かうかを知らない。

気になる子、発達障害のこどもたちが増えています。クラスに数人のこうしたこどもたちを抱えて支援していくのは担任の大きな役割で回避できません。

不適切な養育、虐待も少なくありません。

そんな状況だからこそ「こどもを支えるということは育ちを支えること」とそれを紡ぎ出す「発達」の視点や理論、方法論を語りたいと思ったのです。

ちょっと大上段に構えすぎですが…

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